実学・企業法務(第115回)
第3章 会社全体で一元的に構築する経営管理の仕組み
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
Ⅴ 全社的な取り組みが必要な「特定目的のテーマ」
Ⅴ-2. 情報セキュリティ管理
2. 営業秘密の定義の明確化
(1) 司法における「秘密管理性」の解釈の変化
2003年に制定された指針は、その後の不競法改正の都度、関連部分が改定されて内容が充実し、営業秘密に関する法解説だけでなく、厳格管理の事例や、啓発用の参考情報も含み、情報量が増えてきた。
一方、判決をみると、1990年に営業秘密の民事的保護が導入された初期には、不正利用者が営業秘密として管理されていることを認識しうる程度の管理があれば秘密管理性の要件を満たすと解釈されていたが、2003年の刑事罰導入の頃から、厳格に管理されていないとして、秘密管理性を否定する裁判例が主流を占めるようになった。
このため、裁判で保護されない事例が現れ、近年では、厳格管理の行き過ぎを緩和する判決が現れた。
指針と裁判例を分析した[1]結果、従来、「アクセス制限」と「認識可能性」の2要件を満たす必要があると説明されてきたが、「アクセス制限」は「認識可能性」を担保する一つの手段であり、秘密管理性要件を満たすには、営業秘密を、保有企業の「秘密管理意思」が秘密管理措置によって従業員等に明確に示され、その「秘密管理意思」に対する従業員等の「認識可能性」が確保されることが必要である、とされた。
企業は、裁判で保護される最低限の管理水準が指針で公的に示され、予見可能性が高まることを求めた。
(2) 従来の指針を「全部改定」と「ハンドブック」の二本立てに変更
以上の検討を踏まえて経済産業省は、一つの指針の中に「秘密管理性」の定義と「管理ノウハウ」の二つの要素が併存して解釈が混乱するのを改めるため、a.裁判において不競法の営業秘密としての保護を受ける基準(行政解釈)を全部改訂(全20頁。直前の指針の約1/4)とし、これとは別に、b.企業が秘密情報(不競法の保護の対象外の情報を含む)の漏洩防止策を講じる際に参考にするハンドブック(全144頁)を策定して、二本立てにした。
ハンドブックは、全部改訂に記載されなかった事項と2015年の不競法改正に伴って追加すべき管理事項を合わせて再編され、用語も、a.全部改訂の「営業秘密」と混同されるのを防ぐために、管理対象にする情報を「秘密情報」と称し、b.「アクセス制限」を廃し、「認識可能性」を確保する対策例として、接近の制御・持出し困難化・視認性の確保・秘密情報に対する認識向上等を挙げている。