会社法339条2項の解釈の検討
ーー東京地裁平成29年1月26日判決の検討ーー
近畿大学法科大学院准教授
弁護士 岩 本 文 男
第1 はじめに
会社法339条2項は、株主総会の決議により解任された役員は、解任について正当な理由がない場合は、会社に対して解任によって生じた損害の賠償を請求することができると規定している。
東京地裁平成29年1月26日判決[i]は、同項の主要な論点について判断を示したほか、従来あまり議論されてこなかった論点についても判示していることから、本稿において同判決の検討を行うこととする。
第2 東京地裁平成29年1月26日判決の概要
1 事実の概要
(1) 当事者
被告Y1は、財務書類の監査又は証明等を目的とする監査法人であり、世界4大会計事務所の1つであるZ(以下「Zグローバル」という。)が運営するグループ(以下「Zグループ」という。)のメンバーファームである。
被告Y1の完全子会社である被告Y2は、経営、経理及び財務に関する指導及び助言業務等を目的とする非公開の株式会社(取締役会設置会社)であり、Zグループのメンバーファームの1つであった。被告Y2の定款上、取締役の任期は短縮も伸長もされていなかった。
原告は、被告Y2の代表取締役であった者である。
(2) 原告と被告Y2との間の委任契約の内容
原告は、被告Y2の取締役に就任するにあたり、平成23年12月13日、被告Y2との間で、以下の内容の委任契約(以下「本件委任契約」という。)を締結した。なお、本件委任契約の締結については、被告Y1も審議の上、了承していた。
- ア 被告Y2は、原告に対し、被告Y2代表取締役への就任を委託し、原告はこれを承諾した。
- イ 原告の被告Y2代表取締役への最初の就任期間は、平成24年1月1日又は別途書面により合意した日から2年間とする。なお、この契約は、2年経過後に、両者間で更新を協議する。
- ウ 上記2年間の期間中、被告Y2は原告に対し、報酬として年間3600万円を支払うものとする。
- エ 上記2年間の期間中、原告が被告Y2の業績向上に格別の寄与をしたと認められる場合、両者で協議の上、追加的報酬の支給を決定する。
-
オ 本件委任契約の解除によらずに原告が被告Y2の取締役を退任する場合、被告Y2は、原告に対し、以下のとおり退職一時金を支払う。
- ① 同契約締結日より5年を経過した日以降に退任する場合は1億5000万円
- ② 同契約締結日より5年未満で被告Y2の都合により退任する場合は1億5000万円
- ③ 同契約締結日より5年未満で原告の都合により退任する場合は3000万円に在任年数(1年を単位とし、1年未満の端数月は切り捨てる)を乗じて算出された金額
- カ 上記退職一時金の支払義務は、被告Y2の株主総会における承認又はこれに代わる被告Y2の株主全員の書面による同意の意思表示がされることを停止条件として発生する。
- キ 被告Y2は、いつでも本件委任契約を解除することができる。ただし、その場合には、被告Y2は、上記オの退職一時金の支払義務を免れない。
(3) 原告の取締役就任と取締役解任
原告は、平成24年1月1日に被告Y2の取締役及び代表取締役社長に就任し、平成26年9月10日にこれらに重任した。
その後、原告は、平成27年4月1日、被告Y2の株主総会決議により、被告Y2の取締役から解任された(以下「本件解任」という。)。
(4) 原告による訴訟提起
原告は、被告Y2に対して、正当な理由がないにもかかわらず被告Y2の取締役から解任されたとして、会社法339条2項に基づく損害賠償請求として、①残任期分の取締役報酬相当額、②追加報酬相当額、③役員賞与相当額、④退職一時金相当額、⑤弁護士費用相当額、⑥上記①ないし⑤に係る商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
なお、原告は、被告Y1に対しても、被告Y1と原告との間の合意または被告Y1の信義則上の義務に違反して、本件解任により、正当な理由なく原告の被告Y2取締役兼代表取締役たる地位を剥奪し、かつ被告Y2をしてそれを剥奪させた旨主張して、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求として、上記と同様の金員の支払を求めたが、紙幅の都合もあり、被告Y1に対する請求については割愛する。