Legal as a Service (リーガルリスクマネジメント実装の教科書)
第7回 「代案を出す法務」のその一歩先へ
Airbnb Japan株式会社
渡 部 友一郎
合同会社ひがしの里・セガサミーホールディングス株式会社
東 郷 伸 宏
©弁護士・グラフィックレコーダー 田中暖子 2023 [URL]
1 共通の悩みの特定
今回は「法務の代案」に関する共通の悩みを考えていきます。
消極的なNOばかりの法務(「リスクがあります(完)」の法務)を変える心構えやスローガンとして「代案を出す法務」という言葉を耳にします。代案とは『ある案に対する代わりの案』ですので、「代案を出す法務」に相談できる経営者・事業部門は、NOの代わりに、何か事業を前に進めるための案をもらえることになります。
たしかに、「代案を出す法務」という心構えやスローガンには、「リスクがあります(完)」の法務を良い方向に変化させる効果があります。その一方で、心構えやスローガンだけでは限界が見えてきます。たとえば、法務部門のメンバーが考える「代案」のクオリティにばらつきが生じはじめます。また、法務部門のリーダーたちは「代案を出す」という技術を、個人のアドホックな思いつきから、組織的・体系的に深く学べる方法やノレッジマネジメントを模索しはじめるかもしれません。
2 共通の悩みの分析
「代案を出す法務」からもう一歩前へ。まず、この悩み自体、多くの法律家・法務が抱えている共通する(極めて正当な)成長の悩みであると考えます。
そこで、この共通の悩みを分析します。
まず、「代案を出す」という行動の曖昧さが浮かび上がってきます。
たとえば、契約書審査において、リーガルリスクを特定して分析した結果、法務部員Aさんは「不利な条項を丸ごと削除に代えて、文言の一部削除」を適切な代案と考えるかもしれません。他方、法務部員Bさんは、「不利な条項を丸ごと削除に代えて、文言はそのままにしておきながら、事業部門をトレーニングすることで義務違反の可能性を低減すること」を適切な代案として考えるかもしれません。
これでは、担当者の思いつきや創造力の多寡により、経営者・事業部門が享受できる選択肢にばらつきが生じてしまいます。
3 共通の悩みの評価
私たち、民間企業の法務部門の存在理由は、経営者・事業部門による「informed decision(十分な情報に基づく意思決定)」を可能ならしめることです。そうだとすると、提示される「代案」そのものの取捨選択についても、「informed decision(十分な情報に基づく意思決定)」を可能ならしめるような形での提供が不可欠です。そうだとすると、法務部員AさんもBさんも、検討したリスク低減策の思考過程をクライアントに対して示すべきといえます。
また、皆様は「代案を出して」と聞いたときに、何案出せばよいと直感的にお感じになりますか?
人によっては、「何か代わりになる1案でも出せれば、代案を出したことになりそう。だから、1つあれば良いのではないか。」という印象を持った方もいるかもしれません。
下記に述べるとおり、リーガルリスクマネジメントにおける「リスク低減策」は、多種多様な複数の選択肢が存在し、組み合わせも自在、かつ、その組み合わせは経営者・事業部門が「informed decision(十分な情報に基づく意思決定)」により自ら決すべきものです。
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(わたなべ・ゆういちろう)
鳥取県鳥取市出身。2008年東京大学法科大学院修了。2009年弁護士登録。現在、米国サンフランシスコに本社を有するAirbnb(エアビーアンドビー)のLead Counsel、日本法務本部長。米国トムソン・ロイター・グループが主催する「ALB Japan Law Award」にて、2018年から2022年まで、5年連続受賞。デジタル臨時行政調査会作業部会「法制事務のデジタル化検討チーム」構成員、経済産業省「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会」法務機能強化実装WG委員など。著書に『攻めの法務 成長を叶える リーガルリスクマネジメントの教科書』(日本加除出版、2023)など。
(とうごう・のぶひろ)
金融ベンチャー役員を経て、2006年サミー株式会社に入社。以降、総合エンタテインメント企業であるセガサミーグループの法務部門を歴任。上場持株会社、ゲームソフトウェアメーカー、パチンコ・パチスロメーカーのほか、2012年にはフェニックス・シーガイア・リゾート(宮崎県)に赴任。部門の立ち上げから、数十名規模の組織まで、多種多様な法務部門をマネジメント後、2022年には組織と個人の競争力強化を目的とする合同会社ひがしの里を設立。2023年からはセガサミーグループにおける内部監査部門を担当。