◇SH0589◇最大判 平成27年12月16日 損害賠償請求事件(寺田逸郎裁判長)

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1 事案の概要

 本件は、平成20年3月に前夫と離婚したが、女性について6箇月の再婚禁止期間を定める民法733条1項の規定(以下「本件規定」という。)があるために後夫との婚姻(再婚)が遅れ、これによって精神的損害を被ったと主張するX(原告・控訴人・上告人)が提起した国家賠償請求訴訟である。Xは、本件規定が両性の平等を定める憲法14条1項、24条2項に反するものであり、本件規定を改廃しない立法不作為(以下「本件立法不作為」という。)は国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けると主張して、国であるY(被告・被控訴人・被上告人)に対し、精神的損害等の賠償金165万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。
 原々審、原審とも、Xの請求を棄却すべきものとした。原判決の理由は、父性の推定の重複を回避し、父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐという本件規定の立法目的には合理性があり、これを達成するために再婚禁止期間を具体的にどの程度の期間とするかは上記目的と女性の婚姻の自由との調整を図りつつ国会において決定されるべき問題であるから、6箇月の再婚禁止期間が直ちに過剰な制約であるとはいえず、本件立法不作為は国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けない、というものである。Xが、原判決に憲法14条1項及び24条2項の解釈の誤りがあるとして上告をしたところ、最高裁大法廷は、判決要旨のとおり判示した上で、Xの上告を棄却した。

 

2 本件規定の憲法適合性判断(判決要旨1、2)について

 (1) 本件規定をめぐる学説・判例の状況
 本件の先例としては、本件規定を改廃しない立法不作為の違法性が争われた事案に関する最三小判平成7・12・5集民177号243頁(以下「平成7年判決」という。)がある。本件規定の憲法適合性について判断したものではないが、その判文中では、民法733条の元来の立法趣旨が、父性の推定の重複を回避し、父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐことにあると解される以上、国会が同条を改廃しないことが直ちに国家賠償法上違法となる例外的な場合に当たると解する余地のない旨を述べて、立法不作為の違法性を否定した。
 本件規定に関する学説の状況をみると、かつて憲法学説には、「男女の間の身体的差異による区別は容認される」などとする全部合憲説もみられたが、特に平成8年民法改正案要綱に向け改正の議論が高まった頃以降においては、本件規定のうち100日を超えて再婚禁止期間を定める部分(以下「100日超過部分」という。)は違憲であるとの一部違憲説又は全部違憲説を採る見解がほとんどである。他方、近時の民法学説は、100日超過部分の合理性に疑問があることを指摘するものが多数であり(大村敦志「家族法〔第3版〕」(有斐閣、2010)136頁、窪田充見「家族法――民法を学ぶ 第2版」(有斐閣、2013)35頁等参照)、また、再婚を禁止しても事実婚は阻止できず、前夫の嫡出子としての推定を受けるが真実は後夫の子である場合も多いなどとして廃止論も唱えられているが、基本的には民法772条等の改正論議と併せた立法論として述べられているようである。

 (2) 本件規定の憲法適合性の判断方法
 これまで判例は、法律の規定の平等原則違反(憲法14条1項適合性)の判断方法に関し、当該区別に「合理的な根拠」(最大判昭和48・4・4刑集27巻3号265頁(尊属殺重罰規定違憲判決)等)があるかどうかについて、立法府に合理的な範囲の裁量判断が認められることを前提にして、事案に応じた判断枠組みの下で合理性判断をしており、多くは、立法目的及び目的達成のための手段の合理性を具体的に検討して判断するという判断枠組みを示し、立法裁量の範囲の広狭に関わる検討要素として、当該区別の事由や区別の対象となる権利利益の性質とその重要性を総合的に考慮するという判断方法を採っていると考えられる(尊属殺重罰規定違憲判決、最大決平成7・7・5民集49巻7号1789頁(嫡出でない子の相続分合憲決定)、最大判平成20・6・4民集62巻6号1367頁(国籍法違憲判決)等)。本判決も、立法目的・手段による判断枠組みを示しており、その判断に当たっては、「婚姻をするについての自由」が憲法24条1項の規定の趣旨に照らし十分尊重に値するものであり、本件規定が「婚姻」に対する直接的な制約を課すことを内容とするものであることを十分考慮に入れた検討が必要である旨を判示している。
 本件規定は、「男女の性別」という人が生まれながらに持つ属性による区別をするものではあるが、例えば男女の別によって定年退職すべき年齢に差を設けるなどの場合とは異なり、男女に子をもうけることに関しての身体的差異があることを理由とする区別であるから(後記(3)ア参照)、むしろ重視すべき観点は、区別そのものではなく、区別の対象となる権利利益の問題として、本件規定が憲法24条にいう「婚姻」を制約するものという点にあると考えられる。
 憲法24条をめぐる議論については本件と同日に大法廷の判決がされたいわゆる夫婦別姓訴訟の解説に詳しいが、同条は、その2項により婚姻及び家族に関する事項についての国会の合理的な立法裁量とその限界を定めつつ、同条1項が婚姻について旧憲法下における戸主の同意の要件等を排除し、婚姻をするかどうかや、いつ誰と婚姻するかは当事者間の自由かつ平等な意思決定に委ねられるべきこと(婚姻をするについての自由)を明らかにしたものと解される。本判決は、「婚姻」(法律婚)には配偶者の相続権や嫡出推定などの重要な効果もあり、我が国では今もなお国民の法律婚尊重の意識が浸透している状況にあることを考慮すると、上記のような「婚姻をするについての自由」が重要なものであり、本件規定がこれを直接的に制約するものであるという事柄の性質を十分に考慮して、立法目的・手段の合理性を検討すべきことを判示したものと解される。
 なお、夫婦別姓訴訟では、男女の性別による区別の合理的な根拠の有無という形で憲法14条1項適合性が問題となったわけではなく、氏に係る制度の構築の在り方が問題の前面に出たことから、本件とは違憲審査におけるアプローチを異にする面があるが、いずれも憲法24条の婚姻制度における立法府の合理的裁量の存在を前提にしている面では共通の理解に立つものと考えられる。

 (3) 本件規定の憲法適合性判断
 ア 本件規定の立法目的について
 我が国では、明治初期において、父の不明を防ぐために必要な期間として300日の再婚禁止期間が定められていたが、その後の民法編纂の過程において再婚禁止期間が短縮され、明治31年に公布・施行された旧民法(昭和22年民法改正前の明治31年法律第9号をいう。)767条1項では6箇月とされた。現行の民法は、旧民法の再婚禁止期間の規定を父性の推定に関する規定とともに受け継いだものであり、このような立法の経緯や、民法733条2項の除外事由の存在から、本件規定の立法目的が妻の服喪を強制するなどの道徳的理由に基づくものとは解されないであろう。
 本判決は、現行の民法が、嫡出親子関係について法律上の父子関係を早期に定める父性の推定の仕組みを設けている趣旨や、同法733条2項が再婚後に前夫の子との推定が働く子が生まれない場合を本件規定の除外事由として規定し、同法773条が本件規定に違反した再婚により同法772条の父性の推定が重複した場合の父子関係確定のための手続を設けているなど、本件規定が父性の推定の重複を避けるために置かれたことを前提にした規定の仕方となっていることを考慮し、本件規定の立法目的を、「父性の推定の重複を回避し、もって父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐことにある」と解している。「もって」との文言は、平成7年判決では明示されていないが、父性の推定の重複を回避するということは、これによって父子関係を早期に定める父性の推定の仕組みを実効あらしめ、紛争の発生を未然に防止することにつながるという趣旨を敷衍した文言と解されよう。現在の民法学説上も、本件規定の立法目的は父性の推定の重複を回避することにあるとするのが通説であり、本判決も基本的にこの通説の立場に立っているということができる。
 そして、本判決は、父子関係が早期に明確となることの重要性に鑑み、立法目的の合理性が認められると判示した。これに対しては、論旨が指摘するように、DNA検査等により、父を定めることを目的とする訴え(民法773条)の手続を利用して子の父を確定すればよいという反論があるが、推定の重複期間内に生まれた子は、裁判手続等を経なければ父を確定できない状態となるのであり、その父未定の間における法的社会的な影響を無視することはできず、千葉勝美裁判官が補足意見で指摘する「女性と後夫との関係がその後に悪化し、協力が得にくくなっていたり、訴訟が遅延する事態」や、木内道祥裁判官が補足意見で指摘する「前夫はもちろん、母ないし後夫が法的手続をとらないままにするケース」もあり得ると思われる。DNA検査については、同検査を伴う鑑定を強制することが可能か、あるいは例えばDNA検査の結果、前夫と後夫のいずれも血縁上の父でないということになった場合にどちらの推定を優先させるのかなどの問題も考えられる。本判決は、このような諸事情を踏まえ、裁判手続等を経るまでもなく、そもそも父性の推定が重複することを回避するという目的にはそれ自体に合理性が認められるという考え方を採用したものと解される。
 イ 100日の再婚禁止期間の合理性について
 次に、本判決は、民法772条2項の懐胎時期の推定規定から、父性の推定の重複を回避するためには計算上100日の再婚禁止期間が必要であり、この部分については立法目的との関連において合理性が認められると判断した。この100日間は、女性の婚姻をするについての自由を考慮しても、嫡出推定が「婚姻」の重要な効果であって、父子関係を早期に定めて子の身分関係の法的安定を図る仕組みとして明確・画一的な基準により組み立てられていることから、推定の重複を回避するために一律に女性の再婚を制約することもなお立法裁量の範囲内であるという考え方がとられたものである。なお、嫡出推定が婚姻の重要な効果であることを指摘する見解として、大村・前掲83頁、道垣内弘人「民法のシステム(4)」法教178号(1995)53頁等がある。
 以上の検討は、憲法14条1項適合性についての検討であるとともに、上記2のとおり、その検討に当たり併せて憲法24条の趣旨及び意義が考慮されているものと解される。本判決が、100日の再婚禁止期間について、憲法14条1項に違反するものではなく、憲法24条2項の規定する両性の本質的平等にも違反しないと判断したのは、このような理解に基づくものであろう。
 もっとも、上記の100日間については、民法733条2項に規定する本件規定の除外事由の存在が、女性の婚姻をするについての自由と嫡出推定制度の趣旨(子の利益)とを調整する役割を果たしているともいえる。本判決の共同補足意見は、上記の100日間の合理性について多数意見の解釈を前提としつつも、この除外事由の範囲について、再婚禁止による支障をできる限り少なくすべきとの観点から、およそ父性の推定の重複を回避する必要がない場合には本件規定の適用除外を認めるべきとの実体法の解釈を示したものである。
 ウ 100日超過部分の合理性について
 再婚禁止期間が6箇月と定められた理由については様々な見解があるが、旧民法の立案に関わった梅謙次郎博士の法典調査会における説明では、要旨、女性の再婚によって生ずる父性の混同を防止するための期間は理論上4箇月で足りるが(婚姻成立後180日以後、婚姻解消等から300日以内に生まれた子を婚姻中の懐胎と推定する旧法典の内容を前提とする。)、専門家でも6箇月程経たないと懐胎の有無を確定はできないということであり、後夫が妻となる女性の前夫との子の懐胎の有無を判断するには4箇月では短すぎることが考慮された旨が述べられ、その他旧民法当時の文献においては、父性の判定を誤り血統に混乱が生ずることを避けるために旧民法767条の再婚禁止期間が設けられたとの趣旨が述べられているものが多い。また、現行民法下における上記の点に関わる解説として、「再婚後先夫の子を出産することにより後夫との間に不和、紛争が生じることは妻や出生子にとっても少ない方が望ましいことや後に父性が争われてその判定が困難になる場合をできる限り少なくしたいという考慮も働いた」と考えられることを述べるものがある(永井紀昭「婚姻適齢及び待婚期間に関する覚書(下)」戸籍488号(1985)8頁以下)。
 本判決は、旧民法当時の医療や科学技術の未発達であった状況等も踏まえると、再婚禁止期間が6箇月と定められたことを根拠付ける理由としては、①再婚後に前夫の子が生まれる可能性をできるだけ少なくして家庭の不和を避ける、②父性の判定を誤り血統に混乱が生ずることを避ける、という各観点に集約されると解した上、上記の各観点については、医療や科学技術の発達等とともにその意義が薄れ、そのことと対比して、「婚姻をするについての自由」(再婚)の制約をできる限り少なくするという要請が高まっていることなどの社会状況の変化等を考慮すれば、遅くとも平成20年当時において、100日超過部分の合理性を保つことが困難になっているとの判断を示したものである。ここでも、憲法14条1項に違反するとともに、憲法24条2項にも違反するに至っていたとの判示は、上記イと同様の理解に基づくものと解される。
 エ 本判決のように、ある法律の制定当時の立法事実に照らして制定当時は合憲と判断した上で、その後の立法事実の変化をたどりながらその後の合憲性を判断するという手法はこれまでの判例にもみられたものであり、最大決平成25・9・4民集67巻6号1320頁(嫡出でない子の相続分違憲決定)でもこのような判断がされていたところである。この場合の違憲判断の基準時は、付随的違憲審査制の下では当該個別事件において判断が求められる時期と解すべきこととなり、本判決の上記判示もこれを前提とするものであるが、後記のとおり、立法不作為の国家賠償法上の違法性判断においては、近年の社会状況の変化等までが影響して徐々に違憲の評価を帯びるようになったという事情もその判断要素の一つとなり得るものである。
 オ また、法令の一部違憲の判断については、既に、最大判平成14・9・11民集56巻7号1439頁(郵便法違憲判決)や国籍法違憲判決において、法令の意味内容の一部が違憲であるとの判断がされているところであり、これによれば、本件のようにいわば量的な一部違憲の判決も許されるということになると解される。

 

3 国家賠償法上の違法性判断(判決要旨3、4)について

 (1) 立法不作為の国家賠償法上の違法性の判断基準
 ア 従来の判例理論について
 これまでに立法行為又は立法不作為の国家賠償法上の違法性について判示した判例として、最一小判昭和60・11・21民集39巻7号1512頁(以下「昭和60年判決」という。)及び最大判平成17・9・14民集59巻7号2087頁(以下「平成17年判決」という。)がある。
 昭和60年判決は、在宅投票制度を廃止しこれを復活しない国会の立法行為又は立法不作為の国家賠償法上の違法性が争われた事案において、「国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではないというべきであって、国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受けないものといわなければならない。」と判示して、違法性を否定する判断をした。
 これに対し、平成17年判決は、在外国民の選挙権行使を認めない公職選挙法が憲法15条1項及び3項、43条1項並びに44条ただし書に違反するとの違憲判断を行った上、そのような公職選挙法の改正を怠った立法不作為につき、「立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには、例外的に、国会議員の立法行為又は立法不作為は、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受けるものというべきである。」と判示して、原告らの国家賠償請求を一部認容した。
 平成17年判決は、その判文の表現ぶりや、実際に当該事案で一部認容判決がされていることから、昭和60年判決との関係をどのように理解すべきかについての議論もあるが、限定的な表現を用いた昭和60年判決の判示の「立法の内容が……」の部分は、「国会があえて当該立法を行う」という表現からうかがわれるように、立法不作為ではなく、主に立法行為を念頭に置いて違法の度合いが極端な場合を例示したものとも考えられ、同判決が違法になる場合をその例示のような事案以外につき一切否定したものとは解されない。他方、平成17年判決は、昭和60年判決が異なる趣旨をいうものではない旨を明示しているほか、立法不作為等の違法性が立法の内容等の違憲性の問題とは区別されるべきであり、違法性が認められる場合が「例外的な場合」であるとする点において、昭和60年判決と同旨を述べており、具体的な当てはめについては当該事案の内容に鑑みた事例判断であると理解することができる。上記両判決の整合性については、芦部信喜(高橋和之補訂)「憲法〔第6版〕」(岩波書店、2015)264頁において、平成17年判決では「法律上選挙権の行使が否定されていたこと、および、選挙権行使を認めた1984年内閣提出の改正案が廃案となってから1996年の選挙に至るまで10年以上もの長きにわたり何らの立法措置も執ろうとしなかったことが重視されたものと思われる。」との指摘がされているところである。
 イ 本判決で示された判断基準について
 平成17年判決の判断基準は、その文言上、立法行為又は立法不作為が違法となる場合を前段と後段とに分けており、このうち後段が、同判決の事案のような典型的には国会がゼロから何らかの積極的な立法措置(例えば、在外選挙制度の創設等)をとることを要する場合を想定したものと考えられる。そのため、立法措置として本件規定の改正(100日への短縮)のみを要する本件とは問題状況が異なることから、仮に本件を前段の場合の事案であるとすると、後段の場合のような期間の要件(国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合)が設定されていないため、違憲であることが明白であれば即違法と判断すべきかという疑問も生ずる。しかし、本件のように違憲となった法律を改廃しない立法不作為が問題とされている場合において、立法不作為の国家賠償法上の違法性の判断要素として立法措置をとるまでに必要な期間等を考慮する要件を設けないということは考えにくく、また、相当ではないであろう。
 考え方としては、平成17年判決の前段・後段は、国会の立法行為又は立法不作為が例外的に違法となる場合の一部の例示にとどまり、これらの場合に限定する趣旨ではなく、前段は、違憲の法律を制定する立法行為やこれと同視し得る立法不作為により本来自由に行使し得る憲法上の権利が侵害され、期間の経過を要せずに直ちに違法となる極端な場合を想定した説示として述べたものにとどまると理解することができる。本判決は、このような理解に立った上で、本件の事案に即した違憲の法律の改廃を怠る立法不作為が期間の経過等により例外的に違法となる類型を例示として切り出し、立法不作為が例外的に違法となる場合の判断基準を、改めて、平成17年判決の考え方とも整合的な形で判示したものと解される。
 なお、上記の他、平成17年判決が国家賠償法上の被侵害利益として「国民に憲法上保障されている権利」を挙げているのに対し、本判決では、「憲法上保障され又は保護されている権利利益」と判示した点については、既にある法律の規定が違憲とされた後、国家賠償法上違法となり得るのは、選挙権のような明確に人権とされる権利の侵害のみならず、憲法上保護される利益が合理的な理由なく制約された場合も含まれるはずであるという理解に基づくものと思われる。

 (2) 本件立法不作為の違法性の評価
 上記の判断基準の下で、本件立法不作為の違法性評価の当てはめにおける具体的な検討要素としては、まず違憲の明白性という観点から、①本件規定の不合理性ないし違憲性が国会にとって容易に理解可能であったか否か、②本件規定をめぐっては、100日超過部分を撤廃する趣旨の平成8年の民法改正案要綱が公表され、また、諸外国が再婚禁止期間を廃止する傾向にあったこと、他方、③本件規定については、憲法判断を示すことなく立法不作為の違法性(改廃に係る国会議員の職務上の義務違反)を否定した平成7年判決という最高裁の先例があり、これによって再婚禁止期間の設定を含めてその改廃が立法政策に委ねられたとの信頼が立法府の側に生じたものとも考えられ、④本件規定の違憲性に論及する司法判断は今回が初めてであることなどの事情が挙げられる。
 本判決は、上記①③④の点を重視して、本件立法不作為の違法性に係る判断基準時である平成20年時点における違憲の明白性を否定し、期間の要件については具体的に検討するまでもなく違法性が否定されるとの判断をしたものである。上記②の観点については、平成8年の民法改正案要綱で既に本件規定を100日に短縮するとの改正案が公表されていたものの、必ずしも違憲論を前提とした改正案ではなかったことがうかがわれ、諸外国の傾向もそれぞれの国が採用する家族・親子法制が同一ではないことから、これをもって直ちに違憲の明白性につながる要素とはいえないと解されたものであろう。

 

4 その他

 ところで、本件の原々審、原審は、本件規定の憲法適合性につき正面から判断をするまでもなく、本件立法不作為の国家賠償法上の違法性が否定されるとしたものと解される。これに対し、本判決が、国家賠償請求については棄却すべきものとしつつ、あえて本件規定の憲法適合性について判断をしたことについては、国家賠償責任が否定される場合に前提問題として憲法判断を行うか回避するかについて、論理的には、憲法適合性に関する判断が違法性の有無の判断に先行すると考えられるところ、合憲又は違憲の判断を明示的に示す必要性が当該憲法問題の重要性・社会的影響等を考慮した個々の事案ごとの裁判所の裁量に委ねられているという立場に立ったものと解されよう。特に、憲法判断を責務とする最高裁の判決においては、憲法適合性につき各裁判官に多様な意見があり得る事件等について、仮に立法府にとって違憲であることが明白でないことを理由に国家賠償請求を棄却すべきものとする場合であっても、憲法判断についての各裁判官の意見を明示的に示すために上記の必要性が認められることがあるものと考えられる。

 

5 個別意見について

 本判決には、櫻井龍子裁判官、千葉勝美裁判官、大谷剛彦裁判官、小貫芳信裁判官、山本庸幸裁判官、大谷直人裁判官による共同補足意見、千葉裁判官、木内道祥裁判官の各補足意見のほか、鬼丸かおる裁判官の意見、山浦善樹裁判官の反対意見が付されている。
 このうち共同補足意見は、前記のとおり、本判決で合憲の判断がされた100日の再婚禁止期間についても、民法733条2項に挙げられている以外にその適用除外として認められる場合があることを同項の法令解釈上の問題として補足したものである。その理論的背景として、民法772条2項の懐胎時期の推定については裁判外の証明によっても覆せるものであるとの理解が前提になっていることがうかがわれ、適用除外の範囲を広げて再婚への支障を少なくする法令解釈を示した点とともに、嫡出推定規定についての重要な解釈問題にも触れたものである点が注目されるところである。
 千葉裁判官の補足意見は、本件規定の合憲性審査の方法及び立法不作為の国家賠償法上の違法性の有無の判断基準について、多数意見の説示全般につきその理論的背景に触れつつ内容を敷衍して述べたものであり、木内裁判官の補足意見は、本件規定を100日の再婚禁止期間を設ける部分と100日超過部分とに分けて、現段階においてそれらが合理性を有するものであるかにつき、子の利益や紛争の回避という視点から分析的な説明を加えたものである。
 鬼丸裁判官の意見は、本件規定の憲法適合性につき、本件規定の立法目的についての多数意見の判示及び共同補足意見の解釈には賛同するとした上で、そうであるとすれば本件規定が適用されるのはごく限られた場合になるが、その適用の有無の範囲が規定の文理上一義的に明確ではないなどの問題があり結果的には多数の女性に対し不必要な婚姻の制約を課すことになりかねず、父を定めることを目的とする訴え(DNA検査技術の進歩により手続に要する期間は短縮されている。)の類推適用も可能であることに鑑みると、本件規定は一体として全部違憲であるというものである。山浦裁判官の反対意見におけると同様に、法律上の父が未定であるとしても実際にその子が扶養を受けられる等の利益や福祉が実現するかは別の問題であるとして、子の利益や福祉について社会生活や行政サービスの有無等の事実上の観点を踏まえた指摘がされている。
 山浦裁判官の反対意見は、本件規定の憲法適合性について、婚姻をするについての自由が憲法上の重要な権利ないし利益であるとして立法裁量の幅を限定的なものとして捉えるとともに、規定の本来の趣旨が「血統の混乱を防止する」ことにあり、旧憲法下における家制度を中心とした男性優位の社会において制定されたという歴史的な背景も踏まえて本件規定の合理性を検討すべきであるとした上で、DNA検査技術の進歩等の諸事情を考慮し、再婚禁止期間を設ける必要性は完全に失われているという見解を述べたものと解される。本件立法不作為の違法性については、遅くとも本件規定が平成13年頃までには違憲になっていたことを前提に、違憲の明白性、期間の要件を肯定して違法性を認めるべきとしたものである。

 

6 本判決の意義

 本判決は、民法733条1項について、最高裁大法廷が法令違憲の判断を示したものであるとともに、立法不作為の国家賠償法上の違法性について従来の判例理論を整理し改めて一般的な判断基準を示したものとして、理論上及び実務上も極めて大きな意義を有するものと思われるので紹介する。

 

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