◇SH3893◇最三小判 令和3年6月29日 報酬等請求本訴、不当利得返還請求反訴、民訴法260条2項の申立て事件(戸倉三郎裁判長)

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 宅地建物取引業法3条1項の免許を受けない者が宅地建物取引業を営むために免許を受けて宅地建物取引業を営む者からその名義を借り、当該名義を借りてされた取引による利益を両者で分配する旨の合意の効力

 宅地建物取引業法3条1項の免許を受けない者が宅地建物取引業を営むために免許を受けて宅地建物取引業を営む者からその名義を借り、当該名義を借りてされた取引による利益を両者で分配する旨の合意は、同法12条1項及び13条1項の趣旨に反するものとして、公序良俗に反し、無効である。

 宅地建物取引業法12条1項、宅地建物取引業法13条1項、民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)90条

 令和2年(受)第205号 最高裁令和3年6月29日第三小法廷判決
 報酬等請求本訴、不当利得返還請求反訴、民訴法260条2項の申立て事件 破棄差戻(民集75巻7号3340頁)

 原 審:平成31年(ネ)第52号 東京高判令和元年9月26日判決
 第1審:平成29年(ワ)第1358号、平成29年(ワ)第2451号 東京地裁立川支部平成30年11月30日判決

1 事案の概要等

 ⑴ Xは、平成28年10月頃、Aと共に、不動産取引に係る事業を行う旨の計画を立てた。

 上記計画においては、Xは、自らを専任の宅地建物取引士とする会社での勤務を続けつつ、その人脈等を活用して、新たに設立する会社において不動産取引を継続的に行うことが予定されていた。

 ⑵ その後、宅地建物取引士の資格を有するyが上記計画に加わり、同人を新たに設立する会社の専任の宅地建物取引士とすることになった。

 ⑶ yは、平成29年1月、上記計画に従ってYを設立してその代表取締役に就任し、Yは、同年2月、yを専任の宅地建物取引士として宅地建物取引業の免許を受けた。

 ⑷ Xは、平成29年2月頃までに、不動産仲介業者であるBから、Cの所有する土地建物(以下「本件不動産」という。)の紹介を受けた。Xは、上記計画に基づく事業の一環として本件不動産に係る取引を行うことにしたが、yに対する不信感から、本件不動産に係る取引に限ってYの名義を使用し、その後はY及びyを上記事業に関与させないことにしようと考え、Aを通じてyと協議した。その結果、同年3月7日、XとYとの間で、要旨次のとおりの合意(以下「本件合意」という。)が成立した。

 ア 本件不動産の購入及び売却についてはYの名義を用いるが、Xが売却先を選定した上で売買に必要な一切の事務を行い、本件不動産の売却に伴って生ずる責任もXが負う。

 イ 本件不動産の売却代金はXが取得し、その中から、本件不動産の購入代金及び費用等を賄い、Yに対して名義貸し料として300万円を分配する。Yは、本件不動産の売却先から売却代金の送金を受け、同売却代金から上記購入代金、費用等及び名義貸し料を控除した残額をXに対して支払う。

 ウ 本件不動産に係る取引の終了後、XとYは共同して不動産取引を行わない。

 ⑸ 本件不動産については、平成29年3月、Cを売主、Yを買主とし、代金を1億3000万円とする売買契約が締結され、同年4月、Yを売主、Dを買主とし、代金を1億6200万円とする売買契約が締結された。これらの売買契約については、Xが売却先の選定、Bとのやり取り、契約書案及び重要事項説明書案の作成等を行った。

 ⑹ Xは、平成29年4月26日、Yに対し、本件不動産の売却代金からその購入代金、費用等及び名義貸し料を控除した残額が2319万円余りとなるとして、同売却代金の送金を受け次第、本件合意に基づき同額を支払うよう求めた。

 ⑺ Yは、平成29年4月27日、上記売却代金の送金を受けたが、自らの取り分が300万円とされたことなどに納得していないとして上記の求めに応じず、上記計画に基づく事業への関与の継続を希望するなどしたものの、同年5月、Xに対し、本件合意に基づく支払の一部として1000万円を支払った。

 ⑻ 本件本訴は、Xが、Yに対し、本件合意に基づいてXに支払われるべき金員の残額として1319万円余りの支払を求めるなどするものであり、本件反訴は、Yが、Xに対する1000万円の支払は法律上の原因のないものであったと主張して、不当利得返還請求権に基づき、その返還等を求めるものである。

 

2 第1審及び原審の判断

 第1審は、本件合意は成立していないとして、Xの本訴請求を棄却し、任意に支払われた1000万円の取得に法律上の原因がないとはいえないとして、Yの反訴請求を棄却したが、原審は、本件合意の成立を認め、その効力を否定すべき事情はなく、本件合意の効力が認められると判断して、Xの本訴請求を認容し、Yの反訴請求を棄却すべきものとした。

 

3 本判決の概要

 これに対し、Yが上告受理申立てをし、本件合意が、宅地建物取引業法(以下「宅建業法」という。)12条1項及び13条1項の趣旨に反し、公序良俗に反するか否かが争点となった。

 最高裁第三小法廷は、本件を上告審として受理し、宅建業法3条1項の免許を受けない者(以下「無免許者」という。)が宅地建物取引業を営むために免許を受けて宅地建物取引業を営む者からその名義を借り、当該名義を借りてされた取引による利益を両者で分配する旨の合意は、同法12条1項及び13条1項の趣旨に反するものとして、公序良俗に反し、無効であるとの判断を示した。その上で、前記事実関係等によれば、本件合意は上記各条項の趣旨に反するものである疑いがあり、Yから本件合意の内容は宅建業法に違反する旨の主張もされていたところ、同主張について審理判断することなく本件合意の効力を認めた原審の判断には、明らかな法令違反があるなどとして、原判決中、Yの敗訴部分を破棄し、本件合意の効力等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻した。

 

4 説明

 ⑴ 宅建業法は、宅地建物取引業を営む者について免許制度を採用して、欠格要件に該当する者には免許を付与しないものとし(第2章)、無免許者の営業及び宅建業者による名義貸しを禁止し(12条1項及び13条1項)、これらの違反について刑事罰を定めている(79条2号、3号)。

 宅建業法13条1項に違反する名義貸しに係る合意の効力という問題は、学説及び判例上、行政法規違反の法律行為の私法上の効力として、古くから議論されてきた問題の一類型であるといえる。この問題につき、通説的見解は、行政法規を事実としての行為を命じたり禁止したりすることを目的とするいわゆる取締法規と、法律行為としての効力を規制することを目的とする強行法規とに区別し(二元説)、取締法規違反にとどまる場合は、原則として法律行為の有効としつつ、例外的に、立法の趣旨、違反行為に対する社会の倫理的非難の程度、一般取引に及ぼす影響、当事者間の信義・公正等を総合的に考慮して、その効力を無効とすべきか否かを決定するとの考え方をとる(我妻栄『新訂 民法総則』(岩波書店、1965)262頁以下、幾代通『民法総則〔第2版〕』(青林書院、1984)198頁以下、星野英一『民法概論Ⅰ〔改訂〕』(良書普及会、1981)182頁以下等。総合判断説)。これに対して、近時は、取締法規と強行法規との区別をしない見解(一元説)が有力化しており、そのうち、行政法規を警察法令と経済法令とに分け、前者に違反する法律行為については私法上の効力の否定に謙抑的であるべきであるが、後者に違反する法律行為については積極的にその効力を否定すべきであるとする取引的公序論(大村敦志『契約法から消費者法へ』(東京大学出版会、1999)201頁以下)や、民法90条が私的自治・契約自由を制限する規定であるとの理解から、同条を適用して法律行為を無効とするためには、①法令の目的が法律行為を無効とすることを正当化するに足りるだけの重要性を持つこと、②その法令の目的を実現するために法律行為を無効とすることが必要不可欠といえることを要するとする憲法的公序論(山本敬三『民法講義Ⅰ 総則〔第3版〕』(有斐閣、2011)268頁以下、同『公序良俗論の再構成』(有斐閣、2000)246頁以下)が有力に唱えられている。

 判例は、行政法規に反する法律行為の効力については、そのことを理由に直ちに無効であるとするものは少なく、原則としてこれを有効としつつ、個々の事例ごとに公序良俗違反となるか否かを判断しているものが多いといえ(最一小判昭和39・1・23民集18巻1号37頁、最二小判昭和52・6・20民集31巻4号449頁、最一小判平成21・8・12民集63巻6号1406頁等)、個々の事例ごとに、行政法規違反となることを一資料として公序良俗違反となるか否かを判断しているとみることができるように思われる。

 ⑵ 行政法規によって許可制度や免許制度が採用されるなど、一定の資格ある者に限って一定の取引等をすることができるとされている場合において、その法規違反となる名義貸しを内容とする合意(以下「名義貸し合意」という。)がされたときは、上記 ⑴ のいずれの見解も、その私法上の効力を否定すべきであるとしており、この点に異論をみない。すなわち、総合判断説からは、「法律がとくに厳格な標準で一定の資格のある者に限って一定の企業ないし取引をすることができるとしている場合」に、「その名義を貸与する契約がしばしば行われる。かような契約は、――法律がその企業ないし取引をする者を監督しようとしている趣旨に反するから――一般に無効である」とされ(我妻・前掲265頁)、有力説の立場からも、「そうした契約を無効としないかぎり、許可を得ていない者がその名義を利用して営業するのを少なくとも法形式上法認してしまうことになり、審査を経て許可を受けた者にのみ営業を許すという許可制の目的と相いれない」(山本・前掲『公序良俗論の再構成』258頁)などとして、一般に無効であるとされている。そして、宅建業法13条1項に違反して宅建業者が他人に自己の免許名義を貸与する名義貸し合意がされた場合についても、同法が採用する免許制度の潜脱を目的とするものであるとして当該合意は私法上無効となると解されており(岡本正治=宇仁美咲『逐条解説 宅地建物取引業法〔三訂版〕』(大成出版社、2020)181頁、明石三郎『不動産仲介契約の研究〔第3版〕』(一粒社、1987)252頁、明石三郎ほか『詳解 宅地建物取引業法〔改訂版〕』(大成出版社、1995)80頁〔岡本正治〕)、学説上異論は見当たらない。

 この点について判断した最高裁の判例は見当たらないが、大審院判例においては、旧鉱業法(明治38年法律第45号)に違反するいわゆる斤先掘(きんさきぼり)契約(鉱業権者が第三者に鉱物の採掘に関する権利を与え、第三者にその計算において鉱物の採掘を行わせ、採掘量に応じた対価を支払わせるという契約)について、民法90条違反により無効としたもの(大判大正8・9・15民録25輯1633頁、大判昭和19・10・24民集23巻608頁)や、旧取引所法(明治26年法律第5号。昭和25年8月に廃止)に反してされた、取引員名義の名板貸し契約及びこれと一体的にされた対価の支払合意等を無効としたもの(大判大正15・4・21民集5巻271頁)がある。また、下級審裁判例においては、宅建業法13条1項に違反する名義貸し合意及びこれと一体的にされた利益分配に関する合意につき、同合意に基づく請求は「裁判上行使することが許されない」としたものがある(名古屋高判平成23・1・21判例秘書)。

 ⑶ 無免許者が、宅地建物取引業を営むために免許を受けた宅建業者からその名義を借りる旨の名義貸し合意は、宅建業法が採用する免許制度の目的と相いれず、その潜脱を目的とするものであって、反社会性が強いというべきである。そして、名義貸し合意がされる場合には、名義借り人が、名義貸し人に対し、名義貸し料を支払う旨の合意がされるのが一般的であるところ、このような名義貸しの対価に関する合意も名義貸し合意と一体のものとして公序良俗に反すると解すべきであろう。本判決は、これと同様の観点から前記のとおり判断したものと思われる。

 ⑷ 名義貸しが宅建業法13条1項違反となるにためは、「他人」が「宅地建物取引業を営」むことを要するため、名義借り人が営利の目的で反復継続して行う意思のもとに宅建業法2条2号所定の行為をすることが必要となる(最二小決昭和49・12・16刑集28巻10号833頁)。

 Xは、元々Aとの間で宅地建物取引業を営むことを計画していたものであるところ、本件合意はその計画の一環としてされたものとして営利の目的で反復継続して行う意思のもとでされた疑いがある。そして、Yは、原審において本件合意の内容が宅建業法に違反する旨を主張していたものであるところ、原審は、同主張について審理判断することなく本件合意の効力を認めており、上記反復継続意思の有無等についての認定判断もしていない。以上から、本件合意が公序良俗に反し、無効であるか否かにつき十分な審理がされていたということはできず、本判決は、上記の点等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻したものであると考えられる。また、仮に、本件合意が公序良俗違反により無効になる場合には、反訴請求については、1000万円の支払が不法原因給付に当たるか否かが問題となるため、この点についても審理判断を要するということになるであろう。

 なお、公序良俗違反により無効となるのは、名義貸し人と名義借り人との間の内部的な合意、すなわち名義貸し合意とこれと一体としてされた利益分配合意であって、名義を借りてされた外部者との取引行為自体が無効となるものではないことに留意する必要がある。本件に即していえば、公序良俗違反によって無効となり得るのはXY間の本件合意であって、Yが買主ないし売主として締結した各売買契約が公序良俗違反を理由に無効となり、Yが外部者との関係で買主ないし売主としての責任を免れるものではないことに留意すべきである。

 

5 本判決の意義

 本判決は、行政法規である宅建業法の趣旨に反する名義貸し合意とこれと一体としてされた利益分配合意が、公序良俗に反し、無効であるとの法理判断を最高裁において初めて示したものであって、理論的にも実務的にも重要な意義を有すると考えられる。

 

 

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