◇SH3289◇コンパクトM&Aを手がかりに 渡辺直樹(2020/09/01)

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コンパクトM&Aを手がかりに

ゾンデルホフ&アインゼル法律特許事務所

弁護士 渡 辺 直 樹

 

1. はじめに~コンパクトM&A

 筆者が最近注力して取り組んでいる業務に、コンパクトM&Aを企業が内製化するための支援がある。「コンパクトM&A」の語に、確たる定義があるわけではないが、一般的なM&Aの案件(ここではさしあたり、ノーマルディールと呼ぶ。)よりも、案件規模が一回り小さいM&A案件を、コンパクトM&Aと称している。中小企業庁は2020年3月に「中小M&Aガイドライン」を公表した[1]。そこでは「中小M&A」とは、後継者不在の中小企業(以下「譲り渡し側」という。)の事業を、 M&A の手法により、社外の第三者である後継者(以下「譲り受け側」といい、本ガイドラインでは譲り受け側の候補者も含むことがある。)が引き継ぐ場合をいう、としている。案件規模が小さいという面に着目している点では、コンパクトM&Aと共通である。また、取引金額が十分に少額であることと、対象会社が十分に小規模であることの二点を有するものを、「スモールM&A」と呼ぶ論者もある[2]。筆者がこれらの用語によらずに、あえて「コンパクトM&A」という語を用いているのは、中小M&Aガイドラインは、その前身が事業承継ガイドラインであることにも起因してであろうか、事業承継に焦点が置かれており、その担い手としての中小企業や、アドバイザーなどの関係者を名宛人としているように見受けられるのに対し、筆者は、一般的なM&Aの経験ある日本企業が案件規模の小さいM&A案件の適切な推進方策を考えるうえでは、コンパクトという語が内包する「ひととおり要素を揃えているが規模は小さい」という面を意識することが有効と考えているためである。

 

2. コンパクトM&Aはなぜ難しいのか ~ ⑴ 対処すべき論点と予算的制約

 コンパクトM&Aを経験された日本企業の方々からは、案件遂行の難しさについて共感を示されることが少なくない。買い手としてM&Aに取り組む場合、案件規模が小さいということは、買収価格が少額であることを意味するので、案件遂行のため付随する予算も、それに応じて少額に設定されることが多い。しかしながら、買収(ここでは株式譲渡を想定する)の対象となる企業は、小規模とはいえ、言わば骨格のみで成り立っていたわけではなく、末端まで神経や血流が通い、コンパクトに機能が詰まっている一個の事業体である。そこで、案件を実行するために対処すべき論点の種類はノーマルディールにおけるものと変わらず、同内容のデューディリジェンス(以下「DD」)のチェックリストを用意してDDを実施し、その結果認識されたイシューリストをつぶしていくという作業が求められている。しかしながら、案件規模が小さいが故の予算的制約から、ノーマルディールと同じように(弁護士やファイナンシャルアドバイザー等の)外部アドバイザーを起用して、様々なアドバイスをもらうということはできず、いわば必然的に、ノーマルディールでは外部アドバイザーに委託していた作業をできるだけ内製化できないかという欲求と悩みが生じることになる。

 

3. コンパクトM&Aはなぜ難しいのか ~ ⑵ 登場人物の属性

 コンパクトM&Aの難しさは、対処すべき論点がノーマルディールと同様に存在し得るということに加えて、案件に参加する登場人物の属性がノーマルディールとは異なることにも起因する。

 ノーマルディールの経験のある企業どうしがコンパクトM&Aの取引を行うときは、案件の進め方はノーマルディールと同様で、意向表明書(LOIやMOU)の締結、DDの実行、買収契約書の締結、クロージングという手順に異論が差し挟まれることは稀であり、この点においてコンパクトM&Aが難しいという印象を与えることは少ない。しかし、コンパクトM&Aの登場人物は、ノーマルディールの経験がある企業ばかりとは限らない。例えば事業承継のためにM&Aを行おうとするオーナー企業の経営者にとっては、最初で最後のM&A案件であることもあり、M&Aの手続の流れや、局面に応じたコミットメントの強弱度への理解について買い手側と理解の齟齬が生じたり、事業を高値で売却することや従業員の雇用確保を優先するあまり、DDを含め買い手の側のリスクコントロールの必要性への配慮が(買い手からみて)不十分にみえる状態で、案件の成立を急ごうとする向きもある。また、データルームの設営や買い手からの質問への対応など、DDに付随する作業の経験がないために、作業効率性やスピード感について買い手との意識の乖離が著しいこともある。このような事情から、取引の成立という同じ目標に向かって作業を進められるか、案件の終了まで苦楽を共にして作業をするにふさわしい相手なのかについて疑念が高まり、最悪の事態として、案件の断念に至る例も少なくない。

 このように、コンパクトM&Aの買い手となる企業は、登場人物の属性を意識して取り組まなければ、わずかなボタンの掛け違いから破談に至る可能性も想定しなければならない。では、外部アドバイザーに委託していた作業を内製化できないかという欲求と悩みを指摘したが、内製化したい作業には、このような登場人物の属性をも考慮した案件遂行という側面が加わることになる。

 

4. 内製化のための工夫

 可及的内製化のための企業の工夫として、筆者は、さしあたり二つの面の手当てが必要であると考えている。一点目は、企業内でのM&A案件への経験のある外部アドバイザーによる、社内M&A人材(特に法務人材)の養成である。人材の育成や養成は企業の経営課題としては、目新しいものではないが、コンパクトM&Aの成功確度を高めるには、M&Aの経験が乏しい社内の人材を、相手方の担当者、アドバイザー及び自社が起用した外部アドバイザーの対面に立ち、DDの実施、DD結果の指摘事項の手当て、契約書の確認と交渉、クロージング、PMI(買収後統合作業)のファシリテートがこなせる人材へと養成することが急務である。ノーマルディールの経験のある企業には、これまでにノーマルディールを経験し、ひととおりの処理ができる第一線の人材が法務部内にいるかもしれない。しかしながら、その者にコンパクトM&Aを担当させるのは、適材適所とはいいがたく、その者にはむしろ、案件の規模が大きく、当該企業の成長にとって影響度の高い他の案件を担当させるべきであろう。それよりはM&A経験の乏しい者に、当該コンパクトM&A案件を実行してもらいながら、その経験を通じてM&Aの技術を身に着けてもらい、次にはノーマルディールを担当することができるようにさせたいだろう。これは、効率的な人材の育成といえるし、コンパクトM&Aの内製化のための大きな手がかりにもなるだろう。かといって、案件の実行を超える指導教育面をすべて社内リソースで行わねばならないとすると、結局は、上述の第一線の人材に負荷がかかることになり、本来あてるべき社内リソースを超えてしまうことにもなる。コンパクトM&Aの可及的内製化を実現するためには、具体的な案件推進を支援しながら、同時に、企業におけるM&Aの経験から企業の人材養成の面についても目配りの利く、レッスンプロ的な面を持つ外部アドバイザーの指導が有効である。

 内製化のための工夫の二点目は、買収時に検討するリスクのコントロール手法である。前述のように、コンパクトM&Aであれ、ノーマルディールであれ、ディールの実行に必要となる論点への取組み方は変わらず、同様にDDチェックリストを用意し、DDを実施し、その結果認識されたイシューリストをつぶしていくということになりそうである。しかしながら、案件規模・買収価格が小さいということは、ノーマルディールに比してエクスポージャーの額が小さいということでもあるから、その特性に応じて定量化できるリスクについて受容れ可能という判断をしたり、DDの手法を簡素化することができるはずである。これらの判断は、場当たり的にその都度するのではなく、コンパクトM&Aにおける一定の判断枠組み・指標を社内で定め、そうした判断枠組み・指標に従って判断するという仕組みを定め、それによってリスクのコントロールをすることが、コンパクトM&Aの成功確度を高めるために有効ではないかと思料する。このような判断枠組み・指標がなければ、定量化しえないリスクへの対応はよしとしても、定量化しうるリスクへの対応は、ともすればノーマルディールにおけるのと同じメッシュでリスクを測定して受容れの判定をすることになりかねず、それではリスクの過大評価(対効果比)やマイクロマネジメントにもつながりかねず、コンパクトM&Aにおける成功はおぼつかない。

 

5. おわりに ~ コンパクトM&Aを手がかりに

 中期経営計画等において、積極的なM&Aが経営課題の達成手段であると謳う日本企業は少なくない。財務面への影響は小さいものの、コンパクトM&Aは、これら企業にとって、オーガニックに成長を実現してきた分野や、ノーマルディール等他の買収で得た事業等において、有機的なシナジーや効率性を高めるための手段獲得の手がかりでもある。シナジーや効率性の獲得は、とりわけPMI(買収後統合)の成功にかかっているが、PMIの成功確度を高めるには、全社的な経営戦略を理解しつつ、PMIを見据えたM&A案件の実行ができるM&Aリテラシーの高い人材集団を、社内に持つことが肝要である。今日では、企業内でM&A案件への対応の経験のある外部アドバイザーの役割は、M&Aの手法をコンパクトM&A案件を通じて、伴走をしながら社内対応の要諦も含めて支援するという人材養成や、当該案件の支援にとどまらず、時には執行部門と企業の買収戦略の意見交換をするなどして、買収戦略、そしてそれに従い企図される大小織り交ぜた一連の買収の中での案件の位置づけを理解しながら、達成度を検証することへと深化しつつある。

以上

 


[2] 久禮義継『スモールM&Aの教科書』(中央経済社、2019)2頁

 

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