◇SH1669◇弁護士の就職と転職Q&A Q35「転職で給与を下げるのは避けるべきなのか?」 西田 章(2018/02/26)

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弁護士の就職と転職Q&A

Q35「転職で給与を下げるのは避けるべきなのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 転職活動中の弁護士から「エージェントから『一度、給料を下げてしまうと、上げるのが難しい』と助言されたが、本当か?」との質問を受けることがあります。私も、「オファーされる年俸は、前職の給与を参照して決定される」という慣行があることは認識しています。ただ、それ以外の要素を考えるべき場面もあると考えていますので、今回は、この点を整理してみたいと思います。

 

1 問題の所在

 「仕事の対価はお金だけではない」という信条は素晴らしいです。自分の仕事が他者の役に立ち、感謝してもらえることに伴う精神的な満足のほうが重要です。ただ、依頼者の感謝が「費用が安くて便利だった」に過ぎなければ、仕事へのモチベーションを維持することが難しくなります。目指すべきは、「依頼者には、自己のサービスの価値に見合った費用を理解してもらった上で、なお感謝してもらえる」という姿です(定価を高く設定しても、案件に応じてディスカウントすることもできます。また、稼いだ報酬の使途は、消費や蓄財に限られないので、自己の信条に沿った方針で寄付すれば、そちらで感謝を得ることもできます)。「私が提供する役務の価値を評価してくれるならば、報酬も高く設定してもらいたい」というのは、弁護士としての正常な欲求です。

 「報酬」の指標としては、通常、「(転職後の初年度)年俸」が参照されがちですが、「オファー金額が高いか? 低いか?」を考えるための方法論としては、(1)時間単価に引き直して比較することもあれば、(2)生涯年収に引き伸ばして試算することもあります。方法(1)は、残業・週末勤務が常態化している法律事務所で激務に悩まされているアソシエイトをインハウスへの転職に誘うときに用いられる便法です(「年収は下がりますが、労働時間も減るので「年俸÷年間稼働時間」で見れば、単価は上がります」という勧誘です)。夫婦共働きのダブルインカムの家計において、家事・育児を主に担う側の弁護士には納得感が強いと言われています。

 これに対して、家計を支える側の弁護士にとっては、方法(2)で「一時的に下がってでも、将来的には取り戻すことができるので投資と考えてみてください」と言える材料があるかどうかが、「年俸の下がる転職」を受け入れるかどうかのポイントになります。

 実際、採用側(法律事務所や企業)が「本音では、候補者の現在の年俸に相応しいオファーを提示したいのだが、他のアソシエイト/社員の給与とのバランスを考えると、この程度の給与でしかオファーできない」という悩みを抱えることもあるため、「一時的な低下であれば、それを埋める策を考えましょう」という話し合いがなされることもあります(例えば、「サイニングボーナス」とか「引越費用」とか「貸付金」などの名目で初年度の年俸ダウンを補填するキャッシュフローを生み出す方法等が探られます)。

 それでは、「一旦、下がったら取り戻せない給与ダウン」と「一旦下がっても、自己投資と考えられる給与ダウン」はどのように見分けるべきなのでしょうか。

 

2 対応指針

 法律事務所で、自営業的なパートナーを目指すのであれば、将来の収入を決定するのは、「過去の年俸」ではありません。「いかに大きな依頼を多方面から引っ張って来られるか?」です。年俸額を維持することよりも、将来の営業に役立つ人脈や経験を獲得する自己投資を重視すべきです。

 法律事務所のアソシエイトや企業の社内弁護士でも、「個人事件を受けたい」という希望があるならば、雇用主からの年俸よりも、副業/兼業を認めてもらえる環境を重視するという選択肢もあります。

 他方、企業の管理部門に専従するキャリアをステップアップさせていく道を選ぶならば、入社時の年俸を、入社後に劇的に上昇させられる可能性は高くありません。「年俸を下げる転職は避けるべきである」という助言がストレートに当てはまる場面になります。

 

3 解説

(1) 法律事務所のパートナー

 収入を共同していない法律事務所であれば、「アソシエイトの給与」と「パートナーの報酬」はまったく別体系です。アソシエイトで高給を得ていたとしても、パートナー昇格後にジリ貧に陥ることもあれば、アソシエイト時代は薄給でも、パートナーとして営業力を発揮して経済的な成功を収める弁護士もいます。

 パートナーとしての成功は、「(潜在的)クライアントとの人脈」「良質な案件を紹介してくれる手配士的存在との人脈」「他者から自己を推薦・紹介してもらえるような専門分野の確立」などが鍵になります。そのため、よい人脈や専門性を獲得できる可能性があるならば、年俸が下がるようなポストでも、手を挙げて立候補する価値がある自己投資となります(年俸が高いポストには、自分よりも経歴がよい候補者が競合して応募してくる可能性が高まりますので、「年俸が低いが故に自分にもチャンスが回ってきた」と解釈すべき場面に遭遇します)。

(2) 副業/兼業ができる環境

 法律事務所では、伝統的には「アソシエイトの給与は定期昇給しない」「ただし、年次が上がるほどに個人事件が増えてきて、いずれは個人事件による収入が給与を上回る水準となり、独立を考える」と言われていました。また、現在進行中の「働き方改革」を追い風として、企業においても、「副業/兼業」に理解を示す先も増えてきました(個人事件を認められているのは、社内弁護士第1号が意欲を持って経営陣を説得して切り拓いてくれた成果です。ただ、事業や業務の性質上、個人事件を認めにくい業種や企業は残ります。また、制度的に許容されていても、実際問題として、「本業でまだ半人前の部下が個人事件にリソースを割いている姿」に対して、上司に不愉快な思いを抱かれることは避けられません)。

 「収入源を複線化できる」ということは、自由業としての弁護士のキャリアの大きな利点です(年俸が高くなるほどに、収入源が単一であれば、リストラの脅威は大きくなります。リストラは、本人のパフォーマンスの良し悪しに関わらず、景気や上司との相性によっても引き起こされるイベントです)。そのため、「年俸1500万円の専従ポストよりも、年俸1000万円でも、個人事件300万円位が見込める職場がいい」という判断は十分に成り立ちます。

(3) 管理部門の専従ポスト

 上記とは異なり、「企業の管理部門ポストで、副業/兼業も認められない」という場合には、「前職よりも、年俸を落とした転職をしてもいいのか?」という問いは、深刻度を増します。採用側からは「入社後のパフォーマンスを上げればすぐに昇給できる」というフレーズで勧誘を行うこともありますが、これを鵜呑みにはできません。営業部門であれば、「パフォーマンスを数字で示して、昇給を認めさせる」という方法もあります。しかし、残念ながら、管理部門では「仕事の成果を数字で示す」ことが困難です。結局のところ、人事評価は「業務ライン上のボスの好き嫌い」に依存せざるを得ず、実力で昇給を獲得していけるわけではありません。社内の人事評価に不満があるからといって、「昇給を認めなければ辞めるぞ」というフレーズまで用いて条件交渉ができるでしょうか。「交渉決裂時の代替案(他の転職先)」がなければ、実効性はありません。そのため、他社からのオファー獲得を目指して転職活動をするとしても、ここでもオファー条件の交渉は「現在の給与額」がスタートラインとなります。このような転職活動において、「前職の給与水準のままのほうが交渉上は優位だったのに」「一旦、下がった給与を上げるのは難しい」という問題を実感させられることになります。

 これを打破するためには、「どこかのオーナー経営者から(何らかの理由で)強い信頼を得て一本釣りをしてもらう」「給与は前職の給与を度外視して『鶴の一声』で決めてもらう」というような特別な出会いを求めることになります。

以上

 

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