中間省略登記の方法による不動産の所有権移転登記の申請の委任を受けた司法書士に、当該登記の中間者との関係において、当該司法書士に正当に期待されていた役割の内容等について十分に審理することなく、直ちに注意義務違反があるとした原審の判断に違法があるとされた事例
所有名義人がAである不動産について、Aを売主、Bを買主とする売買契約、Bを売主、Xを買主とする売買契約、Xを売主、Cを買主とする売買契約が順次締結され、AからBへの所有権移転登記の申請(以下「前件申請」という。)及びBから中間省略登記の方法によるCへの所有権移転登記の申請(以下「後件申請」という。)が同時にされたが、前件申請が申請の権限を有しない者による申請であることが判明して後件申請が取り下げられ、XがB及びCから後件申請の委任を受けた司法書士であるYに対し司法書士としての注意義務違反があるとして不法行為に基づく損害賠償請求をした場合において、Yが、前件申請及び後件申請に用いるべき書面の確認等が予定されている会合に出席し、Aの印鑑証明書として提示された2通の書面に記載された生年に食違いがあること等の問題点を認識していたとしても、次の(1)~(4)など判示の事情の下では、Xとの関係においてYに正当に期待されていた役割の内容や関与の程度等について十分に審理することなく、直ちにYに上記注意義務違反があるとした原審の判断には、違法がある。
(1) Yが後件申請の委任を受けた当時、上記各売買契約並びに前件申請及び後件申請に係る各登記の内容等は既に決定されていた。
(2) Yは、前件申請が申請人となるべき者による申請であるか否かについての調査等をする具体的な委任は受けていなかった。
(3) 前件申請については弁護士が委任を受けており、上記委任に係る委任状には、委任者であるAが人違いでないことを証明させた旨の公証人による認証が付されていた。
(4) Xは不動産業者であり、Xの代表者は、Xの依頼した不動産仲介業者等と共に上記会合に出席し、これらの者と共に上記問題点等を確認していた。
(意見がある。)
民法709条
「省略すべき上告受理申立て理由」 排除部分(上告受理申立て理由第3を除く部分)
平成31年(受)第6号 最高裁令和2年3月6日第二小法廷判決 損害賠償請求事件 民集登載
第1審:平成28年(ワ)第660号 東京地裁平成29年11月14日判決
第2審:平成29年(ネ)第5340号 東京高裁平成30年9月19日判決
1 事案の概要等
本件は、成りすましであったA名義の土地の売買に係る登記申請を受任した司法書士である上告人(Y)に対し、その依頼者ではないものの、実体としては中間省略登記の中間者の立場にあった被上告人(X)が、不法行為に基づき、3億4800万円の損害賠償請求をした事案である。登記申請を受けた司法書士の専門家としての注意義務の存否及び内容が問題となった。
2 事実関係の概要
本件の事実関係の概要は、次のとおりである。
A名義の不動産について、Aの代理人を装う者、B、X及びCの間で、第1売買、第2売買、第3売買が行われ、その登記として、Xを省略し、AB間の前件登記、BC間のいわゆる中間省略登記である後件登記をする旨の合意がされた。AB間の登記の申請(前件申請)は弁護士が受任することになり、その委任状にはAが人違いでない旨の公証人の認証が付されていた。このような取引の枠組みが決まった後、YはB及びCから後件登記の申請(後件申請)の委任を受けた。なお、Yは、報酬約13万円で受任したが、Aの本人性等、前件申請が申請人となるべき者による申請か否かの確認等の依頼は受けていなかった。
Yは、上記売買の決済に先立ち、前件申請及び後件申請に用いるべき書面の確認等が予定されている会合に、Xの代表者、Xから報酬等として3100万円で依頼された仲介業者、Cらと共に出席したが、その場でAの印鑑証明書として提示された2通の書面に記載された生年に食違いがあること等の問題点が発覚した。しかし、その後上記各売買契約の決済は予定どおりに行われ、Yは登記所で依頼どおりに前件登記の申請と後件登記の申請を不動産登記規則67条の連件申請として同時に行った。後日、Aの印鑑証明書が偽造と判明し、前件申請が申請の権限を有しない者による申請であることが判明して後件申請が取り下げられた。
3 1審及び原審の判断
1審は、Yには司法書士としての注意義務違反はなかったとしてXの請求を棄却したが、Yがこれを不服として6億4800万円の請求額元本を3億4800万円に減縮して控訴したところ、原審は、Yの不法行為責任を認め、5割の過失相殺をした上で、Yに対しXへの3億2400万円及びこれに対する遅延損害金の限度の損害賠償金の支払を命じた。
司法書士に求められる職務の専門性及び使命に鑑みると、司法書士は、前の登記の申請の却下事由その他申請のとおりの登記が実現しない相応の可能性を疑わせる事由が明らかになった場合には、前の登記の申請に関する事項も含めて更に調査を行い、登記申請の委任者のみでなく、後の登記の実現に重大な利害を有する者に対し、上記事由についての調査結果の説明、取引の代金決済の中止等の勧告、勧告に応じない場合の辞任の可能性の告知等をすべき注意義務を負う。Yは、後件登記の実現に重大な利害を有するXに対し、印鑑証明書の齟齬等の事実を指摘するにとどまらず、前件申請の本人性について更に調査し、後件申請が実現されない危険があること等を警告し、代金決済の中止等を勧告するなどの注意義務を負っていたのにこれを怠った。
4 本判決
これに対し、Yが上告受理申立てをしたところ、最高裁第二小法廷は、本件を上告審として受理し、判決要旨のとおり、判決要旨(1)~(4)の事情の下では、Yが、上記のような印鑑証明書の問題を認識していたとしても、Xとの関係においてYに正当に期待されていた役割の内容や関与の程度等の点について十分に審理することなく直ちにYに上記注意義務違反があるとした原審の判断には違法があるとして、上記の点について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻した。
5 説明
(1)司法書士は、他人の依頼を受けて、登記又は供託に関する手続について代理すること等を業としている(司法書士法3条1項1号)。これらの業務は原則として司法書士に独占され、正当な事由がなければ受任を断ることができない(同法21条、73条1項)。司法書士が、このような登記申請代理業務を行う場合において登記に必要な書類の形式的事項の調査確認義務を負うことには異論がないと思われるが、これらの書類の真否や当該登記が申請人となるべき者による申請であるか否かといった登記の背後にある実体的権利関係(以下「本人性等」という。)についてまで調査確認義務を負うか否かについては、その要件や範囲について様々な見解がある。従前は、司法書士は、既に形成された法律関係を登記に迅速に反映することが依頼者の依頼の本旨であり、その注意義務もこれに尽きると解する立場から、原則として本人性等の確認義務を負わず、例外的に、①依頼者から特に依頼されている場合、②問題があることが明らかである場合等の場合にのみ、その調査確認義務を負うとする見解が多数であった。しかし、近年、司法書士の職域が拡大し、その職務の公益性や専門性が強調され(今般の司法書士法の一部改正〔令和元年6月12日法律第29号。令和2年8月1日から施行〕による同法1条でも専門家としての立場がより強調されている。)、これに伴い、司法書士の注意義務についても高度なものが要請されるようになっているように思われる。こうして、学説や下級審の裁判例においては、上記のような司法書士の職務の公益性や専門性と取引当事者の自己責任とのバランスから、司法書士は、上記①、②の場合に加え、③司法書士の有すべき専門的知見や知り得た事実に照らし本人性等について疑うべき相当な理由が存する場合には、本人性等に関しても調査確認義務を負うとの見解に立つもの(東京高判平成17・9・14判タ1206号211頁、内藤和道「判解」銀法 664号(2006)48頁等)や、司法書士を資格者代理人とする本人確認情報提供制度を導入した不動産登記法23条4項1号の趣旨等から司法書士には事前通知制度に代替し得るだけの高度の注意義務が課されている等として、原則として本人確認義務があることを肯定するもの等があるが、これらは排斥し合うというわけではない(加藤新太郎「実務に活かす判例登記法」登記情報666号(2017)11頁)。
登記の速やかな実現が司法書士に対する依頼の本旨であり、本人性等は、本来的には、必要書類を準備し、本人と取引を行っている依頼者において調査確認すべきものであること、司法書士と依頼者等との関与の程度や方法には様々な場合があり、事案ごとに期待されている役割も大きく異なること等を考慮すると、司法書士の本人性等に関する専門家責任の判断には、一律に高度な義務を求めるのではなく、事案ごとのきめ細かい考慮が必要であると思われる。
(2)このような議論もある中、本判決は、まず、司法書士の本人性等の調査確認義務につき、登記申請代理を受任した司法書士は、その職務の公益性や専門性等から、当該登記申請に用いるべき書面相互の整合性の形式的な確認等の過程において当該登記申請が申請人となるべき者以外の者による申請であることを疑うべき相当な事由が存在する場合には、注意喚起を始めとする適切な措置をとるべき義務を負うことがあるとして一定の指針を示している。そして、上記義務を負うかどうかについて司法書士の役割に応じた適切な判断がされるための考慮要素として、委任契約がある場合は、委任契約や経緯の他、取引への関与の有無及び程度、委任者の不動産取引に関する知識や経験の程度、他の資格者代理人や不動産仲介業者等の関与の有無、疑いの程度等という要素を具体的に列挙している。
また、従来、これらの責任論は委任関係にある場合を中心に議論されていたものと思われるが、本件ではXは直接の登記申請の委任者ではなく、不法行為責任が問われた事案であることから、別途の考慮が必要である。もっとも、Xは、第三者とはいえ、第2売買契約の買主でかつ第3売買の売主であり、Yが受任していた後件登記との関係でも、実体としては、いわゆる中間省略登記の中間者という立場であって、取引に深く関与していた。そこで、原審は、このようなXにつき「登記の実現につき当事者に準ずる重大な利害関係を持っていたといえる」等として、委任のある場合に課せられる注意義務と同様の注意義務を不法行為上の過失を基礎付けるものとした。しかし、専門家の、委任関係にある者に対する責任と、委任関係にない者に対する責任とでは自ずと程度や内容に違いがあるはずであるから、「当事者に準ずる重大な利害関係」があるだけで委任関係のある場合と同等の注意義務を負うとはいえないと思われる。本判決は、この点を明らかにすべく、委任関係になくても責任を負うべき第三者の範囲を、特に「当該登記に係る権利の得喪又は移転について重要かつ客観的な利害を有し、このことが当該司法書士に認識可能な場合において、当該第三者が当該司法書士から一定の注意喚起等を受けられるという正当な期待を有しているとき」と限定したものと思われる。なお、本判決も、実体として本件のXのような立場にある者は「当該登記に係る権利の得喪又は移転について重要かつ客観的な利害を有し」ていることを前提にしているものと思われる。
また、司法書士が本人性等について善管注意義務を負う場合でも、司法書士の当該取引への関与の仕方が様々であることからすると、問題に気付いた場合に当然に一律の更なる調査義務等を負うとはいえず、むしろ、当事者の属性や問題の内容等に応じて、注意喚起さえすれば足りる場合もあれば、委任者の依頼に基づき更に調査等を行うべき場合もあり得る。この点についても、原審が、更なる調査や辞任の可能性の告知等を含めた勧告までを含む高度な義務を要求したのに対し、本判決が、一律に調査確認義務があるとはせず、事案に応じ、注意喚起等で足りる場合もあり得ることを示唆していることは、司法書士が本人性等について疑いがあると判明した場合にどのような行為をすべきなのかという、従来あまり議論されていなかった点についても触れているものとして注目される。
(3)本件については、確かに印鑑証明書の齟齬の問題は重大であるものの、①Yが委任を受けた当時売買契約や登記の内容は既に決定され、②Yは前件申請が真正な申請であるか否かについての調査等をする具体的な委任は受けておらず、③前件申請については弁護士が委任を受けており、その委任状には公証人による認証が付されていた上、④Xは不動産業者であり不動産仲介業者等と共に上記問題点等を確認していた等の事情もあり、このような状況の下で、依頼者等から新たな指示等もなかったとすると、当時のYに、印鑑証明書の齟齬の事実を指摘する以上に何をなすべきであったといえるかについては、なお具体的事実に照らして慎重な検討が必要な事案であったと思われる。そこで、本判決は、上記の事情について更に審理し、Yが本件の取引全体の中でどのような役割を果たすことが期待されていたのかという観点から、当該司法書士の役割の内容や関与の程度等に応じてYの責任を検討すべきとしたものと考えられる。
6
本判決は、事例判断であるものの、登記申請における実体的権利関係に問題がある場合の司法書士の専門家責任について、最高裁が初めて具体的な規範や考慮要素、義務の内容を示したのみならず、委任契約のある場合とない場合での注意義務の違いについても一定の規範を示した点において、実務上も理論上も重要な意義を有するものである。
なお、本判決には、職業専門家としての司法書士の依頼者に対する責任とそれ以外の者に対する責任につき論じた草野裁判官の意見が付されている。