SH3215 ベトナム:新労働法による変更点⑤ 賃金の支払 井上皓子(2020/06/29)

そのほか労働法

ベトナム:新労働法による変更点⑤
賃金の支払

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 井 上 皓 子

 

 新しい労働法(45/2019/QH14)(以下「新法」)による現行法からの主要な変更点や、企業が労務管理上気を付けるべきポイントの第5回目として、賃金の支払に関する主要な変更点を解説します。やや細かい内容ですが、賃金の支払に関して実務上重要な点が含まれているものと思います。

 なお、弊職らが作成した新法の日本語仮訳が、JETROのウェブサイト[1]で公開されていますので、ご参照下さい。

 

1 変更内容の概要

 

論点 現行法 新法

労働者の賃金の使用に対する使用者による干渉の禁止

規定なし

  1. 使用者の以下の行為は禁止される。
  2. - 労働者の賃金の使用にかかる自己決定権に対する制限・干渉
  3. - 使用者が指定する一定の商品の購入・サービスの使用に賃金を使用することの強制

(第94条2項)

賃金明細の通知

規定なし

賃金の支払いの都度、賃金明細を通知しなければならない

(第95条3項)

賃金の支払の形式

  1. - 使用者が決定
  2. - 口座振込の場合、口座開設等にかかる費用負担については労使で合意

(第94条)

  1. - 使用者及び労働者の合意による
  2. - 口座振込の場合、使用者は、口座開設・賃金の振り込みに関連する各種の費用を支払わなければならない

(第96条)

賃金支払いの遅滞

  1. - 期限通りに賃金の支払いができない特別な場合:
  2. ・ 1か月を超えてはならない。
  3. ・ 遅延利息:遅延期間に対して、少なくとも支払時点における中央銀行の金利相当額

(第96条)

  1. - 不可抗力により、使用者が回復措置を模索したが賃金の支払期限を遵守することができない場合:
  2. ・ 30日を超えて遅滞してはならない。
  3. ・ 遅延利息:15日以上遅滞した場合、少なくとも、賃金支払時点における口座開設銀行の1か月の定期預金金利

(第97条4項)

 

2 労働者の賃金の使用に対する使用者による干渉の禁止

 新法では、新たに、賃金の使用に関する労働者の自己決定権を明確に規定しました。これにより、使用者が労働者の賃金の用途に制限・干渉することは厳に禁止されます。その一例として、使用者は、労働者に対し、賃金を、使用者自身の商品の購入やサービスの使用、又は使用者が指定するその他の商品の購入又はサービスの使用のために消費することを強制することが禁止されます。

 例えば、毎月一定の自社製品を購入することを強制したうえで、その対価を賃金から天引きするようなことは当然禁止されることになります。「強制すること」が禁止されているのみですので、自社又は自社グループの商品を購入する場合に優先権や割引を与えるなどのインセンティブを付与することは問題ないと理解されます。

 

3 賃金明細の通知及び賃金の支払の形式

 新法では、使用者は、賃金の支払の都度、労働者に対し、賃金額、時間外労働手当、深夜労働手当、賃金から控除される金員がある場合にはその内容と金額を明記した賃金明細を通知しなければならないことが新たに規定されました。現在でも、実務上、こうした賃金明細を労働者に交付している企業が多いと思いますが、従来は、法令上の義務ではありませんでした。新法において賃金明細の通知が義務化され、その内容も明確化されましたので、従前明細書を発行していなかった企業はもちろん、発行していた企業でも、その内容を再度見直していただいたほうがよいかと思います。

 また、賃金は、新法も現行法と同じく現金または口座振込によることができるとされています。ただし、口座振込の場合、現行法では口座開設にかかる各種手数料について、使用者が労働者と合意することができるとされています(振込手数料については規定がありません。)。そのため、これらの費用については労働者の負担としている企業もあるのではないかと思います。新法では、口座開設にかかる手数料と振込手数料はいずれも使用者負担とすることが明記されました。現在、振込手数料等を労働者負担としている企業は、新法施行後(2021年1月日以降)は、使用者負担とする必要がありますのでご留意ください。

 

4 賃金の支払の遅滞

 新法でも、現行法と同じく、限定的な場合に賃金の支払が遅滞することを前提とした規定が置かれています。支払の遅滞に関するポイントは次の点です。

 まず、原則として賃金の支払を遅滞することは違法であり、行政罰の対象となり得、労働者に対しては民法に即して遅滞した期間について遅延損害金の支払義務が生じます。ただし、労働法は、一定の場合に、これらの例外を認める規定を置いています。これが、現行法第96条と新法第97条4項の規定です。同条が定める要件に該当する場合に限り、行政罰が免除されるとともに、一定期間に限り、遅延損害金の支払義務が免除されます。

 現行法と新法とは、どのような場合に遅滞が認められるか、また、遅滞した場合の遅延損害金がかかる期間について差異があるように見受けられますが、実は、新法の規定は、現行法下ではいずれも政令で規定されていた(政令第05/2015/NĐ-CP号24条)ものですので、実質的な変更ではありません。つまり、①不可抗力によって支払が遅滞しており、かつ、使用者が遅滞を避けるための措置を模索したにも関わらず遅滞が避けられないことが要件であり、②遅滞が15日間を超えた場合は一定の遅延損害金の支払義務が生じる(裏を返すと、1の場合については当初15日間については遅延損害金が生じない)、③1の要件を満たす場合であっても、遅滞が30日を超えることは認められず、この場合はやはり行政罰等の対象となるということになります。新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う近時の状況では、この条文の適用を検討する余地がある場合もあるかもしれません。

 遅延損害金の金額については、若干の変更があります。現行法では「国家銀行が公表した金利」相当額としており、政令第05/2015/NĐ-CP号24条で、国家銀行が定期預金金利を公表していない場合は、企業が支払口座を有する銀行の1か月定期預金金利とされていました。新法では、国家銀行の金利についての規定は削除され、一律に企業が支払口座を有する銀行の定期預金金利とすることとされました。

 


[1] https://www.jetro.go.jp/world/asia/vn/business/
   中段「労務」の項に、日本語訳のみの版と日越併記版があります。

 

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