◇SH3304◇最三小判 令和2年3月24日 損害賠償請求事件(宇賀克也裁判長)

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 家屋の評価の誤りに基づき固定資産税等の税額が過大に決定されたことによる損害賠償請求権に係る民法724条後段所定の除斥期間の起算点

 家屋の評価の誤りに基づきある年度の固定資産税及び都市計画税の税額が過大に決定されたことによる損害賠償請求権に係る民法724条後段所定の除斥期間は、当該年度の固定資産税等に係る賦課決定がされ所有者に納税通知書が交付された時から進行する。

 国家賠償法1条1項、民法724条

 平成30年(受)第388号 最高裁令和2年3月24日第三小法廷判決 損害賠償請求事件 一部破棄差戻し、一部上告却下

 原 審:平成28年(ネ)第5436号 東京高裁平成29年12月5日判決
 第1審:平成25年(ワ)第4588号 東京地裁平成28年11月10日判決

1 事案の概要等

 Xは、昭和57年9月、地下2階付き14階建ての建物(以下「本件家屋」という。)を新築し、以後所有している。本件家屋の固定資産評価は、固定資産評価基準等の定めに従い、建築当初の昭和58年に算出された再建築費評点数を基礎として以後の各基準年度の再建築費評点数を順次算出する方法により行われ、このようにして決定された価格に基づき、各年度の固定資産税及び都市計画税(以下「固定資産税等」という。)の賦課徴収がされてきた。本件は、Xが、建築当初における再建築費評点数の算出等に誤りがあり、これを基礎として順次算出されたその後の各基準年度の再建築費評点数にも誤りが生ずるなどしたため、本件家屋につき過大な固定資産税等の賦課決定がされ、これを納付したことにより損害が生じたなどと主張して、Yに対し、国家賠償法1条1項に基づき、平成4年度から平成20年度までの各年度における固定資産税等の過納金相当額等の損害賠償を求める事案である。

 本件家屋の評価をめぐっては、本件に先立ち、平成21年度の登録価格についての審査の申出を棄却した審査決定の取消訴訟が提起され、これについては、建築当初の評価に誤りがあることにより同年度の登録価格は過大なものとなっているとしてXの請求を一部認容する旨の判決が確定している。本件の一審判決及び原判決は、いずれも、前記の確定判決と同様、建築当初の評価に誤りがあったとし、さらに、これについて公務員の過失も認められるとした。

 もっとも、これに係る損害賠償請求権については、国家賠償法4条、民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)724条後段により、「不法行為の時」から20年で消滅することとなる(最一小判平成元・12・21民集43巻12号2209頁は、その性質を除斥期間であるとする。)ところ、本件における起算点はいつであるかが問題となった。

 

2 第1審判決及び原判決の概要

 第1審判決は、本件における除斥期間の起算点は損害発生時である各年度の第4期分支払日(平成4年度については平成5年3月1日)であり、本件訴訟の提起時(平成25年1月27日)において除斥期間は経過していないとして、Xの請求を一部認容した。

 これに対し、原判決は、建築当初の評価の誤りについては公務員の過失が認められる一方、その後の各基準年度における評価行為等に過失は認められないとした上、公務員の過失のある違法行為である昭和58年の評価行為及び価格決定の時が除斥期間の起算点となるとし、Xの請求を全部棄却すべきものとした。

 

3 本判決の概要

 第三小法廷は、家屋の評価の誤りに基づきある年度の固定資産税等の税額が過大に決定されたことによる損害賠償請求権の除斥期間は、当該年度の固定資産税等に係る賦課決定がされ所有者に納税通知書が交付された時から進行すると判示し、本件における損害賠償請求権につき除斥期間が経過したか否かなどについて更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻した。

 

4 説明

(1) 「不法行為の時」の意義

 ア 除斥期間の起算点である「不法行為の時」の具体的な意義に関する考え方としては、大別して、生じた損害の原因とみられるべき違法な行為(加害行為)の時であるとする加害行為時説と、不法行為の成立要件を充足した時、すなわち損害の発生時であるとする損害発生時説がある。加害行為時説によれば、加害行為とその行為による損害発生との間に時間的な間隔がある場合には、まだ損害賠償請求権が成立していない間でも期間の進行が開始することとなるため、同説は法律関係の早期確定をより重視する立場であるといえる。これに対し、損害発生時説は、公害による健康被害等、加害行為から損害発生までに長期間が経過するケースを念頭に、損害の発生前には請求権を行使できないにもかかわらず期間が進行して請求権が消滅することは不合理であることを主な論拠としており、被害者側の保護に配慮する立場であるといえる。近時の多数説は、損害発生時説であるとされる。

 イ この点に関する判例として、じん肺の事案に関する最三小判平成16・4・27民集58巻4号1032頁、水俣病の事案に関する最二小判平成16・10・15民集58巻7号1802頁等は、加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には、加害行為の時がその起算点となると考えられるとする一方、身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による損害や、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害のように、当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には、当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となる旨説示し、その理由として、①このような場合に損害の発生を待たずに除斥期間の進行を認めることは、被害者にとって著しく酷であること、②加害者としても、自己の行為により生じ得る損害の性質からみて、相当の期間が経過した後に被害者が現れて損害賠償の請求を受けることを予期すべきであることを挙げている。

 これについて、宮坂昌利・平成16年度判例解説民事335頁は、加害行為の終了から損害の発生までに相当の時間的な間隔が生じている場合であっても、「損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合」と認められるものでなければこの判例の射程外であり、前記「場合」以外の場合には加害行為時説が妥当するとの方向性が示唆されているとする。

 ウ もっとも、前記の議論にいう「加害行為」や「損害」が具体的にどのようなものを指すのかは、必ずしも明らかではない。とりわけ、本件のように一定の仕組みの下で複数の行為を経て損害発生に至るという事案では、「不法行為」をどのような単位で捉えるのか、さらに、何をもって加害行為とし、何をもって損害発生とみるのかなどは、必ずしも一義的ではなく、いずれの説を採るかによって直ちに結論が導かれるものではないように思われる。本判決も、除斥期間の起算点は加害行為時か損害発生時かという一般論からのアプローチはしておらず、家屋に対する固定資産税等の課税の仕組みの下で、いずれの時点から除斥期間を進行させるのが相当かという観点から検討しているものと考えられる。

(2) 本件における除斥期間の起算点

 ア 原判決は、除斥期間の起算点について、本件にも前記(1)イの判例の射程が及ぶとするXの主張に対し、本件は事案を異にするとしてこれを排斥しており、この点は正当であろう。その上で、原判決は、加害行為時が起算点となることを前提に、「加害行為」とは故意又は過失のある違法な行為であるとし、本件家屋についての固定資産税等の賦課徴収に係る一連の手続のうち、過失の認められる建築当初の評価及び価格決定の時をもって加害行為時としたものと解される。

 イ しかし、除斥期間の起算点との関係では、一連の手続のうちいずれの行為に故意又は過失が認められるかということは、特段の意味を持つものではないように思われる。そして、除斥期間は、被害者に生じた損害についての賠償請求権を時間の経過により消滅させるものであるところ、加害者の行為により実際に損害が発生するか否か、また、損害を受ける者(被害者)が誰であるのかが不確定であり、その賠償請求権をおよそ観念し得ない時点でも、これを消滅させる除斥期間が進行すると解することには疑問がある。

 これを家屋に対する固定資産税等の課税の場面についてみると、評価に誤りがあっても、その後に予定されている手続において誤りが修正されたり、所有者の変更に伴い賦課決定を受ける者が変わったりする可能性は相応にあるものと考えられるから、当該誤りが生じた時点では、これを原因として実際に過大な課税がされることとなるか否か、過大な課税により損害を受ける者は誰であるかなどは、なお不確定である。そして、当該誤りを原因として実際に過大な課税がされ、これにより所有者に損害が生ずることが確定するのは、年度ごとに行われる賦課決定及び納税通知書の交付の時であると考えられる。

 そうすると、家屋の評価に関する同一の誤りを原因として複数年度の固定資産税等が過大に課された場合であっても、これにより生ずる損害あるいは損害賠償請求権は年度ごとに別々のものとして捉えることが相当であり、その除斥期間の起算点も年度ごとに検討すべきである。そして、ある特定の年度に係る損害賠償請求権との関係では、前記のとおり当該所有者に過大な課税がされることが確定する賦課決定及び納税通知書の交付の時点をもって、除斥期間が進行を開始するものと解することが相当である。

 ウ 本判決は、以上のような観点から、判決要旨のとおり判示したものと考えられる。

 なお、第三小法廷は、本件と同様の点が問題となった別件(最高裁平成31年(行ヒ)第96号)に関しても、本判決と同日に、同様の判示をして、除斥期間の経過を理由に所有者の請求を棄却した原判決(大阪高判平成30・10・25)を破棄し、事件を原審に差し戻している。

(3) 本判決の意義

 本判決は、家屋の評価の誤りに基づき固定資産税等の税額が過大に決定されたことによる損害賠償請求権の除斥期間の起算点について、最高裁として初めて判断を示したものであり、実務上も理論上も重要な意義を有するものといえる。

 ところで、前記のとおり民法724条が改正され、20年の期間の性質が消滅時効であることが明らかにされたことに伴い、その起算点である「不法行為の時」の解釈についても影響を受け得るものと考えられ、改正後の同条の適用が問題となる事案では、本判決の判示が直ちに当てはまるものではないと解される。もっとも、経過規定により、改正前の民法724条後段に規定する期間が改正法施行の際既に経過していた場合におけるその期間の制限についてはなお従前の例によるとされており、当分の間は本件と同様の問題が生じ得るものと考えられるから、前記の改正により本判決の意義が失われるものではない。

 

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