◇SH3176◇債権法改正後の民法の未来83 債権の準占有者に対する弁済(1) 北村 真(2020/06/01)

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債権法改正後の民法の未来 83
債権の準占有者に対する弁済(1)

真成法律事務所

弁護士 北 村   真

 

1 提案内容

 旧民法478条の「債権の準占有者に対する弁済」については、「債権の準占有者」という要件の見直し以外に、①「善意無過失」要件の見直し、②「債権者の帰責事由」を要件とすることの要否、③478条の適用範囲の拡張の要否が検討された。

 

2 提案の背景(立法事実)

(1)「善意無過失」要件の見直し

 旧民法第478条は、準占有者への弁済が有効になるための要件として、弁済者の善意無過失を必要としている。

 ところで、この善意無過失の要件に関して、判例(最三判平成15・4・8民集57巻4号337頁)は、通帳を盗取した第三者が通帳機械方式による払戻しを受けた場合における当該払戻しの有効性が問題となった事案において、次のように判示している。

 「債権の準占有者に対する機械払の方法による預金の払戻しにつき銀行が無過失であるというためには、払戻しの際に機械が正しく作動したことだけではなく、銀行において、預金者による暗号番号等の管理に遺漏がないようにさせるため当該機械払の方法により預金の払戻しが受けられる旨を預金者に明示すること等を含め、機械払システムの設置管理の全体について、可能な限度で無権限者による払戻しを排除しうるよう注意義務を尽くしていたことを要する」

 この判例は、払戻し時における過失の有無のみならず、機械払システムの設置管理についての過失の有無を考慮して判断しているが、このような判例法理は規定の文言からは必ずしも読み取ることができるものではない。今後、ATM等による機械払だけでなく、インターネット等を利用した非対面型の決済が主流化すると考えられることからすると、前記判例を踏まえて、旧民法第478条の善意無過失要件を適切な文言に改めるべきではないかという考え方が検討された。

 具体的な改正提案としては、その弁済により弁済者が保護されることが正当か否かにより決せられるべきとして、「正当な理由に基づいて債権者であると信じて(正当な理由に基づいて受領権限を有すると信じて)債権を履行した場合」という考え方が提示された。

(2)「債権者の帰責事由」を要件とすることの要否

 旧民法第478条が外観に対する信頼保護の法理に基づくものであるという理解に基づき、同様の法理に基づく民法上のほかの制度(表見代理、虚偽表示等)と同様に、真の債権者に帰責事由があることを独立の要件とすることの当否について検討された。同時に、銀行預金の払戻しの場合に関する特別の規定を設ける必要性の有無についても検討された。

 「債権者の帰責事由を独立の要件とする」という考え方は、債権者に何ら帰責事由がない場合にまで権利を失うのは債権者にとって酷であるとするものである。「偽造カード等及び盗難カード等を用いて行われる不正な機械式預貯金払戻し等からの預貯金者の保護等に関する法律(偽造・盗難カード預貯金者保護法)」において、機械式預貯金払戻し等の場合に真の債権者に帰責事由が認められないときには、債務者である金融機関は善意無過失であったとしても原則保護されないとされている一方で、偽造・盗難カード預貯金者保護法の適用がない通帳による窓口払いの場合には、旧民法478条の解釈上、真の債権者に帰責事由が認められない場合でも、債務者である金融機関は善意無過失であれば保護されるという結論になるので、両者の間に均衡を欠くという指摘があった。

 他方、「債権者の帰責事由を独立の要件としない」という考え方は、債務の弁済は既存の義務の履行であり、新たな取引を行う場合である表見代理等の適用場面に比して、より外観への信頼を保護する必要があるとして、債権者の帰責事由を独立の要件とすべきではないとするものである。また、債権者の代理人と称する者に対する弁済について、民法109条等の表見代理の規定によるとすると、債権者の帰責事由が独立の要件となり、弁済者が保護される場合が限定されるとの指摘があることからも、旧民法478条が適用されるにあたっては、債権者の帰責事由を独立の要件とすべきではないとの見解もあった。もっとも、この考え方も真の債権者の帰責事由の有無を一切考慮しないというのではなく、真の債権者の帰責事由を弁済者の過失の有無の判断で考慮すべきであるという考えもある。

 また、このような考え方とは別に、債権の準占有者のうち一定のものに対する弁済については、債権者の帰責事由を独立の要件とすべきとの考え方が主張されていた。その中で、債権の準占有者に対する弁済を、①表見相続人や無効な債権譲渡の譲受人に対する弁済のように債権の帰属を誤認して弁済する類型、②債権者の同一性を誤認して弁済する類型、③債権者から受領権限を与えられていると誤認して弁済する類型に区分して、①については債権者の帰責事由は不要として、②③については債権者の帰責事由の要件が必要とする見解があった。この考え方からすると、預金債権の払い戻しについても、債権者の帰責事由が独立の要件として必要になりうるとされている。しかしながら、この考え方については、預金債権の払戻しのように大量迅速な処理が必要な類型の弁済について、債権者の帰責事由を独立の要件とすることに対する批判があるほか、各類型のいずれに該当するかの判断が実務的に可能かという問題があると指摘されていた。

(3)478条の適用範囲の拡張の要否

 判例は、弁済以外の行為であっても実質的に弁済と同視することができるものについて、旧民法第478条の適用又は類推適用により救済を図っている。例えば、次のようなものがある。

 定期預金の期限前払戻し(最三判昭和41・10・4民集20巻8号1565頁)

 預金担保貸付と相殺(最三判昭和48・3・27民集27巻2号376頁)

 保険契約者貸付(最一判平成9・4・24民集51巻4号1991頁)

 このような判例を踏まえて、民法478条の適用範囲を弁済以外の行為にも拡張することの是非が検討された。

(2)につづく

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