◇SH3109◇『自動運転と社会変革 法と保険』の概要―刑事責任― 栁川鋭士(2020/04/20)

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『自動運転と社会変革 法と保険』の概要

―刑事責任―

明治大学法学部准教授・弁護士

栁 川 鋭 士

 

1 はじめに

 2019年5月に道路交通法及び道路運送車両法の改正、2020年3月31日に保安基準の一部改正及び道路運送車両法施行規則の一部改正等が公布され、各諸法令等が4月1日に施行された[1]。2020年4月以降の一定の限定領域(走行環境条件)における自動運転車(いわゆるレベル3の自動運転車)の公道における実用化に向けて着々と準備が進んでいる。自動運転車の実用化に向けては、技術的側面と法的側面との双方からの検討が重要となる。明治大学は自動運転・法的インフラ研究会を母体とする明治大学自動運転社会総合研究所(MIAD)[2]を2018年4月に設立し、経済産業省・国土交通省委託事業として自動運転車に係る模擬裁判等を実施しこれまで自動運転車にかかわる法的問題について検討してきたことから、道路交通法及び道路運送車両法の改正に合わせて2019年7月に明治大学自動運転社会総合研究所監修 中山幸二ほか編『自動運転と社会変革 法と保険』(商事法務、2019)を刊行した。本書の構成は、第I部民事責任、第II部保険関係、第III部刑事責任、第IV部自動運転車を巡る国際的動向、第V部自動運転社会とAI、その将来、以上の5部構成となっている。詳細は本書に譲ることとし、以下では、自動運転車の実用化に向けたこれまでの動向を補足しつつ、本書の概要に則して、自動運転車に係る刑事責任、民事責任、保険関係、国際的動向について概略する。

 

2 自動運転レベルの定義

 ここで、自動運転に係わる共通の前提知識として把握しておく必要があるポイントとして、自動化(自動運転)レベルに関する捉え方が挙げられる。自動化レベルの定義については、現状、SAE InternationalのJ3016(2016年9月)に基づき議論されている。自動化レベルの定義の概要は以下のとおりである。

 

表:自動運転レベルの定義の概要[3]



名称 定義概要 安全運転に係る監視、対応主体
運転者が一部又は全ての動的運転タスクを実行
0 運転自動化なし 運転者が全ての動的運転タスクを実行 運転者
1 運転支援 システムが縦方向又は横方向のいずれかの車両運動制御のサブタスクを限定領域において実行 運転者
2 部分運転自動化 システムが縦方向及び横方向両方の車両運転制御のサブタスクを限定領域において実行 運転者
自動運転システムが(作動時は)全ての運転タスクを実行
3 条件付運転自動化 システムが全ての動的運転タスクを限定領域において実行 作動継続が困難な場合は、システムの介入要求等に適切に応答 システム(作動継続が困難な場合は運転者)
4 高度運転自動化 システムが全ての動的運転タスク及び作動継続が困難な場合への応答を限定領域において実行 システム
5 完全運転自動化 システムが全ての動的運転タスク及び作動継続が困難な場合への応答を無制限に(すなわち、限定領域内ではない)実行 システム

 

3 自動運転に係る刑事責任

 本書第III部「刑事責任」第1章「刑事責任(中川由賀)」では、2019年5月に改正された道路交通法と道路運送車両法を中心として、自動運転に係る刑事責任について検討されている。以下ではその概要について、改正保安基準等を補足しつつ、解説する。

⑴ 刑事責任と民事責任の相違

 自動車の交通事故に係わる民事責任は自動車損害賠償保障法により実質上の無過失責任が実現されている。これに対し、交通事故における刑事責任では過失責任の原則が貫かれている。過失責任を問うものとして、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(自動車運転死傷行為等処罰法)5条の過失運転致死傷罪と刑法211条前段の業務上過失致死傷罪がある。前者は運転者の刑事責任に係り、後者は例えば自動車の欠陥に基づく事故におけるメーカー関係者に適用され得る刑事責任に係るものである。

⑵ 規制法―道路交通法と道路運送車両法

 自動運転に係る刑事責任では、未然に事故を防ぐための事前規制である規制法の検討が重要となる。規制法上の義務違反における罰則に加えて、規制法上の義務が上記過失責任における過失の認定における注意義務の発生根拠となり得るからである。規制法のうち道路交通法では、運転者の義務として、①運転操作に係る義務(例:制限速度遵守義務)、②安定操作確保義務(例:保持通話の禁止等)、③運転操作には直接関係ないその他の義務(例:救護義務等)に整理され得る[4]

 2019年5月の道路交通法改正では、いわゆるレベル3の自動運転システムの社会実装を想定して、①「自動運行装置」の定義規定、当該装置を使用して道路上自動車を用いる行為を「運転」の定義に含むとしたこと(改正道交法2条1項13の2・17)、②自動運行装置を備えた自動車(以下「本件自動運転車」という。)の運転車に対して、一定の使用条件を満たさない場合、当該自動運行装置を使用しての運転を禁止する一方で、整備不良車ではなく、当該使用条件等を満たし、これらの条件が満たさなくなった場合直ちに適切に対処することができる態勢でいるとき、改正道交法71条5号の5(保持通話の禁止、画像注視の禁止)を適用しないこと(同法71条の4の2第2項)、③作動状態記録装置の設置を義務付け、当該装置を備えていない本件自動運転車の運転を禁止(同法63条の2の2第1項)、記録の保存の義務付け(同法63条の2の2第2項)、警察官に対する作動状態記録装置の記録の提示(同法63条)、以上3点が自動運転に係る改正道交法の要点として挙げられている。

 改正道交法と同時に改正された道路運送車両法では、①保安基準対象装置への自動運行装置の追加(改正道路運送車両法41条1項20号、41条2項)[5]、②電子的な検査(車載式故障診断装置(OBD:On-Board Diagnostics)を活用した検査)に必要な技術情報の管理に関する事務を行う法人(独立行政法人自動車技術総合機構)(同法74条の2)の整理、③自動車の安全性に大きな影響のある整備等の「分解整備」に自動走行装置の整備等を加え「特定整備」と改め(同法49条2項)、自動車特定整備事業を営むには地方運輸局長の認証が必要となり、また、自動車製造者等に対して特定整備事業者等への点検整備に必要な型式固有の技術情報の提供義務規定(同法57条の2)が設けられたこと、④自動運行装置等に組み込まれたプログラムの改変による改造等について許可制度の創設(同法99条の3)、以上4点が自動運転に係る改正道路運送車両法の要点として挙げられている[6]。本書ではこれらの改正に至るまでのガイドライン等の経緯についても言及され、改正法の理解をより深めることができる。

⑶ 改正保安基準等

 本書刊行後、2020年3月31日に保安基準の一部改正及び道路運送車両法施行規則の一部改正等が公布され、4月1日に施行されている。自動運行装置の保安基準等の概要[7]としては、大きく以下の3点である。

  1. ① 自動運行装置の保安基準[8]として、自動運行装置の性能に関する規定(例:走行環境条件[9]内において、乗車人員及び他の交通の安全を妨げるおそれがないこと等)、作動状態記録装置に関する規定(例:記録内容として自動走行装置のON/OFFの時刻等)、外向け表示として自動運転車であることを示すステッカーを車体後部に貼付
  2. ② 走行環境条件の付与手続き[10](申請者は国土交通大臣に走行条件等を記載した申請書を提出し、国土交通大臣は保安基準に適合すると認めたときは条件を付与)
  3. ③ その他として、実証実験と同様に、無人移動サービス車の実用化等においても基準緩和認定制度(ハンドル、アクセルペダル等)を活用できるよう措置等

⑷ レベル3を対象とする運転者の刑事責任

 以上の改正点を踏まえ、本書では、主としてレベル3を対象とする運転者の刑事責任について考察され、概要として、前述の改正道交法上の義務を踏まえ安全運転義務(道交法70条)に基づき、自動運行装置による運転や当該装置から運転者への引継ぎの場面等の状況毎に具体的事故における過失が認定されていくであろうと指摘される[11]。メーカー関係者の刑事責任については業務上過失致死傷罪(刑法211条)が問題となるが、刑事製造物責任の立証及び法的評価の困難さを挙げ、道路運送車両法等の規制法の罰則等による適正処分が重要になると指摘されている[12]。また自動運転導入後のサービス事業者関係の刑事責任についても解説されている。

 

 

 

 

自動運転と社会変革――法と保険

明治大学自動運転社会総合研究所 監修 中山 幸二=中林 真理子=栁川 鋭士=柴山 将一 編

定価:3,300円 (本体3,000円+税)

ISBN:978-4-7857-2728-4



[1] 国土交通省自動車局技術政策課(令和2年3月31日)「自動運転車に関する安全基準を策定しました!~自動運転車のステッカーのデザインも決定~」参照(http://www.mlit.go.jp/report/press/jidosha07_hh_000338.html)。

[3] 高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部・官民データ活用推進戦略会議(平成30年4月17日)「自動運転に係る制度整備大綱」6頁以下参照(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/kettei/pdf/20180413/auto_drive.pdf)。

[4] 警察庁「技術開発の方向性に即した自動運転の実現に向けた調査研究報告書(道路交通法の在り方関係)平成30年12月」(https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2020/04/2018houkokusyo.pdf)23頁-27頁

[5] 国交省自動車局より、2019年12月24日、「道路運送車両の保安基準等の一部を改正する省令案及び道路運送車両の 保安基準の細目を定める告示等の一部を改正する告示案について」と題し保安基準案が示されている。https://search.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000196182

[6] 国土交通省「道路運送車両法の一部を改正する法律案」(https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2020/04/001277892.pdf)。

[7] 国交省「自動運行装置の保安基準等の概要(省令・告示等)」(https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2020/04/001338328.pdf)。

[8] 道路運送車両の保安基準(昭和26年運輸省令第67号)48条2項、道路運送車両の細目を定める告示第72条の2。

[9] 走行環境条件は、自動運行装置が保安基準に適合するための自動運行装置が使用される条件(場所、気象及び交通の状況その他の状況)である。道路運送車両法施行規則第31条の2の2第4項。

[10] 道路運送車両法施行規則第4章の2第31条の2の2。

[11] 中川由賀「自動運転レベル3及び4における運転者の道路交通法上の義務と交通事故時の刑事責任」中京ロイヤーvol.30(2019)11頁以下参照。

[12] 中川由賀「自動運転に関するドライバー及びメーカーの刑事責任―自動運転の導入に伴って生じる問題点と今後のあるべき方向性」中京ロイヤーvol.27(2017)15頁以下、「具道路交通法及び道路運送車両法の改正を踏まえたレベル3自動運転車の操作引継ぎ時の交通事故の運転者の刑事責任」中京ロイヤーvol.32(2020)13頁以下参照。

 

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