◇SH3314◇最一小判 令和2年3月30日 賃金請求事件(深山卓也裁判長)

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 歩合給の計算に当たり売上高等の一定割合に相当する金額から残業手当等に相当する金額を控除する旨の定めがある賃金規則に基づいてされた残業手当等の支払により労働基準法37条の定める割増賃金が支払われたとはいえないとされた事例

 歩合給の計算に当たり売上高等の一定割合に相当する金額から残業手当等に相当する金額を控除する旨の定めがある賃金規則に基づいてされた残業手当等の支払につき、時間外労働等に伴い発生する残業手当等の額がそのまま歩合給の減額につながり、歩合給が0円となることもあるなど判示の事情の下では、これにより労働基準法37条の定める割増賃金が支払われたとはいえない。

 労働基準法37条

 平成30年(受)第908号 最高裁令和2年3月30日第一小法廷判決 賃金請求事件 破棄差戻し

 原審(第2次控訴審):平成29年(ネ)第1026号 東京高裁平成30年2月15日判決
 第1次上告審:平成27 年(受)第1998号 最高裁平成29年2月29日第三小法廷判決
 第1次控訴審:平成27年(ネ)第1166号 東京高裁平成27年7月16日判決
 第1審:平成24年(ワ)第14472号 東京地裁平成27年1月28日判決

1 事案の概要

 (1) 本件は、Y社(被上告人)に雇用され、タクシー乗務員として勤務していたXら(上告人ら)が、歩合給の計算に当たり売上高(揚高)等の一定割合に相当する金額から残業手当等に相当する金額を控除する旨を定めるYの賃金規則上の定めが無効であり、Yは、控除された残業手当等に相当する金額の賃金の支払義務を負うなどと主張して、Yに対し、未払賃金等の支払を求める事案である。

 (2) Yの就業規則の一部であるタクシー乗務員賃金規則(以下「本件賃金規則」という。)の定めの内容については、本判決中の原審が確定した事実関係等で示されているとおりであるが、本件で特に問題となっているのは、歩合給の算定方法である。すなわち、タクシー乗務員の賃金は、基本給、服務手当、歩合給(1)、歩合給(2)、割増金(深夜手当、残業手当及び公出手当の総称)、交通費等から成るとされているが、このうち歩合給(1)の額は、以下の式のとおり、揚高を基に算出される「対象額A」から割増金及び交通費相当額を差し引いた額とされている(この定めを以下「本件規定」という。)。

  歩合給(1)=対象額A-(割増金+交通費)

 これによれば、タクシー乗務員が時間外労働等をすると、割増金が発生する一方で、これに応じて歩合給(1)の額が減る(両者の合計額は、原則として対象額Aから交通費相当額を差し引いた額と一致し、これは揚高のみに連動する。)こととなって、揚高が同じである場合には、時間外労働等の有無やその時間数の多寡にかかわらず、原則として総賃金の額は同じとなる。

 Xらは、このような仕組みは、時間外労働等について使用者に割増賃金の支払を義務付けた労働基準法(以下「労基法」という。)37条の趣旨に反するなどと主張している。

2 原審(第2次第2審)までの経緯

 (1) 第1審(労働判例1114号35頁)及び第1次第2審(同1132号82頁)は、本件規定のうち、歩合給(1)の計算に当たり対象額Aから割増金に相当する額を控除する部分は、労基法37条の趣旨に反し、ひいては公序良俗に反するものとして無効であり、対象額Aから割増金に相当する額を控除することなく歩合給(1)を計算すべきであるとして、Xらの未払賃金を一部認容すべきものとした。

 (2) Yが上告及び上告受理申立てをしたところ、第1次上告審(最三小判平成29・2・29集民255号1頁、判タ1436号85頁)は、労働契約において売上高等の一定割合に相当する金額から労基法37条に定める割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする旨が定められていた場合に、当該定めに基づく割増賃金の支払が同条の定める割増賃金の支払といえるか否かは問題となり得るものの、当該定めが当然に同条の趣旨に反するものとして公序良俗に反し、無効であると解することはできないとした上、本件賃金規則における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができるか否か(いわゆる判別要件)等について審理判断することなく上告人らの請求を一部認容すべきとした第1次第2審の判断には、割増賃金に関する法令の解釈適用を誤った結果、上記の点について審理を尽くさなかった違法があるとして、第1次第2審判決中Y敗訴部分を破棄し、同部分につき、本件を原審に差し戻した。

 (3) 第2次第2審である原審(労働判例1173号34頁)は、本件規定が無効とはいえないとするとともに、判別要件に関し、本件賃金規則が定める賃金のうち基本給、服務手当、歩合給(1)及び歩合給(2)が通常の労働時間の賃金に当たる部分となり、割増金が労基法37条の割増賃金に当たる部分に該当することになり、両者が明確に区分されているとした上、Xらに支払われた割増金の額は、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として労基法37条並びに政令及び厚生労働省令(以下、これらの規定を併せて「労基法37条等」という。)に定められた方法により算定した割増賃金の金額を下回らないから、Xらに支払われるべき未払賃金はないとして、Xらの請求をいずれも棄却すべきものとした。

3 本判決の概要

 第一小法廷は、本件賃金規則の下では、時間外労働等に伴い発生する割増金の額がそのまま歩合給(1)の減額につながり、歩合給が0円となることもある点を指摘し、このような仕組みは、その実質において、出来高払制の下で元来は歩合給(1)として支払うことが予定されている賃金を、時間外労働等がある場合には、その一部につき名目のみを割増金に置き換えて支払うこととするものというべきであるとし、本件賃金規則における賃金の定めにつき、判別要件を満たしているということはできないから、割増金の支払により労基法37条の定める割増賃金が支払われたとはいえないとして、原判決を破棄し、本件を再度原審に差し戻した。

4 説明

 (1) 本件では、時間外・休日・深夜労働がされた場合には残業手当等(割増金)が支払われるが、それに応じて歩合給の額が減る結果、揚高が同じであれば時間外労働等の有無や多寡にかかわらず原則として総賃金は変わらないという本件賃金規則の定める仕組みについて、時間外労働等に対する割増賃金の支払を使用者に義務付けた労基法37条との関係が問われている。Yのほか、その属するグループ傘下の各社でも上記と同様の仕組みが採られており、各社に属するタクシー乗務員により少なくとも6件の関連事件が提起されているところ、本件はこのうち最初に提起された事件である。

 この仕組みの是非をめぐっては、当初は主として本件規定の効力という観点から争われ、第1審及び第1次第2審は本件規定が公序良俗に反し無効であると判断して注目を集めたが、第1次上告審はこの判断を否定した上、本件賃金規則における賃金の定めにつき判別要件の充足等の観点から改めて検討すべきことを示唆して、本件を原審に差し戻した。

 第1次上告審判決の読み方については種々の議論があったが、同判決後に言い渡された各事件の第1審又は第2審(本件の原審(第2次第2審)を含む。)における判決は、いずれも、判別要件に関しては比較的簡潔な説示により、基本給、歩合給(1)等が通常の労働時間の賃金に、割増金が労基法37条の定める割増賃金にそれぞれ当たり、同要件を満たすものと判断していた。

 (2) そのような中で、本判決は、まず、労基法37条の定める割増賃金に関する従前の最高裁判例において示されてきた考え方を確認している。すなわち、労基法37条の趣旨は、使用者に割増賃金を支払わせることによる時間外労働等の抑制と労働者への補償にあるところ(最一小判昭和47・4・6民集26巻3号397頁〔静岡県教委事件〕等)、割増賃金の算定方法は労基法37条等において定められているが、これと異なる算定方法を採用すること自体は許容される(本件の第1次上告審判決、最二小判平成29・7・7集民256号31頁〔庚心会事件〕等)。もっとも、その場合においては、労働契約における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労基法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができること(判別要件)が必要であり(最二小判平成6・6・13集民172号673頁〔高知県観光事件〕、最一小判平成24・3・8集民240号121頁〔テックジャパン事件〕等)、さらに、使用者が特定の手当の支払により割増賃金を支払ったと主張している場合において、上記の判別をすることができるというためには、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていること(いわゆる対価性)を要する(最一小判平成30・7・19集民259号77頁〔日本ケミカル事件〕)。

 その上で、本判決は、対価性の有無に関し、当該労働契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべきであるとの日本ケミカル事件最判の説示を前提に、その判断に際しては、当該手当の名称や算定方法だけでなく、労基法37条の趣旨を踏まえ、当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討すべきことを、新たな視点として示している。本件賃金規則における残業手当等(割増金)は、その名称や算定方法をみれば、時間外労働等に対する対価として支払われるものであるとみることができそうであり、本件の原判決や関連事件の各下級審判決も対価性の点はさほど問題にしていないように見受けられるが、本判決は、そのような形式的な面だけでなく、賃金体系全体における位置付けといった実質的な観点からも検討する必要があることを指摘したものと解される。なお、第1次上告審判決の説示には、本件規定のような定めにつき、「当該定めに基づく割増賃金の支払が同条の定める割増賃金の支払といえるか否かは問題となり得る」とする部分があり、これは、対価性について慎重に検討すべきことを示唆していたものとみることもできるであろう。

 (3) そして、本判決は、本件賃金規則の下では、時間外労働等に伴い発生する割増金の額がそのまま歩合給(1)の減額につながり、歩合給が0円となることもあることに着目し、Yの主張するように割増金が時間外労働等に対する対価として支払われるものであるとすれば、労基法37条の趣旨や同条の定める割増賃金の本質に反する帰結となることを指摘して、本件賃金規則の定める仕組みは、その実質において、「出来高払制の下で元来は歩合給(1)として支払うことが予定されている賃金を、時間外労働等がある場合には、その一部につき名目のみを割増金に置き換えて支払うこととするもの」であるとした。そうすると、割増金の一部に対価性が認められるとしても、対価性が否定される部分も含んでいることとなり、割増金のうち対価性がある部分を特定することもできないから、結果として、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することはできないこととなる。

 本判決は、以上のような筋道を経て、割増金の支払により労基法37条の定める割増賃金が支払われたということはできないとしたものと考えられる。なお、第一小法廷は、関連事件のうち本件と同時期に上告審に係属した2件についても、本判決と同日に、同様の説示をして原判決を破棄し、事件を原審に差し戻した。

 (4) 本判決は、飽くまでも本件賃金規則の定める仕組みの下における事例判断にすぎないが、タクシー業界やトラック業界等においては、本件賃金規則と同様あるいは類似の仕組みにより、時間外労働等がされても総賃金が増えない賃金制度が採られていることも少なくないようであり、そのような事例における判別要件あるいは対価性の判断に当たっては、本判決の示した視点が参考になるであろう。また、本判決は、労基法37条の定める割増賃金に関する累次の最高裁判例を整理して、それぞれの法理の位置付けを明らかにした点でも、理論上及び実務上の意義を有するものである。

 

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