コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(59)
―中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス②―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンスを研究する意義について述べた。
今回は、分析の枠組みや中小企業・ベンチャー企業にコンプライアンス経営がなぜ必要かについて、おかれている経営状況等を考察する。
【中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス②:分析の枠組みと経営状況】
1. 分析対象と分析枠組み
(1) 分析対象
中小企業と言っても、その業種・業態、事業分野、規模、歴史と伝統、経営の余裕(規模、資金、人材、組織体制等)、経営者の理念や哲学、キャラクター、組織文化等は多種多様であり、コンプライアンスの取組みは、単に大企業のやり方をそのまま当てはめるのではなく、組織の実態を踏まえた取組みが本来必要である。
そのことを踏まえつつ、本考察の対象は、前回述べた通り、1999年改定の中小企業基本法に基づき、資本金3億円以下又は従業員300人以下の製造業、資本金1億円以下又は従業員100人以下の卸売業、資本金5,000万円以下又は従業員50人以下の小売業、資本金5,000万円以下又は従業員100人以下のサービス業を想定する。
また、ベンチャー企業は、中小企業のうち設立が比較的新しく成長性の高い起業・創業型の企業のほかに、そのような企業が規模的には中小企業の定義を超えて急拡大したが経営管理面では中小企業であった頃と比べて質的変化があまりない企業も含める。
(2) 分析枠組み
本考察は、①中小企業やベンチャー企業の経営状況を踏まえ、コンプライアンスの必要性について確認し、②我が国の中小企業・ベンチャー企業の組織特性を分析したうえで、③それを踏まえ、コンプライアンスを組織内に導入・浸透させる方法と留意点を大企業と比較して考察することとする。
2. 中小企業・ベンチャー企業の経営状況
(1) 経営的余裕の不足
大企業の不祥事が相次いだ今世紀初頭以来、約20年近く経過し、この間(一部を除き)我が国の大企業では、コンプライアンス体制(担当部門の設置、企業行動憲章や企業行動規範の策定、従業員相談窓口の整備、各種研修の実施等)が整備されてきた。
しかし、(筆者も中小企業の管理担当役員を経験したが)、中小企業・ベンチャー企業では、コンプライアンスは規模の大小にかかわらず全ての企業に求められるものであるが、人材・資金・情報等に余裕がないことから、経営者の認識も十分に育っておらず、有効なコンプライアンス体制の構築も必ずしもできていない。
(2) ベンチャー企業の状況
成長著しいベンチャー企業では、事業の成長にコンプライアンス体制を含む経営管理体制の整備が追いつかず、コンプライアンスでつまずき成長を止め市場から退出せざるを得ないケースも発生している。
ベンチャー企業の経営者の関心は、コンプライアンスよりも事業の成長にある。
しかし、ベンチャー企業が社会の支持を得て持続的に発展するためには、その提供する財やサービスの優秀さだけではなく、すべての組織が社会から求められるコンプライアンス経営を行うことが前提になる。
もし、経営者が単なる事業の拡大や利益追求に走ると、従業員の人事評評価も「結果さえ出せば少々のコンプライアンス違反はかまわない」となり易く、その組織文化も手段を問わない短期的な利益追求に傾きやすい。
例えば、成果主義人事考課も、行き過ぎるとパワーハラスメントの容認や違法行為の隠蔽につながりやすい。
ベンチャー企業は、経営者を手本とした組織文化の形成期にあり、経営者が売上げや利益最優先の姿勢(価値観)を示すと、組織はそれを反映した組織文化を形成することになる。
その場合、仮にコンプライアンス違反に目をつぶることにより短期的に高い成長を実現できたとしても、ある段階では、そのような経営のやり方や組織文化についていけない従業員の外部への通報を招くことになり、結果として市場からの退出を求められることになる可能性は大きい。
したがって、ベンチャー企業の持続的成長のためには、事業の成長戦略とともにコンプライアンス体制の充実が求められる。
また、経営者がコンプライアンスの重要性を認識している場合でも、現実のベンチャー企業では、事業の拡大にともなう人材不足から直接利益に結びつかないコンプライアンス体制の構築に経営資源を投入する余裕がないこともある。
そのような場合には、すべてを自前の体制でまかなうのではなく外部資源の上手な活用も視野に入れる必要があるが、最も重要なことは、経営者が、コンプライアンスの重要性を建前としてではなく本当に認識し、実際にコンプライアンスが組織文化の一部になるまで取り組むことである。
すなわち、経営者は単に体制を構築するだけではなくコンプライアンス経営に関する自らの意思を明確に表明し日常の意思決定に反映させ、具体的に目に見えるように従業員に手本を示すことである。
特に、組織文化の形成期にあるベンチャー企業では、経営者が創業当初からコンプライアンス経営を表明し従業員に徹底することが、事業の持続的発展の基盤づくりに必要だと考える。
(つづく)