◇SH1450◇弁護士の就職と転職Q&A Q20「エージェントは敵か? 味方か?」 西田 章(2017/10/23)

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弁護士の就職と転職Q&A

Q20「エージェントは敵か? 味方か?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 日本のリーガルマーケットで人材エージェントが活躍した最初の大きなイベントは、2004年の三井安田法律事務所の分裂時における人材の争奪戦でした。当時は、欧米のエグゼクティブ・サーチファームが、欧米のローファームの東京オフィスの人員拡大のために暗躍しました。その後、リーマンショックまでは欧米系が採用側の中心としてエージェントの利用が進みましたが、リーマンショック後は、管理部門系人材を扱う国内の紹介会社が、法務に領域を広げています。今回は、エージェント利用のメリットとデメリットを取り上げてみたいと思います。

 

1 問題の所在

 欧米系の企業やローファームが、商業ベースのサーチファームの利用に馴染みがあるのとは対照的に、日本では、経験弁護士の採用は、非商業ベースで「研修所同期、大学の先輩後輩、弁護士会の派閥や委員会活動等の友人・知人への照会」で行われてきました。また、かつては、「弁護士はいずれ独立するもの」という前提があったので、事務所の移籍を考える弁護士も「人柄のよい先輩弁護士の下で修行を積みたい」という単純な発想でした。そこには「いくつもの事務所を回って複数のオファーをもらって、条件を比較検討して進路を決める」というようなことは想定されていませんでした。

 それが、需要面では、弁護士業務の専門化や法律事務所の組織化が進み、国内企業による社内弁護士の採用も広がり、供給面では、司法試験合格者の増員等を受けて、弁護士の転職市場にも、商業ベースの人材エージェントが参入するようになりました。そのビジネスモデルは、「採用側からの依頼を受けて、候補者を探索する」「紹介した候補者が移籍したら、採用側に成功報酬を請求する(原則として候補者には手数料を請求しない)」というものです。従って、転職を考える弁護士にとっては、「エージェント」とは名ばかりで、実質的には、採用側に雇われている業者にキャリア・コンサルティングを求める形になります。手数料負担が不要なのはありがたいことですが、自己の利益に反するような移籍を促されるリスクはないのでしょうか。

 

2 対応指針

 人材紹介は、「売り切り」の物品販売とは異なり、移籍後に本人が新しい職場で活躍してくれることで初めてその価値を採用側に認識してもらえます。実際にも人材紹介業者には「短期間で退職したら、紹介手数料は返金」という条件を課せられるのが通例です。そのため、勤務開始後すぐに気付くような問題がある職場への転職を勧誘することは普通はありません(中長期的には別かもしれませんが)。ただ、法律事務所にとっては、手数料負担が伴うエージェント経由の応募よりも、直接応募を好む先もあります。他方、採用責任者がエージェントを信頼している場合には、その推薦を加点事由として評価してくれることもあります。

 

3 解説

(1) ベストシナリオとワーストシナリオ

 人材紹介業者が、「問題児でもいいから紹介して成功手数料を手に入れたい」とか「パワハラ的職場でも、それを隠して転職させてしまいたい」と意図的に考えることはありません。採用側は、実際に雇用してみれば、仕事ができるかどうかをすぐにわかってしまうし、転職者も、働いてみれば、ボスがどういう人物かをすぐに気付くことになります。隠しても、すぐにバレてしまうからです。

 そのため、「ベストシナリオ」は、「転職者が新しい職場に満足して勤労意欲をもって働いて活躍してくれる」という両者にとってハッピーな展開です(もっとも、将来の昇給や昇進等の条件で潜在的な利害対立を抱えることはあります)。また、「ワーストシナリオ」は、「転職者が新しい職場又はボスと合わずに、すぐに辞めてしまう」という両者にとって傷を残す展開です(短期での再転職は本人のキャリアに傷を付けてしまいますし、採用側にとっても、短期で人が辞めるのは次の採用に悪い影響を与えます)。それを避けるために、実務慣行上、人材紹介業者への成功報酬は、短期間(例えば、1ヵ月、3ヵ月、6ヵ月等)での退職には返金条項を設けるのが通例になっています。

 そのため、長く続けている人材紹介業者であれば、すぐにバレるような問題点を意図的に隠して、転職を成立させようとすることは通常はありません。

(2) “負荷”価値

 ただ、優秀な候補者が、すでに意中の転職先を心に決めている場合に、「エージェント経由のほうが採用選考で有利か? それとも直接応募のほうが採用してもらいやすいか?」という問題は生じます。

 エージェントは、一般に「自分は一次スクリーニングを担当しているので、自分からの紹介には予選突破の効力がある」と述べて、自分たちの関与に「付加価値」があることを売り込みます。しかし、現実には、採用担当者は「エージェントは成功報酬欲しさに誰でも紹介してくるので、自分たちで1からチェックする」という自らの「目利き」を重視しており、エージェントのことを「履歴書を集めてくる業者」「面接を設定するときのメッセンジャーボーイ」程度にしか位置付けていないことが通常です。

 とすれば、採用側にとっては、「直接に応募してくれたら、紹介手数料なしで採用することができるのに、エージェントを経由してきたら、紹介手数料負担が発生してしまう」という考慮が働く場合があります。この点、企業の採用であれば、紹介手数料負担は企業の会計で行われるものであり、採用担当者に経済的負担は生じませんが、法律事務所の場合は、採用権限を持つ弁護士(ボス弁やパートナー)は、自らのポケットから紹介手数料を支払うことになるために、「アソシエイトを雇ったら、人件費が膨らむのに、それに追加して紹介手数料まで負担させられるのか?」ということに抵抗感を抱く者も多いです。

(3) 付加価値

 それでも、稀に、法律事務所においても「直接応募よりも、エージェント経由で応募してくれるほうがありがたい」という場合も存在します。たとえば、「ひまわり求人に掲載したら、採用に困っているように見えてしまう」というイメージの問題もあれば、「過払い金事務所からの脱出組ばかりが応募してくるので、いちいち断るのも大変だ」という事務手続の簡素化のニーズがあります。

 実質的に一番大きいのは、採用責任者が「エージェントの目利きと情報収集力を信頼している場合」です。つまり、「このエージェントは、うちが欲しい人材がどんなタイプかを理解してくれている」と信頼しており、「自分のところに問題児を紹介することはないだろう」「前職での評判も踏まえて、こちらの期待する能力を有していることを確認してくれているだろう」という期待を抱いている場合です。このような場合には、転職希望者としても、直接に応募するよりも、エージェントからの推薦を受けたほうが選考を有利に進めることを期待することができます。

以上

 

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