◇SH3197◇弁護士の就職と転職Q&A Q120「不況期の転職活動は、好況期とは何が違うのか?」 西田 章(2020/06/15)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q120「不況期の転職活動は、好況期とは何が違うのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 緊急事態宣言に続き、東京アラートも解除されて、首都圏でも経済活動を再開する動きが本格化しています。人材紹介業者も、4ヵ月に及んだ売上げ不足を補うために、アクセルを吹かせて、候補者層にSNSのダイレクトメール等を通じた勧誘を熱心に再開し始めました。しかし、昨年までの売り手市場において、採用側が人材紹介業者に大きく依存していた状況とは異なり、今年は、採用側が腰を落ち着けた選考を行うことになりそうです。この流れは、「ブローカー」型の紹介業者にとっては大きな損失をもたらす不都合なものとなりますが、自己のキャリアを真剣に考える若手には、これを「ミスマッチのリスクを減らす好機」に変えていってもらいたいところです。

 

1 問題の所在

 コロナ禍は、企業や法律事務所において、中途採用のあり方を考える機会ともなりました。その中では、人材紹介業者に対する不満が浮き彫りになっています。主要な項目としては、「高すぎる」という料金に対する不満、「よい候補者をうちに回して来ない」という不満、そして、「ろくに自ら確認もせずに、問題のある候補者を紹介してくる」という不満の3つが挙げられます。

 紹介手数料については、「初年度年俸の30〜35%」などと言われる成功報酬が、「紹介を受けて採用したけど、あまりにも問題がある人だったので、試用期間で辞めてもらった」というミスマッチ事例をきっかけとして不満が高まっています。ここでは、「早期退職に伴う返金条項の対象期間を延長したい」というニーズも聞かれます。

 また、「よい候補者を回してくれない」というパフォーマンスとの関連では、「人材紹介の成功報酬を支払うだけでは足りず、紹介業者の提供する媒体に有料広告を出稿したり、継続的なメンバーシップに入会して会費を支払うことを示唆された。これら追加料金を支払う先に優先して候補者を紹介するという趣旨か? それは候補者本人の希望とは無関係ではないか?」のというクレームも聞かれます。

 そして、コロナ禍における外出自粛期間においては、「自らはZoomで一度会っただけの候補者を、ろくに審査もせずにうちの面接に寄越して来た。」「それにも関わらず、すぐに決めないと、他に奪われてしまう、と急かされている。」というように、「紹介業者は候補者を右から左に流しているだけ」と疑わざるを得ないような事例も現れています。

 このような不満を抱えながらも、クライアントが、人材紹介業者を利用せざるを得なかった背景には、「売り手市場」が存在しました。しかし、今後は、限られたヘッドカウントを「使えない候補者」で埋めることはできず、無駄な紹介手数料もカットしていかなければならない、ということがクライアントにおいて強く意識されるようになりました。

 

2 対応指針

 昨年までの転職活動では、「現職を辞める」と決めてから、その時点で求人を募集している先を探してもらって、複数の転職先候補の業務内容や待遇を見比べた上で、ベストと思える先を選ぶ、というスタイルが好まれていました。しかし、不況期においては、「自分が退職したい(と思った)時期」をピンポイントで限定してしまうと、適切な採用ニーズと合致できる機会が減ってしまいます。ミスマッチのリスクを減らすためには、転職時期を、幅のある期間として設定して、自分のキャリアプランに合いそうな先の出現を待つ必要がありそうです。

 情報収集目的では、これからも人材紹介業者の利用にメリットは認められますが、実際に選考を受ける際の手続としては(人材紹介業者を経由するよりも)直接に応募するほうが、オファー獲得で有利に働くケースが増えて来そうです(採用側の紹介手数料負担を減らしてあげることができるだけでなく、人事枠が確保される前段階から「熱意がある候補者がいるからこそ、人事枠を確保しよう。」という社内調整を促す可能性も生まれます)。

 

3 解説

(1) 好況期時における転職活動

 好況期においては、若手弁護士から「ようやく、自分も転職する気持ちを固めました。」という連絡を受けることが多くありました。つまり、売り手市場の下では、転職を実現する最大の要素は、「自分が現職を辞められるかどうか」が決定的であり、そこさえ固まれば、行き先は見付かる(だろう)、という楽観が存在していました。そして、相談内容も「今、求人募集をしている先には、どこと、どこがありますか? できるだけ幅広く教えて下さい。」という質問が典型例でした。つまり、「現在の求人案件の中で、もっとも良さそうなところを自分が選ぶ」というスタイルです。

 このスタイルは、一見すると、「複数の選択肢からベストのものを選ぶ」という点で優れているようにも思えます。ただ、現実には、大手事務所、中小事務所、外資系企業、日系上場企業、スタートアップのように、種類が異なる転職先をひとつの評価軸で優劣を付けて評価することはできません。そのため、結果的に、「知名度」や「雇用条件(主に初年度)」だけで「ベストな先」を決めてしまった事例に数多く遭遇してきました(本来であれば、本人の思い描くキャリアプランの中で、移籍先で得られるスキルと経験をどう位置付けるかをきちんと考えておかなければならないところでも)。

(2) 「転職ニーズの顕在化」時期<「採用ニーズの顕在化」時期

 人材紹介業者は、「転職相談者の側に立つキャリア・コンサルタント」という役割と、「採用側をクライアントとして活動するリクルータ」という役割の2つを兼ね備えています。売り手市場時には、候補者のニーズを優先しなければ、「他のエージェントに奪われてしまう」という焦りから、人材紹介業者は、候補者が希望するタイミングでの成立を重視しがちです。

 しかし、候補者が考える転職希望時期は、現職の居心地の良さや職場における評価によって左右される部分が大きいため、キャリア・コンサルタントの目からみたら、本人の希望に対して「そんなこと言わずにすぐに転職すればいいのに」とか「もう少し我慢すればいいのに」と感じさせられることも多々あります。実際、本人のキャリアプランとの整合性を考えるならば、(現職への不満や満足度の変動よりも)「成長を促してくれるポストが用意されているタイミング」を逃さないことのほうが重要です。

 それでも、売り手市場の下では、自分が望みさえすれば、「それなりによさそうな転職先」からのオファーを得ることができていました。しかし、コロナ禍を経た今からは、もっと、「希望する転職候補先が採用できるタイミング」を重視することが求められるようになってきます。

(3) 直接応募のメリット

 最近の若手弁護士には、「転職を考えたら、まずは、エージェントに相談してみたい。実際に応募するよりも心理的ハードルが低い。」と考える人が増えています。これは人材紹介業者としてはありがたい傾向ではあるのですが、本音を述べると、「不況下では、転職エージェントを利用することが選択肢を狭める危険もある」と感じます。

 実際、採用側においては、「安易に人事枠を増やせないので、本当にやる気がある人しか検討したくない。」という意識も強まっていますし、「経費も節約しなければならないので、高い紹介手数料を支払うとなると、採用のハードルが上がってしまう。」という事情も生まれています。そんな中では、「エージェントに言われたからではなく、自分の頭で考えて、直接に応募してくれた候補者にこそ熱意を感じる。」と思ってもらえる可能性は高まります。

 転職希望者にとってみれば、求人情報も足りず、お作法もわからないままに、自ら直接に応募するのは、現職での忙しい業務の隙間に、準備の時間を確保することすら困難になってしまうかもしれません。それでも、手間暇をかけて検討すること自体が、応募先やその業務内容への関心を高めて、「ここに入ったら、自分に何ができるだろう?」という真剣なシミュレーションを促すことにもつながります。そのことは、結果として、転職のミスマッチを防ぐ効果をもたらしてくれるようにも思われます。

以上

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