◇SH1733◇コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(58)―中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス① 岩倉秀雄(2018/03/30)

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コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(58)

―中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス①―

経営倫理実践研究センターフェロー

岩 倉 秀 雄

 

 前回は、監査法人等、10. 外部監査人11. その他のステークホルダーについて述べた。

 外部監査人は、その情報専門性のパワーや制裁のパワーを活用して、掛け声だけの経営トップの認識をコンプライアンス重視に向かわせることができる。

 また、国連グローバルコンパクト、OECD多国籍企業行動指針、ISO26000、SDGs(国連持続可能な開発目標)、証券取引所の上場規定類、各種業界の標準や規格・自主規制等のソフトローも掛け声だけの経営トップをコンプライアンス経営に向かわせるパワーを持つ。

 今回からは、中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンスについて考察する。

 

【中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス①:研究・考察の意義】

 大企業や伝統ある企業に比べると、中小企業[1]やベンチャー企業は、人材面や資金面、経営管理体制等における制約が大きいために、コンプライアンス体制が十分に構築できていないケースが多く見られる。

 しかし、統計によるとわが国の大多数の企業は中小企業であり[2]中小企業の取り組むコンプライアンスに着目せざるを得ない。中小企業のコンプライアンスの改善は、わが国社会全体のコンプライアンスの改善に役立つ。

 また、ベンチャー(新興)企業がコンプライアンス違反でつまずいてしまい、社会的非難を浴びて成長を止め市場から退出せざるを得ない結果になることは、少なくともわが国の今後の発展にとってプラスであるとはいえない。その点からも、中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンスを考えることは社会的意義があり、その必要性が高い。

 本来、コンプライアンスは、企業が社会的要求や企業自身の理念や倫理観に基づき自らの経営実体を踏まえて独自に工夫すべきものである。

 中小企業であれば大企業よりも規模が小さく経営トップと従業員の距離が近いので、経営者がしっかりした倫理観を持って日常の意思決定の中で手本を示し、良好なコミュニケーションを通して従業員にもその考え方を徹底することで、相当程度コンプライアンスを組織内に浸透させることができるはずである。

 しかし、実際には、2007年以降に発覚した食品偽装の多くが中小企業で行われていた事実[3]を見ても、実態は必ずしもそうなっているとは言えない。

 もちろん、わが国の中小企業の中には、優れた倫理観を持った名経営者に率いられ、独自の分野で国際的にも高い業績を上げている企業も多数存在する。[4]

 そのことを踏まえつつも、なお、筆者は中小企業やベンチャー企業の組織特性や事業実態を踏まえたコンプライアンスのあり方を考察・提案することは、コンプライアンスの重要性を認識しつつも取組み方法を模索している多数の中小企業・ベンチャー企業にとって、また中小規模のグループ会社を抱えている大企業にとっても、意味があると考える。

 なぜなら、これまでのコンプライアンスに関する研究では、大企業の先進的取組みを紹介する啓発的研究が多く、中小企業を対象としたコンプライアンス経営の研究は少ないからである。

 経営管理体制が整い人や予算面に余裕のある大企業のケースは、参考になる面はあるものの、事情の異なる中小企業にとってそのまま当てはめることは難しく、むしろ、中小企業の特性を踏まえたコンプライアンスを考えることが重要である。

 中小企業は個々の企業の規模は小さく大企業に比べて影響力は少ないものの、既述したようにカテゴリー全体としてとらえれば、産業や社会におけるウエイトが高い。

 中小企業は、大企業の下請け企業[5]として大企業を支えている場合や、地域の産業として地域の雇用や伝統・文化を支えている場合もあり、社会の安定と持続的発展にとって重要であることから本研究の意義も大きい。

 なお、筆者は大企業の初代コンプライアンス部長の経験と中小企業の管理担当役員の(出向)経験があるので、その経験を踏まえ、リアリティのある考察を進めるつもりである。

 


[1]1999年改定の中小企業基本法では中小企業の定義を、資本金3億円以下又は従業員300人未満の製造業、資本金1億円以下又は従業員100人以下の卸売業、資本金5,000万円以下又は従業員100人以下のサービス業としている。(1999年改定の中小企業基本法第2条第1項)

業 種 中小企業者
(下記のいずれかを満たすこと)
小規模企業者
資本金の額
又は出資の総額
常時使用する
従業員の数
常時使用する
従業員の数
  1. ① 製造業、建設業、運輸業
    その他の業種(②~④を除く)
3億円以下 300人以下 20人以下
  1. ② 卸売業
1億円以下 100人以下 5人以下
  1. ③ サービス業
5,000万円以下 100人以下 5人以下
  1. ④ 小売業
5,000万円以下 50人以下 5人以下

(出典:中小企業庁HP)

[2] わが国企業の非一次産業事業所数の割合は99.7%、従業員員数で70.1%を占める。(中小企業庁、2014年調べ、民営・非1次産業、中小企業庁HPより)

[3] ミートホープ事件、赤福餅事件、白い恋人事件、ウナギの産地偽装、比内鶏偽装、船場吉兆事件、汚染米事件他

[4] 中津孝司ほか著『グローバル競争を生き抜く中小企業』(創成社、2008年)、野村進著『千年、働いてきました――老舗企業大国ニッポン』(角川書店、2006年)他

[5] 東日本大震災の時に、大企業に部品供給ができず打撃を与えた例やタイの部品工場が水害により部品供給ができず、我が国の自動車や電機産業の大企業に打撃を与えた例などがある。

 

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