実学・企業法務(第98回)
第3章 会社全体で一元的に構築する経営管理の仕組み
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
Ⅲ 情報開示から見える4つの仕組みの構造
前項で、「コーポレート・ガバナンス」、「内部統制システム」、「リスク・マネジメント」、「コンプライアンス確保」の4つの仕組みを個々に観察し、それぞれが互いに他の仕組みの構成要素になっていることが分かった。
本項では、会社法、金融商品取引法、証券取引所規則等によって提出・報告等が義務付けられている株主総会関係書類や決算関係書類等の内容を観察して、上記と同じ構造が見られることを確認する。
例えば、事業報告の「内部統制システム[1]」を説明する欄では「リスク・マネジメント」「コンプライアンス」に言及するように求められ、有価証券報告書の「コーポレート・ガバナンス」の欄では「会社の機関」「内部統制システム」「リスク・マネジメント」に関する記述が求められる。
他の報告書等においても、4つの仕組みが相互に入り組んでいることが観察される。
そうすると、この4つの仕組みの中のどれを起点にして経営管理システムの設計を始めても、全体像とその構造はいつまでも不鮮明であり、ゴールに到達するのは難しい。
やはり、自社に最適な(エンジン機能とブレーキ機能を共に内蔵する)経営管理システムは、自らの経営理念等に基づいて設計し、その有効性を確かめる評価基準として4つの仕組みを用いるのが実践的だと思われる。
(この点については、全編の末尾で再び考えたい。)
なお、上場会社の場合は、会社法に基づく情報開示よりも、金融商品取引法及び証券取引所規則に基づく開示の方が質・量ともに圧倒的に上回るので、後者を基盤として経営管理の仕組みを考えるのが効果的だろう。
(再掲)各項目の末尾の印は、次の事項に関係が強いと筆者が考えて記したものである。
コーポレート・ガバナンス○ 内部統制システム□ リスク・マネジメント◇ コンプライアンス☆
1.会社法の考え方(会社法の要請事項)
株式会社は、法務省令(会社法施行規則)に従って、決算期毎にその事業年度に関する①計算書類、②事業報告、③(①及び②)の附属明細書を作成しなければならない[2]。
①②③は、監査役の監査を受けて取締役会で承認する。
①②は定時株主総会に提出され、①は承認事項、②は報告事項[3]である。
(1)「事業報告[4]」 監査役の監査を受ける。会計監査人の監査対象ではない[5]。
(注) 監査等委員会設置会社・指名委員会等設置会社にも同様の報告が求められる。
〔記載事項〕
-
1. 株式会社の状況に関する重要な事項(計算書類・その附属明細書・連結計算書類の内容を除く)□◇
(注) 計算書類等に計上されていない重要な訴訟、事故、不祥事等が含まれる。 - 2. 内部統制システムの整備に関する決定・決議[6]があるときは、その概要及びその体制の運用状況の概要 □◇☆
- 3. 会社の支配に関する基本方針(決めている場合。買収防衛策を含む)◇
-
4. 会社に特定完全子会社がある場合は、その子会社の名称・住所・資産合計額等 ○
(注) 親会社の株主が子会社の役員に対して、親会社に生じた損害の賠償請求を認める「多重 代表訴訟制度」が適用される重要(総資産ウェイト1/5超)な完全子会社[7]が記載される。 -
5. 会社とその親会社等との間の取引がある場合は、その取引に関する次の事項 ○□◇
(イ) 会社の利益を害さないように留意した事項、(ロ) 会社の利益を害さないかどうかに関する取締役(会)の判断とその理由、(ハ) 社外取締役の意見が異なるときはその意見。
- (注) 公開会社においては、現況、役員、株式、新株予約権について詳細に記載することが求められる[8]。 ○
(2)「事業報告」に関する「監査報告」 監査役が作成する。
監査役は、事業報告・附属明細書を受領後、次の内容の「監査報告」を作成する[9]。
- 1. 監査役の監査(計算関係書類に係るものを除く)の方法とその内容 ○
- 2. 事業報告・附属明細書が法令・定款に従って会社の状況を正しく示しているか否かの意見□☆
- 3. 会社の取締役(指名委員会等設置会社は執行役を含む)の職務の遂行に関し、不正行為、法令・定款に違反する重大な事実があれば、その事実 □☆
- 4. 監査に必要な調査ができなかったときは、その旨及びその理由 □◇
- 5. 内部統制システムに関する事項がある場合に、その内容が相当でないと認めるときは、その旨 及びその理由 □
- 6. 会社の支配、親子会社間の取引が事業報告の内容となっている場合は、それについての意見 □
- 7. 監査報告を作成した日
- (注) 監査役会、監査等委員会、監査委員会(指名委員会等設置会社の場合)が設置された会社の監査報告の内容・日程等については、それぞれの規定がある。
[1] 会社法362条4項6号、会社法施行規則100条の「内部統制」を参照。
[2] 会社法435条2項
[3] 会社法435~439条、会社計算規則135条
[4] 会社法436条、437条、438条。会社法施行規則118条(平成28年1月8日改正による)
[5] 会社法436条1項、2項2号
[6] 会社法348条3項4号(内部統制システム構築義務)、362条4項6号(体制整備は取締役会の専権事項)
[7] 会社法847条の3第1~4項
[8] 会社法施行規則119~124条。例えば、事業年度の末日において監査役会設置会社(大会社に限る)である有価証券報告書提出会社が社外取締役を置いていない場合は、「社外取締役を置くことが相当でない理由」を事業報告の内容に含めなければならない(124条2項)。
[9] 会社法施行規則129条1項。ただし、定款で監査役の監査の範囲を限定している場合は、「事業報告を監査する権限がない」ことを明らかにした監査報告を作成する(同条2項)。