複数の公務員が国又は公共団体に対して連帯して国家賠償法1条2項による求償債務を負う場合
国又は公共団体の公権力の行使に当たる複数の公務員が、その職務を行うについて、共同して故意によって違法に他人に加えた損害につき、国又は公共団体がこれを賠償した場合においては、当該公務員らは、国又は公共団体に対し、連帯して国家賠償法1条2項による求償債務を負う。
国家賠償法1条2項
平成31年(行ヒ)第40号 最高裁令和2年7月14日第三小法廷判決 求償権行使懈怠違法確認等請求及び共同訴訟参加事件 一部破棄自判、一部棄却、一部却下 民集74巻4号1305頁
第2次第2審:平成29年(行コ)第38号、福岡高裁平成30年9月28日判決
第1次上告審:平成28年(行ヒ)第33号、最高裁第二小法廷平成29年9月15日判決
第1次第2審:平成27年(行コ)第27号、福岡高裁平成27年10月22日判決
第1審:平成25年(行ウ)第2号、平成26年(行ウ)第1号、大分地裁平成27年3月16日判決
1 事案の概要
大分県教育委員会(以下「県教委」という。)の職員らは、教員採用試験において受験者の得点を操作するなどの不正(以下「本件不正」という。)を行い、大分県(以下「県」という。)は、これにより不合格となった受験者らに対して損害賠償金を支払った。本件は、県の住民である原告らが、被告県知事を相手に、地方自治法242条の2第1項4号に基づく請求として、本件不正に関与したAらに対する求償権に基づく金員の支払を請求すること等を求める住民訴訟である。
第1次第2審は、本件不正が発覚する前に退職していたAが本件不正発覚後に退職手当返納命令を受けて退職手当全額を返納していたところ、これに相当する額についてAらに対する求償権を行使しないことを違法とは評価できないと判断した。第1次上告審(集民256号77頁)は、上記の第1次第2審の判断には法令の違反があるとしてこれを破棄し、求償権の行使が制限されるべきか否かについて更に審理を尽くさせるため、原審に差し戻した。第2次第2審は、この点について、求償権の行使は制限されないとしたが、不正に関与した公務員らの間でそれぞれの職責及び関与の態様等を考慮した分割債務になるとして、Aに対し、求償義務全体の4割に相当する金額の支払を請求すべきものとした。本判決は、第2次上告審として、求償権に係る債務が分割されるか否かという点について判断した。
2 事実関係等の骨子
⑴ 大分県公立学校の平成19年度採用に係る試験(以下「平成19年度試験」という。)が実施された当時、小・中学校教諭等の教員採用試験の事務は県教委の義務教育課人事班が担当し、その合否の決定は教育長が行っていた。県教委には、教育長を補佐し義務教育部門を統括する教育審議監が置かれていた。
平成19年度試験の当時、Aは教育審議監、Fは義務教育課長、Eは人事班主幹であった。
⑵ Aは、特定の受験者を平成19年度試験に合格させてほしいなどの相当数の依頼を受け、Eに対し、Aが選定した者を合格させるよう指示した。この指示の中には、Aが、賄賂を収受して依頼を受けたことによる指示もあった。
Fは、上記依頼のほかにも相当数の同様の依頼を受け、Eに対し、Fが選定した者を合格させるよう指示した。
Eは、上記の各指示を受け、受験者の得点を操作した上で教育長に合否の判定を行わせ、上記各指示に係る受験者を合格させた。
Aは、義務教育課長等に対する不正な依頼があることを知りながら、F及びEによる不正を是正しなかった。
⑶ 県は、平成22年12月、和解に基づき、平成19年度試験において本件不正により不合格とされた者のうち31名に対し、総額7095万円の損害賠償金を支払った。
3 原審の判断等
⑴ 第2次第2審は、Aが県に対して負う求償債務が分割されるか否かについて、以下のとおり説示して、Aは県が平成19年度試験に係る損害賠償として支払った金額の4割を負担すべきものとした。
AはF及びEと共同して、その職務を行うについて、平成19年度試験に係る本件不正を故意に行ったものであり、本来合格していたにもかかわらず不合格となった受験者に対しては上記両名と連帯して賠償責任を負うが、国家賠償法1条1項は代位責任の性質を有することからすると、同条2項に基づく求償権は実質的には不当利得的な性格を有し、求償の相手方が複数である場合には分割債務となると考えられるから、上記3名は県に対し分割債務を負うと解するのが相当である。そして、平成19年度試験に係る本件不正が行われた当時の上記3名の職責及び関与の態様等を考慮すると、県は、平成19年度試験に係る損害賠償として支払った金額について、Aにつき4、Fにつき3.5、Eにつき2.5の割合による求償権を取得するとするのが相当である。
なお、第2次第2審の認定によると、Fについては破産手続が開始されて終結し、免責許可決定がされており、Eは死亡し、相続財産が存在しなかったというのであり、F及びEに対して支払請求をしても、弁済を受けることが期待できない状況にあったことがうかがわれる。
⑵ 論旨は、第2次第2審は、国家賠償責任を代位責任であると解したのであるから、国又は公共団体は、公務員が本来被害者に対して負うべき法的責任に基づいて求償することができ、公務員が被害者に対して本来共同不法行為責任を負う場合には、求償権に係る債務は分割されず、不真正連帯責任になると解すべきであるのに、第2次第2審には、そのように解さなかった法令違反があるという。
4 本判決の概要
第三小法廷は、判決要旨のとおり判断し、その理由として、国又は公共団体の公権力の行使に当たる複数の公務員が、その職務を行うについて、共同して故意によって違法に他人に加えた損害につき、国又は公共団体がこれを賠償した場合には、当該公務員らは、国又は公共団体に対する関係においても一体を成すものというべきであり、当該他人に対して支払われた損害賠償金に係る求償債務につき、当該公務員らのうち一部の者が無資力等により弁済することができないとしても、国又は公共団体と当該公務員らとの間では、当該公務員らにおいてその危険を負担すべきものとすることが公平の見地から相当であることを挙げた。
本判決は、公務員が共同して故意によって違法に他人に損害を加えた場合について判示したものであり、重過失にとどまる場合などについては、今後の議論に委ねられたものと考えられる。
5 説明
⑴ 国家賠償責任の性質論
本件では、国家賠償法1条2項による求償権に係る債務が分割債務となるか、いわゆる不真正連帯債務となるかが問題とされている。
国家賠償法1条の賠償責任の法的性質については、公務員個人の責任を国又は公共団体が代位するものと解する代位責任説と、賠償責任が国又は公共団体に直接成立すると解する自己責任説がある。学説上は、代位責任説が通説とされているが、自己責任説も有力であり、最高裁判例は代位責任説又は自己責任説の採否につき、明確に判示していないとみられると評価されている。(宇賀克也=小幡純子編著『条解 国家賠償法』(弘文堂、2019)22頁以下〔山本隆司執筆部分〕)
⑵ 国家賠償法1条2項の求償権の成立要件
国家賠償法1条2項の求償権は、これを認めることによる違法行為の抑止機能が公務執行の適正に資する一方で、重い個人責任を課すこととなると公務執行の円滑を損なうおそれが生ずることとなる。その行使の要件としては、①国又は公共団体が被害者に対して現実に損害賠償金を支払ったこと、②公務員に故意又は重過失があること、③国又は公共団体の賠償責任の成立が挙げられている。
また、国家賠償法1条2項の求償権の性質は、国家賠償責任の性質論と関連付けて論じられることが多いところ、①代位責任説によれば、本来公務員自身が損害賠償責任を負っているのであるから、これに代わって支払った国又は公共団体が公務員に補償を求め得るのは当然であり、求償関係は不当利得返還請求に類似するものとなる、②自己責任説によれば、公務員は国又は公共団体に対し職務上の義務違反としてその責任を負担すべき地位にあるから、公務員が求償権の行使を受けるのは当然であり、この場合の求償関係は債務不履行に類似するものとなるという。もっとも、求償権の性質をめぐる論争について、求償権行使の要件等の具体的な問題に直接影響するものではなく、余り実益は認められないとされている。(前掲・宇賀=小幡162、166~168頁〔西上治執筆部分〕)
⑶ 求償権に係る債務が分割債務となるか不真正連帯債務となるか
加害公務員が複数である場合の国又は公共団体の求償権に係る債務については、不真正連帯債務となると解した場合、各公務員との関係での求償権の行使の制限を考慮しなければ、国又は公共団体は、いずれの加害公務員に対しても全額を求償することができ、その後、加害公務員間での更なる求償の問題が生ずることとなる。この場合、国又は公共団体は、いずれかの加害公務員に求償することによりその満足を受けることができるが、加害公務員のうちに無資力の者がいるなどすると、求償に応じた加害公務員は他の加害公務員に対して求償をしてもその回収をすることができないこととなる。
これに対し、求償権に係る債務が分割債務となると解した場合には、加害公務員のうちに無資力の者がいるなどした場合、国又は公共団体は、当該無資力の加害公務員から求償権の満足を受けることができず、求償権の全額の満足を受けられないこととなる。
このように求償権に係る債務が分割債務となるか不真正連帯債務となるかにより、加害公務員のうちに無資力の者がいた場合、国又は公共団体が求償の全額について満足を受けられないリスクを負うのか、国又は公共団体への求償に応じた加害公務員が、更なる求償をできないというリスクを負うのかが異なることとなる。
ア 判例・学説
この点について判示した最高裁判例は見当たらない。下級審裁判例として、名古屋地判平成22・5・25判タ1368号90頁が、「求償債務を負う者がすべて故意又は重過失による共同不法行為者(民法719条1項、2項参照)である場合には、民法上、これらの者は発生した損害につき全額を賠償する責任を負担すべきものであり、そのことは、公務員が国家賠償法1条2項に基づき求償請求を受ける場合にも異なるものではない」とし、控訴審の名古屋高判平成24・1・24も同判示を引用している。また、京都地判平成18・11・30判時1966号90頁も同旨の見解に立っている。
学説については、古崎慶長『国家賠償法』(有斐閣、1971)204頁、下山瑛二『国家補償法』(筑摩書房、1973)93頁が、求償権の行使を受ける者が2人以上いる場合には、分割債務を負うことになると考えられ、その場合の分担部分の比率は、それぞれの公務員の行為を参酌して定められるべきであるとする。もっとも、学説においては、上記のように解する根拠については特に説明されていない。
使用者責任について規定する民法715条は、3項において、前2項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げないとしており、国家賠償法における求償と類似の状況に関して規定している。使用者が使用者責任に基づき被害者に対して損害賠償をした後、複数の被用者に対して求償をするという事例についての最高裁判例は見当たらない。もっとも、最高裁判例として、使用者の被用者に対する求償につき、「損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し……求償の請求をすることができるものと解すべきである。」(最一小判昭和51・7・8民集30巻7号689頁)とするものがあり、また、使用者責任と共同不法行為責任が交錯する場面においては、「被用者が使用者の事業の執行につき第三者との共同の不法行為により他人に損害を加えた場合には、使用者と被用者とは一体をなすものとみて、右第三者との関係においても、使用者は被用者と同じ責任を負うべきもの」(最二小判昭和63・7・1民集42巻6号451頁。最二小判平成3・10・25民集45巻7号1173頁も同旨。)とするものがある。
イ 検討
上記アのとおり、民法の使用者責任においては、使用者から複数の被用者に対して求償する際にその求償債務が分割されるかという点について直接判断した最高裁判例はないものの、加害者側に複数の者がいる場合に、被害者に対して賠償した損害をどう負担するかについては、損害の公平な分担という見地から判断しているものと考えられる。このような見地は、国家賠償に係る求償関係においても参考にすることができるところ、複数の加害公務員が共同して故意によって違法行為をした場合には、当該公務員らは、被害者に対する関係のみならず、国又は公共団体に対する関係においても一体であると評価することができ、一部の公務員が無資力等の理由により求償債務を弁済することができないリスクは、国又は公共団体よりも他の公務員が負担すべきものと考えられよう。本判決は、以上のような考慮から、判決要旨のとおり判断したものと考えられる。
⑷ 本判決には、国家賠償法1条1項の法的性質論から求償権に係る債務が分割債務となるとした第2次第2審の判断について、同法の沿革を踏まえ、その後の判例・裁判例の発展に鑑み、代位責任説・自己責任説は解釈論上の道具概念としての意義をほとんど失っていることを指摘し、いずれによっても、本件の公務員らは、連帯して国家賠償法1条2項の規定に基づく求償債務を負う旨の宇賀裁判官の補足意見が付されている。
6
本判決は、複数の公務員が国又は公共団体に対して連帯して国家賠償法1条2項による求償債務を負う場合について、最高裁として初めて判断を示したものであり、理論的にも実務的にも重要な意義を有すると考えられる。