ベトナム:労働監査制度(2)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 井 上 皓 子
3 監査の形式
監査には、計画監査、専門監査、抜き打ち監査の3種類がある(監査法第37条。なお、監査法は、労働監査に限らず当局によるあらゆる監査を対象としている。)。
- ① 計画監査:年間計画に従って実施される監査である。毎年11月25日までに翌年の省レベルの年間労働監査計画が承認され、各地方のDOLISAは、これを受けて、12月15日までに管轄地域の主要な監査業務と共に、翌年の監査対象企業一覧も含む年間監査計画を作成する(政令110号第21条第1項、第2項)。年間監査計画はウェブサイトで公開されている。選定される企業の基準等は公表されていないが、政府全体としての問題意識が反映された計画になるとされているため、その時に問題となっている社会の状況を反映したものになるようである。なお、2017年の首相指令により、一つの企業に対して1年に複数回の監査は避けるべきとされているが、税務監査のように、どの企業も例えば5年に1度の割合で定期的に監査が回ってくるといった規定はない。また、2022年のMOLISA発行のオフィシャルレターにより、MOLISAは、新型コロナウイルス感染症影響下での企業の経営活動の回復を促進するため、企業に対する監査を最小限に抑え、建設や採掘等の労災のリスクが高い企業での監査のみを行うよう各地方のDOLISAに指示したとされている。
- ② 専門監査:労働安全衛生、社会保険、職業訓練等の一定の専門分野について行われる監査で、この主体は、上記のMOLISA・DOLISAの監査機関等そのものではなく、それらの長の決定に基づいて特別に設立された監査団等になる。なお、特にこの専門監査については、事件が長期化することにより、労働者の権利に影響を与えたり、従業員の生命を危険にさらしたりする可能性がある場合、必要に応じて警察署や地方の関連機関と協力し、夜間・営業時間外に監査を行うこともできるとされている(政令110号第22条第3項、夜間・営業時間外の労働・労働安全衛生の継続的監査の実施における協力メカニズムに関する通達第20/2018/TT-BLĐTBXH号)。
- ③ 抜き打ち監査:当局が法律違反の兆候を発見した場合、労働者等からの陳情・告発を受領してそれを解決しようとする場合、又は管轄当局の長の指示があった場合に実施される。指令20号によると、法律違反の兆候があったことを理由に抜き打ち監査を行うためには、違反の「明らかな兆候がある」ことが必要であり、監査報告書において、違反の性質と重大性を明確に記載する必要がある。監査を行う当局担当者が、監査決定書に記載される範囲を超えて監査を行うことは禁止されている。
4 監査の手続き
監査機関は、監査を行う前に、監査対象を決定するための情報収集等を行う。監査対象が決定した場合、監査決定書を発行し、原則として対象企業に事前に通知が行われる。ただし、事前通知により監査に影響を与えるおそれがある場合や、労働者の権利等を保護するために当局が直ちに介入する必要がある場合などは、管轄当局の長が同意により、事前通知なく監査が行われることもある。
実際の監査は、監査団・監査員が対象企業の担当者からの聞き取り、情報や関連部署等の収集・分析・調査という形で行われる。特に専門監査の場合は、事業所や工場等の現場に立ち入って行うことが原則とされている。これらは、税務監査をイメージしていただければ大きく異なることはないと思われる。
監査終了後、監査機関が監査報告書を作成し、通知される。監査報告書の結論に基づき、是正勧告や罰金等の行政処分が行われることがある。
監査報告書はドラフトの段階で対象企業に示され、弁明を聞く機会が設けられることもあるが、法令上の義務ではないため、いきなり監査報告書が届き、処分に至るというケースもあるようである。
以 上
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(いのうえ・あきこ)
2008年東京大学法学部卒業。2010年東京大学法科大学院修了。2011年弁護士登録(第一東京弁護士会)。2018年より、長島・大野・常松法律事務所ハノイ・オフィス勤務。
日本企業によるベトナムへの事業進出、人事労務等、現地における企業活動に関する法務サポートを行っている。
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