◇SH3235◇中国:海外で設立されたJVが中国独禁法未届出により処罰された事例 鹿 はせる(2020/07/14)

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中国:海外で設立されたJVが中国独禁法未届出により処罰された事例

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 鹿   はせる

1.中国独禁法の合弁企業設立の企業結合届出


 中国独禁法における企業結合[1]の届出の要否は、結合に参加する事業者の全世界売上と中国国内売上を基準として決定される。①企業結合を行う全事業者の、直近年度における全世界の売上高の合計が100億人民元を超え、かつ、そのうち2以上の事業者の直近年度における中国国内での売上高がそれぞれ4億人民元を超える場合、又は、②企業結合を行う全事業者の、直近年度における中国国内での売上高の合計が20億人民元を超え、かつ、そのうち2以上の事業者の直近年度における中国国内での売上高がそれぞれ4億人民元を超える場合には、届出が必要とされる(事業者集中届出基準に関する国務院令3条1項及び2項)

 この届出について、見落とされがちなのが合弁企業(JV)の設立である。合弁企業の設立は、中国独禁法における企業結合(事業者集中)にあたり、上記の基準に照らせば、例えば日本企業3社が日本で設立する合弁企業についても、そのうち2社が中国国内売上高を有している場合には、中国での企業結合届出が必要となる可能性がある。しかし、当該合弁企業が中国での活動を全く予定していないような場合には、当事会社が中国における届出が必要と認識しないことが多く[2]、仮に認識していたとしても中国の企業結合審査に時間がかかるといった理由で、届出を躊躇することが実務上よく見られる[3]

 これに関して、中国では近年、届出義務があるにもかかわらず届出がなされなかった企業結合を摘発し、当事会社を処罰するケースが増加しているが、合弁企業の設立について処罰を受けたケースは、公表されているものを見る限りいずれも中国国内における合弁会社の設立についてのものであった[4]。中国国外で合弁企業が設立される場合、そもそも中国独禁当局(市場管理監督総局、以下「SAMR」という)にとって捕捉することが困難であるし、基本的には中国国内市場に影響を及ぼすことも少ないと考えられるため、あまり摘発・処罰の対象とされてこなかったものと考えられる。中国独禁法の専門家においても、海外における合弁企業設立について届出義務違反で実際にSAMRから摘発・処罰を受けるリスクは比較的低いとの認識はある程度共有されていたように思われる。

 

2.2020年7月6日公表の処罰事例

 しかし、この点におけるSAMRの実務運用は変わった可能性がある。今年7月6日に公表された処罰事例において、台湾企業及びトルコ企業がオランダで合弁企業を設立した事例について、中国で企業結合届出をしなかったことを理由に、両当事者にそれぞれ30万人民元(約450万円)の罰金が科されたことが明らかになったためである。

 公表された行政処罰決定書によれば、当該台湾企業及びトルコ企業は、2018年11月にオランダで合弁企業を設立したところ、合弁当事者が中国独禁法の上記届出基準のうち全世界売上高及び中国国内売上高の両方を満たしていたにもかかわらず、合弁企業の設立に関して中国で企業結合届出を行わなかった、として処罰が行われた。また、SAMRは2019年8月から当該違反についての調査を開始し、その結果、当該合弁企業の設立に競争制限効果はないと認められるが、届出義務を行ったことを理由に処罰を行った、と記載されている。なお、SAMRは処罰に先立って台湾企業及びトルコ企業に処罰内容を告知し、弁解権を与えたが、両者はいずれも期限内に反論、弁解等を提出しなかった、とのことである。なお、当該合弁企業が中国で企業活動を行っていたかどうかについては、行政処罰決定書内では言及されていない[5]

 公表されている事例を見る限り、本件は、中国国外における合弁企業の設立について未届出を理由に処罰された初めての事例ではないかと思われる。

 

3.今後の実務に与える示唆

 中国は広大な市場を有しており、グローバル展開において中国と何らかの関わりをもたざるを得ないことが多く、日本企業を含む海外企業において一定規模の中国国内売上高を有する企業は少なくない。さらに、中国独禁法における届出基準とされる閾値も相対的に低いことから、海外企業の中国国外での企業結合について、(当該届出基準に基づいて)中国で届出が必要となることは頻繁に起こりうる。本件の処罰事例は、①海外における合弁企業の設立であるという点と、②合弁当事者がいずれも中国大陸企業ではなかったという点の両方において、従来の通常処罰の対象となってきた範囲が広がったものといえ[6]、今後日本企業が中国で企業結合届出を行うか否かのリスク判断にも影響しうるものであり、実務に与えるインパクトは大きい。

 

 また、今回の処罰では罰金が30万人民元とされているが、現行の中国独禁法では届出義務違反の罰金の上限は50万人民元(約750万円)と定められており、金額的なインパクトはそれほど大きくない[7]。しかし、中国独禁法は近く改正が予定されており、今年1月に公表された改正案では、罰金の上限が違反者の「前年度の売上額の10分の1」へと大幅に上げられることになっていた(改正案55条)。本件についても、公表内容に基づけば、上記独禁法改正の施行後であったならば罰金額は約20億人民元(約300億円)にのぼった可能性もある。このように、上記法改正後においては罰金による直接の金額的インパクトも非常に大きくなりうる。

 

 そして、本件で気になるのは、台湾企業とトルコ企業によるオランダでの合弁企業設立が、どのようにしてSAMRに捕捉されるに至ったのかである。本件処罰決定書によれば、同社の合弁契約が締結されたのが2018年10月末、設立登記が同年11月末とされているところ、SAMRの調査が開始されたのは2019年8月と記載されているため、設立から調査開始まで一定の期間が空いているようであるが、どういったきっかけでSAMRが調査の端緒を掴んだかは明らかではない。本件合弁の当事会社がいずれも大型企業であり、合弁企業の設立について報道されていたこともきっかけとして考えられるところである。また、本件ではどうであったか明らかではないが、一般論として、SAMRは他国、とりわけEU等類似の競争法制を有する法域における企業結合の公表事例をチェックしており、そういった地域で届出が行われ公表されている場合、それが端緒となる可能性もある。さらに、中国で企業結合届出を行う場合、当事会社は届出書に過去3年に届出関連市場で行ったM&A取引を記載する必要があり、そこで記載されたM&A取引について企業結合届出が行われたか、確認を受けることもある。



[1] (i)合併、(ii)株式又は資産の取得による他の事業者の支配権の取得、(iii)契約等による他の事業者の支配権の取得、又は他の事業者に対して決定的な影響を与え得るようになることを意味する(中国独禁法20条)。

[2] 社内で合弁企業を設立する事業部門と、中国国内売上高を有している事業部門が異なる場合など。

[3] 中国の企業結合届出は通常審査であれば原則として2次審査までいくため半年程度かかることも珍しくない。2014年から施行されている簡易審査制度では、「中国国外で設立した合弁企業であり、中国国内で経済活動に従事しない場合」を含む一定の企業結合は簡易審査の対象とされ(事業者集中簡易案件適用基準暫定規定2条、簡易審査届出指導意見2条)、原則として審査は第1段階の30日だけで完了することとなったが、正式審査が始まるまでの事前審査期間は依然1-2ヶ月かかるため、簡易審査でも届出からクリアランス取得まで2-3ヶ月はかかる。また、届出に必要とされる情報も多岐にわたるため、届出準備にも手間暇がかかる。

[4] 日系企業も過去に中国企業との現地合弁企業設立に際して、届出基準を満たすにもかかわらず届出を行わなかったことが届出義務違反であるとして、罰金を科されたことがある。

[5] 本件に関連する報道を見る限り、当該合弁企業は中東及び欧州を活動範囲とすることが予定されていたようであり、中国国内での活動は予定されていなかったように見受けられる。

[6] 但し、本件の一方の当事者が台湾企業である点はやや特殊である。

[7] 当事会社が反論・弁解を提出しなかった理由の一つはこのためと考えられる。

 

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