弁護士の就職と転職Q&A
Q131「訴訟系、ディール系、規制法系で弁護士の向き/不向きはあるか?」
西田法律事務所・西田法務研究所代表
弁護士 西 田 章
弁護士のキャリアの成否は、本人の能力の問題以外にも、「自分に合った仕事ができているかどうか」という環境選択に大きく依存します。これは、研究者とは大きく異なる点です。頭脳明晰な法学者であれば、公法を専攻しても、私法を専攻しても、実体法を専攻しても、手続法を専攻しても、優れた業績を残せるでしょう。しかし、実務家である弁護士は、「偶々、どんなクライアントのどんな事件を担当したか」という要素によって、その実績に大きな違いが生じてきます。それだけに、充実した職業人生を送るためには、現在、従事している仕事における自分の適性を見極めて、ミスマッチがあれば、環境を選択し直すことも必要になってきます。
1 問題の所在
法律実務家のキャリアにおいて、弁護士になるまでは、同期世代は同じように司法試験の勉強をして、合格後は同じようなカリキュラムの司法修習を受けます。しかし、弁護士になった後は、それぞれが別々の経験を積み重ねていくことになります。一般民事と企業法務で異なるのはもちろんですが、企業法務の範囲内でも、訴訟系、ディール系、規制法系で、優れた弁護士のイメージは異なります。
訴訟系弁護士では、「困った時に頼りになる」というのがひとつの優れた弁護士のイメージとして存在します。トラブルを抱えて困っているクライアントが、弁護士に相談に行ったら、弁護士も「それは大変だ」と、一緒になって悩み込んでしまったら、「本当にこの弁護士に任せて大丈夫なのか?」という不安をクライアントに生じさせてしまいます。すでに起きてしまったトラブルを悔やむのではなく、「面白いことになってきた!」と、非常事態を楽しむくらいのほうがクライアントに安心感を与えてくれます。
他方、ディール系では、関係者間の交渉をまとめて契約を締結したらそれで終わりというわけではなく、その後も、クライアントに不測の損害が生じないようにスキームを組んでおくことが求められます。そのため、「もしかしたら、こういう問題が起きるかもしれない」という風に、起こりうる潜在的リスクを漏れなく拾ってくれるような悲観的なタイプのほうがクライアントから高く評価されることがあります。
また、監督官庁との間での業規制対応での専門家意見を求める場合には、クライアント側が既に詳しい知識を持っているだけに、外部専門家に求める知識水準はきわめて高いものになります。それが故に、どれだけ知能指数が高くても、前提知識に欠ける弁護士に対して、一から業界の常識を教えてあげるのはタイムチャージの無駄遣いになってしまいます。
2 対応指針
専門分野には、生活スタイルや性格との相性が存在します。まず、生活スタイルとして、プライベートに優先度の高い課題(育児や介護等)を抱えている場合には、ディール系の仕事では繁忙期にタイムリーに対応する能力に制限が生じてしまうため、リーガルアドバイザーの中核的な役割を引き受けにくくなります。主任を務めるには、作業のスケジュール管理をしやすい訴訟系の仕事のほうが向く傾向があります。
性格的に言えば、「勝ち負け」にこだわるタイプであれば、原告側の訴訟代理人業務が向いていますが、被告側の訴訟代理人業務には、穏やかに淡々と仕事をするタイプも向いています。
規制法分野は、「向き/不向き」が最も強く現れる分野です。実際に担当してみて、「合う」と感じたならば、当該業法を所管する官庁への出向も含めて専門性追求の道を探るべきですが、「合わない」と感じた場合には、早期に、転向を考えることをお勧めします。
3 解説
(1) ワークライフバランス
サラリーマンの世界では、長時間労働の弊害も指摘されており、生産性の向上が課題として認識されています。それ自体は、弁護士業界においても考えるべき課題であり、「休日出勤」や「残業」が少ないことをセールスポイントとして採用活動に取り組む事務所もあります。ただ、M&Aでも、ファイナンスでも、ディール系の仕事には、クライアントが求める締切りが強く存在している中で、他の関係者が先行して行うべき作業にスケジュールの遅れが発生することもあるため、自分が担当する作業だけを切り離して準備することが難しく、どうしても締め切り直前に作業が集中する傾向があります。そういう意味では、子育てや介護のように、プライベートにおいて優先度の高いタスクを恒常的に抱えている場合には、クライアントから期待された時間軸で対応することが難しくなってしまいがちです。
その点、訴訟業務のほうが、事前に裁判所によって設定された期日に従って進行するため、準備書面の提出期限や証人尋問の期日等から逆算することにより、作業のスケジュールの予測を立てやすい面があります。
(2) 性格
「勝気」な性格ならば、弁護士業務において、もっとも喜びを感じられるのは、訴訟代理人業務において、判決で勝訴を得た瞬間である可能性が高いです。それも、旧弁護士会報酬規程に従って原告側代理人業務を受任して、請求認容判決を得た場合に(弁護士費用としても報酬金の発生が期待されることもあり)興奮度が特に高まります。
他方、被告側代理人では、請求棄却判決を得たとしても、クライアントが現金を入手できるわけではないため、高額な報酬金を設定しないことが通例です。また、消費者等から訴えられた訴訟においては、弁論においても、相手方(消費者等)を攻撃することには評判リスクを伴うために、準備書面における主張も冷静な表現を用いることが好まれます(客観的に事実と異なる点を主張したり、法的構成の不合理性を指摘することが中心になります)。
完璧主義者的な性格は、大型のディールにおいて、予防法務的に、将来に想定される論点をすべて潰していく作業に向いています。他方、原告側訴訟代理人業務では、関連する論点をすべて拾い上げて丁寧に説明していくと、メインとなるストーリーがぼやけてしまって、説得力に欠ける書面になるおそれがあります。そのため、論点を削ぎ落とすような大胆さが求められます。
(3) 興味・関心
企業法務系の法律事務所の中にも、金商法を不得手とする弁護士はたくさんいます。条文が読みにくく、読んでいてもつまらない、と感じるようです。規制法関係は、クライアント企業内にも、法務コンプライアンス部門において、業界の規制に詳しい担当者が存在します。彼・彼女らが外部弁護士に求めるのは、業界最高水準の専門性です。そのため、「平凡な知見しかない規制法弁護士」というのは、存在価値がありません(これが、訴訟系やディール系との大きな違いです。訴訟業務では、弁護士資格さえあれば、訴訟代理人になることができます。また、M&A業務においては、クライアント企業内にはM&Aに慣れた社員がいない、ということも多々あります。そのため、「平凡な訴訟弁護士」や「平凡なディール弁護士」であっても、小規模な案件におけるニーズは存在します)。
規制法の専門家になるためには、当該業界における社内の法務コンプライアンスの担当者から信頼されるレベルにまで専門性を高めて、かつ、常に最新の情報にアップデートしておく必要があります。よって、実際に規制法を担当して、「面白い」と感じたならば、集中的に案件を受任して、場合によっては、当該規制法を所管する官庁に出向して任期付きで働く機会を探ることも考えてみるべきです。逆に、「面白くない」と感じたならば、無理してまで詳しくなろうと耐えるのではなく、早々に、別の専門分野を探すほうが賢明です。
以上