◇SH1651◇弁護士の就職と転職Q&A Q34「『コミュニケーション力が低い』との指摘に何を反省すべきか?」 西田 章(2018/02/19)

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弁護士の就職と転職Q&A

Q34「『コミュニケーション力が低い』との指摘に何を反省すべきか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 転職活動で「コミュニケーション力が低い」と言われても、面接での受け答えを練習すれば改善できます。しかし、依頼者から「コミュニケーション力が低い」と思われて、その評価を引きずってしまうと、弁護士としてのキャリアに展望を拓くことは難しくなってしまいます。法律家としての知識や分析力には自信がある弁護士でも、低い評価を受ける場面について考えてみたいと思います。

 

1 問題の所在

 「コミュニケーション力が高い」という弁護士は、一般的に「レスポンスが早い」と言われています。しかし、これは簡単に真似できるものではありません。誰もが「早期にレスすべき」とは意識しながらも、それを実現できないのは、別に「怠け者」であるからではなく、複数の案件を同時並行で抱えており、すぐに十分な時間をかけることができない中で、検討不十分な問題に(所内関係者の了解を得ていない)拙速な回答を控えたいという事情も存在します。

 そのため、「レスポンスが早い」というのは、日頃から、自己が抱えている多数の案件のそれぞれがどのような現状にあり、そこにどのような論点が潜んでおり、今後、どのような展開を迎えるか、その分岐点が頭の中で整理されており、かつ、事件の見立てを自己の裁量でリスクをとってコメントできる、という法律家としての高い資質と所内での立場に支えられてこそできる行動です(時折、「60%の回答でも早く提供すべきである」という意見も目にしますが、それも「大筋は外さない」又は「そうでない展開となるリスク」も示唆した上でのものであり、「残り40%分の検討をしたら、回答は真逆になってしまいました」ということまでが許容されているわけではありません)。

 アソシエイトが、どこまでの裁量を持って、依頼者にコメントすることができるかは、事務所の方針や主任パートナーとの信頼関係に依存します。そのため、常に、確定的意見を即答できるわけではありません。ただ、せめて、企業依頼者から「コミュニケーションを取りづらい」と、平均点以下の評価を受けることは避けたいところです。コミュニケーション上の失点ポイントにはどのようなものがあるでしょうか。

 

2 対応指針

 依頼者(企業担当者)から「コミュニケーションを取りづらい」と思われる弁護士には、いくつかの類型があります。たとえば、「紛争案件において、相手方との敵対的交渉では頼り甲斐があっても、その攻撃の矛先を依頼者(担当者)にも向けてくることがある」とか、「法的には優れた分析かもしれないが、そのコメントを役員に報告しづらい」という場合もあります。これらを改善するためには、一度、企業内に出向して、依頼者の社内の意思決定システムを肌で感じてみることも有益です。

 他方、会社員的発想に馴染みすぎてしまうと、今度は「悪いニュースへの許容度が下がる」というリスクも生じます。危機対応のコミュニケーション力としては、「社員であれば、聞きたくないネガティブ情報」も動揺せずに受け止めて、自己保身に走らずに、冷静に対応策を検討し提案できる精神的なタフさも兼ね備えておきたいところです。

 

3 解説

(1) 攻撃的表現の回避

 紛争案件の相手方とのコミュニケーションにおいては、机を叩いて交渉したり、準備書面に「論を俟たない」「言うまでもない」などの語気鋭い表現を用いて起案することは、依頼者に「用心棒」としての適性を評価してもらうのに役立つかもしれません。

 しかし、内部的な作戦会議での対応方針についての意見の相違や、報酬をめぐるトラブル等で、依頼者に対しても、このような威圧的な態度で臨む弁護士への不満も時に見受けられます(たとえば、訴訟での立証のように、何月何日のメールではこう言っていたではないか、などと尋問形式で事実を指摘する例もあります)。会社関係者は、その場では反論しなくとも、それは弁護士の主張を納得して受け入れたわけではなく、「反論したらもっと面倒臭くなるだろう」という費用対効果を考えての戦略的黙認であることが通常です。

 攻撃的表現と友好的表現の使い分けが難しいならば、むしろ、敵対的な相手方とのコミュニケーションにも友好的表現を用いるような方向での統一を試みるべきだと思います(敵対的交渉においても、相手方からの不当な圧力に屈しないだけの防御力さえ維持していれば、こちら側から攻撃的表現を用いることは必須ではありません)。

(2) 発信主義から到達主義へ

 法律事務所における訴訟業務で「上司(パートナー)は先輩弁護士、相手方も弁護士、説得すべき先は裁判官」という「法律家ばかりに囲まれた職場環境」においては、つい、「準備書面に自己の主張を記載しておけば、責任を果たしたことになる」(=読み手がそれを理解できなければ、又は、見落していたら、それは読み手側の落ち度)という発想に陥ってしまう若手もいます。

 しかし、会社においては、職位が上がるほどに、経営幹部が所管する職域も広がって多忙となり、かつ、そこでは、法律論以外の物差しで経営判断がなされることなります。そのため、「自分は口頭又はメールでこのリスクを指摘していた」という事実は免罪符にはならず、僅かな時間しか与えられなくとも、多忙な報告相手方の納得(感)を獲得することで初めてレクチャーの役割を果たしたことになります。

 非法律家には理解しがたい事柄であっても、「なんとなくわかったような気持ち」にさせるところまで持っていくことが、案件処理を前に進めるポイントとなります。依頼者側の窓口となる担当者に対して、弁護士に報告するかのような表現形式で報告してしまうと、それを受けた担当者は、その後に、上司や会議体にわかりやすい形に翻訳し直した上で社内の報告に挑まなければならない苦労を背負い込んでいることも意識しておかなければなりません。

(3) ネガティブ情報の受入れ許容度

 会社に転職し、又は、一定期間でも出向すれば、会社が一枚岩でなく、自己が所属する部門の関係者及び社内外の関係者にうまく根回しして物事を進めなければならないことをリアルに感じることができるようになります。

 このような経験を通じて「平時に筋書き通りに物事を進めるためのコミュニケーション能力」は上がるかもしれませんが、同時に「想定外の問題が起きた場合」には、つい、「面倒臭いことになった」という思考が先行して動揺したり、自己保身のための責任転嫁を優先したい気持ちに駆られやすい副作用も有しています。しかし、「有事」こそが(減点主義的なエリートサラリーマンとは異なる)弁護士としての外部性や客観性を発揮できる場面でもあります。

 弁護士としては、「見たくない事件」に目を覆って関係者の判断力が鈍りかけている時にこそ、「自分の出番が来た」と意気に感じて冷静に堂々と対処できるぐらいの精神的タフさを根底に備えていてもらいたいところです。そして、そのような活躍が有事における延焼や二次被害を防ぐためには重要であり、弁護士としての有意な経験値の獲得につながります。

以上

 

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