Legal as a Service (リーガルリスクマネジメント実装の教科書)
第6回 注文の少ない法務店
Airbnb Japan株式会社
渡 部 友一郎
合同会社ひがしの里・セガサミーホールディングス株式会社
東 郷 伸 宏
©弁護士・グラフィックレコーダー 田中暖子 2023 [URL]
1 共通の悩みの特定
「どなたもどうかおはいりください。けっしてごえんりょはありません」
これは、宮沢賢治『注文の多い料理店』の有名な一節です。今回は、サービスの提供者である法務部門、依頼者である事業部門、その間のコミュニケーションが冷え切っている悩みを取り扱います。具体的な場面を考えてみましょう。
事業部門に対して法務部門が回答をする、そして、事業部門からは短いメールが来るのみで、双方向の議論の深まりが生まれない。 |
このように、原則として、法務部門が回答・指摘を送り続けるという「一方通行」の構造が定着しているケースを考えてみましょう。
ところで、実際の場面では、法務部門は、別にいじわるな回答をしているわけでも、とても冷たいわけでもありません。むしろ、法務部門のメンバーは「どなたもどうかおはいりください。けっしてごえんりょはありません」と心のなかでは思っていることもあります。
しかし、どういうわけか、事業部門からの注文は待っているだけでは増えていきません。時々、法務部門から気を利かせて「なにかご不明な点があればお知らせください」とメールをしても「特にありません」で会話が終わってしまうこともあるでしょう。
では、この注文の少ない法務店において、より活発な、願わくば事業部門の自発的な質問や反論が生まれるためには、どのようなアクションを起こして行く必要があるのだろうか。この共通の悩みを取り上げたい。
2 共通の悩みの分析
はじめに、双方向の議論の深まりが生まれないことは、悪い場面だけなのでしょうか。この共通の悩みを分析する際、場合分けすることが有効かもしれません。
◯ 上手く行っているケース
第1に、上手く行っているケースを検討してみましょう。具体的には、法務部門の回答が、万事、事業部門のニーズを汲み取っていて、メールの記載も一読了解、質問の生まれようがないパーフェクトな回答である可能性です。
しかし、お読みになって、そのようなことがあるはずないと思われた方も多いでしょう。筆者らもそう思います。たとえば、リーガルリスクも定量的・定型的な契約書のレビューでの法務部門・事業部門間のやりとりであればそのようなこともあるかもしれません。
法務部門「法務レビューが完了した修正版の契約書を添付します。」 事業部門「ありがとうございます。私で確認後、先方に展開します。」 |
しかし、新規事業を含む各種の事業相談において、ほぼすべてのコミュニケーションが一方通行で終わることは難しいはずです。もし一方通行で終わったのであれば機能不全のサインと考えます。
なぜなら、企業の事業活動は常に答えがなく流動的であり、1片のメールですべてが記載できるほど単純ではないからです。
また、企業の事業部門が叶えたい「ニーズ」は、往々にして法務的杓子を当てる前の「生の事実・生のアイデア」であり、法務部門の見解と一致しない場合が必然的に生じます。そうだとすると、双方向の議論の深まりが生まれないことには、何か都合が悪い要因の存在を検討する必要がありそうです。
◯ 事業部門が我慢しているケース
第2に、事業部門が我慢しているケースや法務部門とのコミュニケーションに遠慮を感じているケースです(こちらのほうが大多数かもしれません)。
たとえば、法務部門が官僚組織的・干渉的・高圧的である会社では、法務部門とのコミュニケーション自体がもしかしたら疲れることで、敢えて勝ち目のない法務部門と議論を交わすよりも、言われたことを現場で上手にやりくりした方がスムーズということもあるでしょう。このような場合、事業部門としては、言いたいことはあっても、我慢して、法務部門に言われたことを現場で上手に(=適宜アレンジして)守ればよいという工夫が生まれている可能性があります(よりひどい場合には、そもそも相談しない、言われたことを無視して取り繕いながら進める、という方法も思い浮かぶところです)。
3 共通の悩みの評価
仮に、第2のケースのように、双方向の議論の深まりが生まれないケースでは、単にコミュニケーションが不足という以前に、事業部門・法務部門間の風通しの良さという「企業風土」や、法務部門における事業部門との間の信頼性・心理的安全性の確保という点に大きな課題が潜んでいる可能性があります。企業不祥事の際の調査報告書に登場する、「部門間に(法務部門との間にも)壁があった」「法務部門・コンプライアンス部門に話を持っていきにくい雰囲気があった」という類の記載です。
事業部門は、単に法務部門の助言に満足しているのか、それとも、コミュニケーションをなるべく避ける存在として見ているのか、できれば知りたくない現実かもしれませんが、先送りは危険かもしれません。なぜ、事業部門は水を打ったように静かなのか、その小さな原因は大きな病巣の現れかもしれません。
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(わたなべ・ゆういちろう)
鳥取県鳥取市出身。2008年東京大学法科大学院修了。2009年弁護士登録。現在、米国サンフランシスコに本社を有するAirbnb(エアビーアンドビー)のLead Counsel、日本法務本部長。米国トムソン・ロイター・グループが主催する「ALB Japan Law Award」にて、2018年から2022年まで、5年連続受賞。デジタル臨時行政調査会作業部会「法制事務のデジタル化検討チーム」構成員、経済産業省「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会」法務機能強化実装WG委員など。著書に『攻めの法務 成長を叶える リーガルリスクマネジメントの教科書』(日本加除出版、2023)など。
(とうごう・のぶひろ)
金融ベンチャー役員を経て、2006年サミー株式会社に入社。以降、総合エンタテインメント企業であるセガサミーグループの法務部門を歴任。上場持株会社、ゲームソフトウェアメーカー、パチンコ・パチスロメーカーのほか、2012年にはフェニックス・シーガイア・リゾート(宮崎県)に赴任。部門の立ち上げから、数十名規模の組織まで、多種多様な法務部門をマネジメント後、2022年には組織と個人の競争力強化を目的とする合同会社ひがしの里を設立。2023年からはセガサミーグループにおける内部監査部門を担当。