弁護士の就職と転職Q&A
Q105「『英語を学びたければ、外資系への就職がオススメ』と言えるか?」
西田法律事務所・西田法務研究所代表
弁護士 西 田 章
学生から「最近の就活では外資系の人気が復活している。先のことは分からなくても、英語が必要なことは確実なので、仕事をしながら英語を学べる環境は魅力的である。」という話を教えてもらいました。キャリアにおける「英語によるコミュニケーション力の重要性」がさらに高まるという見方はその通りだと思います。ただ、就職先に「職業訓練学校としての機能」を期待し過ぎてしまうと、ミスマッチが起きてしまうかもしれない、という危惧も覚えました。
1 問題の所在
就職先として外資系を選んだ失敗例として、2つのミスマッチ事例が思い出されます。ひとつは、外資系証券会社に採用された新人弁護士が、「英語も分からないし、取り扱っているデリバティブ業務の中身もわからない」という二重苦を抱えて、「先輩が居ても助けてくれない」という不満を抱いて、何らスキルを習得することもなく、すぐに退職してしまった事例です。国内系が「日本でビジネスを続けること/拡大すること」自体を至上命題とできるのに対して、外資系は、本部から見た採算重視で東京オフィスの経営が行われています。そのため、「日本のマーケットで儲けられる時期ならば、人を増やして収益を最大化する」一方で、「景気が悪化すれば、人を減らして経費を削減する」というのは、合理的な経営判断です(ジョブ・セキュリティを求める就活生のほうに誤解があります)。また、各構成員のジョブ・ディスクリプションが明確に規定されている外資系では、先輩弁護士に「自分の職務範囲を超えて、他部署の後輩を指導してもらいたい」という越権行為を期待することもできません。そういう意味では、「経験不足の自分でも採用してくれるということは、当然、周りに仕事を教えてもらうことが想定されていますよね?」と楽観して就職したら、当てが外れてしまう危険があります。
もうひとつは、外資系法律事務所の東京オフィスに「いずれ米国留学をさせてもらえるだろう」という期待を抱いて入所したものの、海外留学の機会を得られないことに気付いて転職した事例です。2005年に外国法共同事業が解禁された直後は、外資系でも「国内大手事務所に採用で競り勝つため」に、海外ロースクールへの留学制度を導入する先が増えましたが、リーマンショック以後は急速に縮小してしまいました。元来、外資系事務所は、日本法プラクティスを行うために、アソシエイトとして日本法弁護士を採用しているのですから、「NY州弁護士資格を取得させるための人材投資」は本業のニーズから導き出されるものではなかったのです。
このようなミスマッチ事例とは異なり、帰国子女等の英語力が高い弁護士が入所したケースにおいては、「同僚である米国又は英国のトップ・ロイヤーとコミュニケーションを重ねることで、自己の英語を洗練させることができた」という、ベストマッチと呼べる事例も数多く存在します。
2 対応指針
帰国子女等で、元来英語が得意な新人弁護士が、渉外をやっているとは建前だけの「なんちゃって渉外事務所」に就職してしまった場合には、「単なる翻訳ばかりを任されてしまって、弁護士として成長できない」という不満を抱いてすぐに転職を考えることになります。その点、外資系は、「英語力に秀でた弁護士が、その英語力を活かして弁護士業務に取り組める」「仕事を通じてさらに英語力を磨くことができる」という環境を提供してくれる可能性が高いと言えます。
ただ、「英語が苦手な若手が、その苦手意識を克服するために挑戦する場」として選んだ場合には(東京オフィスには、中長期的な視点で英語力が伸びるまでの教育コストを投じる余裕がなくて)ミスマッチが生じるリスクも高いです。「教育を受けさせてもらいたい」と願う若手ならば、毎年継続的に新卒採用をしてパートナーに内部昇進するまで育成できる先か、英語が苦手なジュニア・アソシエイトでも時間をかけて育てたいという気概を持った、日本人のシニア・パートナーが存在する先を選べると望ましいです。
3 解説
(1) なんちゃって渉外事務所のリスク
法律事務所は、公開企業ではありませんので、具体的なクライアント名や取扱案件名を開示していないことが殆どです。そのため、就活生としては、HPで「渉外法務」と掲げていたら、クロスボーダーの英語案件に携わることができる、と期待してしまいます。ただ、現実には、ボス弁が自らは英語を得意としていないにも関わらず、渉外法務の看板を掲げていることもあります(留学経験があっても、外国クライアントを確保できずに、帰国後は国内案件に特化しているボス弁も珍しくありません)。
英語が得意な新人弁護士が、このような事務所(いわゆる「なんちゃって渉外事務所」)に就職してしまうと、「所内に自分よりも英語ができる先輩がいない」という状況に置かれます。そして、翻訳業務等の英語案件が来ても、「レビューしてくれる先輩がいない」ために、結局、自ら我流で起案したものがそのままクライアントに提出されるだけで、自己の英語力を磨く機会がない、という問題を抱えることになってしまいます。
帰国子女等には、「英語は得意だからこそ、『英語だけしか売りがない』と言われないためにも、まずは、弁護士として成長したい」と願って(敢えて外資系を避けて)国内系を選びたがる傾向もありますが、「なんちゃって渉外事務所」に就職して「弁護士としての成長もなければ、英語力も磨かれずに年次が上がってしまう」というシナリオのほうが最悪です(外資系に行って、英語力だけでも磨けたほうが市場価値は高まります)。
(2) 欧米のトップローファームにおける英語力向上の機会
「外資系」と一括りにすることはできませんが、少なくとも、欧米のトップローファームで活躍する外国人弁護士は、(日本よりも広い裾野から競争を勝ち残ってきた優秀な弁護士であり)日本法の知識はなくとも、優れたリーガルマインドや論理的思考力を備えています。ネイティブの英語スピーカーである彼・彼女らと、同僚として、日常的に、英語でのコミュニケーションを重ねられる環境は、日本語ネイティブの弁護士にとって、自己の英語力を向上させて洗練させるための最高のOJTであると評価できます。
その教育機会は、本人の英語力が高ければ高いほど、企業法務経験が深ければ深いほど、より高度な成果を得ることが期待できますが、逆に言えば、本人の英語力が低く、経験も浅い場合には、「そもそもクライアントに自己の高額なアワリーレートをチャージできる水準にまで達することができない」というリスクが大きくなります(英語がいまいちであっても、英語ネイティブの同僚弁護士に辛抱強く聞いてもらうことができますが、それには、内容的には日本法上のしっかりした議論をできることが大前提となり、英語が苦手なために生じた過剰なタイムをカットしてチャージすることになります)。
(3) 例外的に初等教育もできる外資系
一般論としては、外資系は、「一定程度以上の英語力と経験を積んだ弁護士が、自己実現を図るためのアウトプットを行う場(及びその対価として実績に見合った高給を獲得する場)」としては優れていても、「経験不足のジュニア・アソシエイトが修行を受けるために行く場」には適さない(一流ファームでアワリーレートが高いほどに未経験者の稼働分の請求を正当化するためのハードルが高くなってしまう)という傾向があります。
ただ、外資系の中にも、例外的に、リーマンショック後も、新人採用を続けて人材投資を行っている先もあります。このような先では、「未経験者でも教育しながら活用する」というシステムが整っていることが期待されます。また、インターナショナル・ファームは、(国内系事務所よりも)遥かにパートナーの内部昇進が難しいため(東京オフィスだけでなく、インターナショナル・ベースのパートナー会議での承認が求められているため)、東京オフィスの生え抜きパートナーが存在する先は、優れた教育制度があるという推定も働きます(現実にパートナー枠を確保するためにはそれに見合う市場を想定できることも必要となりますが)。
また、新人採用をしていない先でも、「これからジュニア・アソシエイトの教育には力を入れていきたい」と宣言する事務所もあります。そのような表明は、シニア・アソシエイトからなされてもあまり説得力がないため(シニア・アソシエイト自身も所内における確固たる地位を確保できていないため)、パートナー(できれば、ローカル・パートナーやコントラクト・パートナーではなく、インターナショナル・ベースで承認されたシニア・パートナー)からのコミットがある場合に真剣に検討する価値があると思われます。
以上