◇SH1701◇ステラケミファ、工場における従業員死亡事故 粉川知也(2018/03/13)

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ステラケミファ、工場における従業員死亡事故

岩田合同法律事務所

弁護士 粉 川 知 也

 

 平成30年3月1日、ステラケミファ株式会社は、同社泉工場においてフッ化水素酸被液事故が発生し、従業員1名が死亡したことを発表した。

 同社はフッ素化合物を中心とした高純度薬品事業を主力とする会社[1]で、同社工場において薬品事故が発生したものであるが、本件のように工場において死亡事故が発生した場合には会社又は従業員が刑事責任を問われる可能性がある。

 そこで、一般的にどのような刑事責任が問題となるか、また、手続の流れを知っておくことは実務の参考になると考えられるため、概要を紹介する。

 

1 刑法上の問題

  1. ⑴  工場における死亡事故の場合、通常は業務中の事故であり、刑法の業務上過失致死傷罪[2](刑法211条1項前段)の成否が問題となる。
  2.    この場合、同罪は「人」を対象とするものであるため、会社そのものは処罰の対象とはならず、処罰の対象となり得るのは、上司・同僚等の従業員である。
  3.    また、同罪の成立要件である「過失」については、①対象者に結果を予見し、回避するための注意義務が認められるにもかかわらず、②その注意義務を怠って行為したこと(又は行為しなかったこと)が必要であり、①については、結果を予見できたこと(結果予見可能性)及び結果を回避できたこと(結果回避可能性)も必要である。
  4.    一般的に薬品等による工場事故においては事故の原因を突き止め、過失を認定することが困難な場合も多く、事故の原因を究明し、個別に対象者並びに注意義務違反の有無及び内容等を検討していくことになる。
  5.    そのため、現場担当者が具体的な作業のミスについて責任を問われることもあれば、工場の責任者や社長が安全体制の整備等について管理責任を問われる場合もあり、事案に応じて様々である。
     
  6. ⑵  業務上過失致死傷罪の場合は、警察が捜査を担当するため、警察の担当官において、工場等の実況見分等や従業員に対する事情聴取が行われる。
  7.    警察が所要の捜査を終えた時点で、検察庁に事件を送致し(いわゆる「送検」)、検察庁においても所要の捜査を行い、検察官が犯罪の成否及び処分の要否等の検討をした上で、事件の処分(起訴・不起訴)を決めることとなる。
  8.    そして、検察官が「対象者の過失が認められ、責任を問うべき」と判断した場合には、対象者は起訴され、裁判所で最終的な処分についての判断(例:懲役○年、無罪など)が下されることになる。

 

2 労働安全衛生法上の問題

  1. ⑴  労働安全衛生法においては、労働者の安全と健康を確保するなどの目的の下、安全衛生管理体制や労働者の危険等を防止するために事前にとるべき措置等について様々なルール及び違反した場合の刑事罰が定められている。
  2.    刑法上の業務上過失致死傷罪は、前記のとおり、従業員個人の責任を問うものであるところ、労働安全衛生法違反における処罰の対象となるのも一次的には「人」であり、主に工場の体制の整備や各種措置を求められる人物(工場長など)が違反行為者として責任を問われることになる。
  3.    加えて、労働安全衛生法には、会社の代表者や従業員等が違反を犯した場合に会社の責任も合わせて問うための両罰規定が定められており(同法122条[3])、従業員等が違反行為に及んだ場合には会社も責任を問われ、罰金刑を科されることとなる。
     
  4. ⑵  労働安全衛生法違反の場合、労働基準監督署(以下「労基署」という。)の労働基準監督官が捜査を担当するため(同法92条)、労基署の担当官において、工場等の実況見分等や従業員に対する事情聴取が行われる(なお、これらの捜査は警察の捜査と合同で行われる場合もある。)。
  5.    労基署が所要の捜査を終えた時点で、違反行為者及び会社について検察庁に事件を送致し、前記1⑵同様に検察官が事件の処分を決めることとなる。
  6.    警察の捜査と労基署の捜査は同時並行で行われており、それぞれのタイミングで送検されるが(同時に送検されることもある。)、検察庁では両方の事件の送致を待って、一括して処分を行うことが多いと思われる(刑事処罰の流れの概要は別表記載のとおり。)。

 

3 まとめに代えて

 ここでは主に刑事責任等について概説したが、工場において死亡事故が発生した場合、刑事責任に直結する警察・労基署の対応のほかにも、死亡した従業員の遺族やマスコミの対応、工場の従業員の精神的なフォローや物理的な欠員の補充、組織的な安全管理体制整備をはじめとする再発防止策の検討・策定など、会社が対応すべき難しい問題が多岐にわたって生じる。不幸にもこのような事故が発生してしまった場合、まさに会社の危機であり、慎重かつ適切な対応が求められるため、弁護士等の各分野の専門家と連携して難局を乗り切っていくことが重要であろう。

 

別表



[2] 業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。

[3] 法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関して、第116条、第117条、第119条又は第120条の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人又は人に対しても、各本条の罰金刑を科する。

 

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