◇SH1363◇弁護士の就職と転職Q&A Q13「早期に独立してもいいのか?」 西田 章(2017/08/28)

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弁護士の就職と転職Q&A

Q13「早期に独立してもいいのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 かつては、「弁護士になる=一国一城の主になる」と考えられていました。司法試験を目指すというのは、「法的問題を解決する仕事に興味がある」というよりも、端的に「サラリーマンになりたくない」という願望が原動力となっていました。しかし、今は、社内弁護士の数は急速に増えており、「弁護士」と「サラリーマン」の性質は両立するものとして受け入れられています。また、現在の起業ブームは、優秀で尖ったセンスを持つ学生に対して「サラリーマンになりたくなければ、起業すればよい」というムードも醸成しています。そのような流れの中で、弁護士として「早期に独立する」というキャリア選択の現代的意義を取り上げてみたいと思います。

 

1 問題の所在

 弁護士業は、ライセンス取得の障壁は低くありませんが、ライセンスを取得さえすれば、ひとりで独立をしやすい事業です。弁護士登録先のオフィスと電話番号、FAX番号さえ確保すれば、業務を開始することができます。財産的基礎の審査もなければ、登録先オフィスの広さやセキュリティについての審査もありません。

 弁護士の「独立」は、「フリーランス型」と「新規ファーム設立型」に分けることができます。「フリーランス型」には「他の弁護士の指図を受けたくない」という自由の追求が根底にあり、既存の職場環境に対する不満が沸点に達したときに実行されます。これに対して、「新規ファーム設立型」は「理想の事務所を自分(たち)の手で作り上げたい」という願望が先行するものであり、ターゲットとする依頼者や業務分野のイメージが固まってから実行されることになります。

 「独立」は、「やりたくない依頼者の仕事を受けない」「仕事の進め方に他の弁護士の干渉を受けたくない」「自己の弁護士報酬を自ら設定できる」という自由を確保できる点では大きな魅力があります。しかし、その自由を持続するためには、事務所経営を維持できるだけの資金繰りを確保しければならない、という課題に直面します。

 

2 対応指針

 早期に、十分な準備なく独立をする弁護士の中には、「経費負担/資金繰りを楽観視し過ぎていた」ことを反省する者が多数存在します。運良く案件を受注できたとしても、足許の案件への対応に忙殺されてしまい、情報をアップデートして事業を拡大していくためには、更なる「壁」を超えなければならないことにも気付かされます。「目先の売上げ」を追い求めてしまうと、そもそもなんのために独立したのかが分からなくなることもあります。撤退のタイミングを逃して「フリーランス」を続けてしまうと、もはや「他の法律事務所のアソシエイト」や「社内弁護士」のように「給料を得ることができる雇われ人ポスト」の候補者としての適性が失われていってしまいます。

 

3 解説

(1) 経費負担/資金繰りの楽観視

 金銭面に関するアソシエイトの不満は「これほど働いているのに給料が安い」「ピンハネ率が高い」という、売上げ貢献度と自己への分配の割合に目が向いています。通常、法律事務所は、アソシエイトに対して、経費の内訳や資金繰りを開示していません。従って、使われなくとも発生する会議室相当分の賃料、読まれない雑誌・文献、フル稼働しているわけでもない事務員の人件費等について、アソシエイトがこれらを意識する機会はありません。

 実際に独立してみて、弁護士業務には様々な間接費が生じることを初めて理解できるようになります。自己の弁護士報酬にはディスカウントを求められたり、入金までにタイムラグが生じるにも関わらず、事務所運営のためには、月末にコンスタントに届く様々な請求書に対して、きっちり支払いを続けなければならない不条理も経験します。

 「フリーランス型」独立をすると、会議室も図書も事務員も、弁護士がひとりで丸抱えして業務をするのは効率が悪いことに気付きます。そして、「できれば、費用負担を他の弁護士と分かち合いたい」という経費負担型の共同事務所のニーズを実感し始めることになります。

(2) 情報のアップデートと事業拡大の困難性

 「フリーランス型」独立は、「過去に自分がアソシエイトだった頃と同じ(ような)依頼者筋から同じような類型の案件を受けて自ら仕事をする」限りにおいては、ワークします。所属事務所からピンハネされることがなくなる分だけ、レートを下げることも可能になります。

 しかし、いつまでも同じ依頼者から同じ類型の仕事だけを期待して食っていくことはできません。事務所を永続的なものにしていくためには、新規の類型の取引やあらたな依頼者の確保にも手を広げていかなければなりません。そのためには、「短期的には売上げに結びつかない情報のアップデート」のために自分の貴重な時間を投資しなければなりません。「できれば、ルーティンな業務やリサーチは、アソシエイトに任せて、自分の時間を捻出したい」と願うのは自然なことです。しかし、優秀な人材を確保することは容易ではありません。創業者にとってはかけがえのない唯一無二の事務所であっても、その「思い入れ」を共有していない外野(就職・転職を考える若手)から見れば、「数多く存する新興の中小事務所のひとつ」にしか過ぎないからです。

(3) 撤退タイミングの見逃し

 「フリーランス型」独立は、大きく儲かることがなくとも、日々の生活のストレスは少ないために、資金繰りの手当てが続く限りは、ずるずると過ごしてしまいがちです。しかし、その生活が長く続くと、「もはや法律事務所のアソシエイトとしても社内弁護士としても雇ってもらえなくなってしまう」というリスクが顕在化していきます。

 「経営センスを持った弁護士になる」という意味では、資金繰りに頭を悩ましたり、借入れを経験することは社会勉強としては有益です。ただ、「雇われ人」としての適性は日々失われていきます。雇用主(法律事務所のパートナーや企業の法務部長)からすれば、「部下としては使いにくそう」という印象が色濃くなってしまいます。そのため、仮に、他の法律事務所に合流するとしても、その形態は「給料を貰えるアソシエイト」というよりも、「経費を負担する経費共同パートナー」として参画するほうが現実的に検討してもらいやすくなります。他事務所への身売りを円滑に進めるためには、できるだけ経理は外部者にも説明しやすい形に整えておくことが望まれます(節税対策等で不明朗な経理を続けていると、帳簿を開示できなくなってしまいます)。

 事務所をたたんでサラリーマンになろうとしても、(大企業の巨大な法務部の一員というよりも)中小企業又はベンチャー企業の「ひとり法務」を担えるポストを狙うほうがより現実的な選択肢となってきます。そのためには、視野を広く持ち、企業活動に関わる法改正の動向等は(浅くとも)幅広くフォローしておくことが望まれます。

以上

 

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