◇SH1788◇弁護士の就職と転職Q&A Q42「転職先は、幅広く応募して見比べて決めるべきか?」 西田 章(2018/04/23)

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弁護士の就職と転職Q&A

Q42「転職先は、幅広く応募して見比べて決めるべきか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 人材紹介業者をしていると、時々、コメントに困る場面に遭遇します。転職希望者が、折角、適切な移籍先からオファーを得られたにも関わらず、「もっと他にいいところはありませんか?」と尋ねてきたときもそのひとつです。私も、10年以上前、自らが転職活動をしていた時は「幅広い選択肢を得ることがより適切な判断につながる」と考えていました。そのため、「他に応募せずに、すぐここに決めるべきだ」と紹介業者から言われたら、「早期に案件を終わらせて手数料を確保したい業者都合のコメントだ!」と反論したでしょう。でも、今は、そう単純には割り切れないことに気付きました。その「悩ましさ」の要素を整理したいと思います。

 

1 問題の所在

 転職には、2類型があります。ひとつは、現職に不満・不安があり、まず、退職を決意してから、次に移籍先を探す『退職意思先行型』です。もうひとつは、(現職とは別に)やりたいことがあり、移籍先を定めた上で、退職を決める『移籍先重視型』です。転職希望者の内訳としては、『退職意思先行型』の割合のほうがずっと大きいです。

 『退職意思先行型』における移籍先探しは、漠然と「より良い労働条件で」「よりストレス・負荷の少ない環境で」「よりやりがいがある仕事」を求めることになります。そのため、「より幅広い選択肢を見比べることにより、現状で自分に与えられた選択肢の中でベストの先を選びたい」と願います。

 しかし、ここで「現状で自分に与えられた選択肢」というのは、大学受験で模擬試験の点数の偏差値から導かれる「合格圏内」ほど客観的なものではありません。なぜなら、採用側が求めるのは、「採用後のパフォーマンス」であり、これは「能力」と「やる気」の掛け算で測られるため、「やる気」「志望動機の強さ」という主観的要素も、採用選考の重要な指標になってくるからです。

 法律事務所も、企業も、「優秀な人材」を求めていることは確かです。ただ、いくら優秀でも、業務内容に関心がなければ、高いパフォーマンスは期待できません。それどころか、職場の雰囲気を悪化させる危険すらあります。大学受験では、「本命」受験でも、「滑り止め」受験でも平等に採点してもらえますが、採用では、「滑り止め」受験者を大幅に減点します。『退職意思先行型』の転職者からは、「オファーを貰ったけど、検討する時間が欲しいと回答したら、オファーを取り消されてしまった」という報告を受けることも珍しくありません。

 とはいえ、『退職意思先行型』も「できれば、これを最後の転職にしたい」と願い、「失敗したくない」と強く希望しています。そこで、「幅広く見比べてベストの選択をしたい」というニーズと「採用側に意欲を示して気持ちよく受け入れてもらいたい」という配慮をいかに調和させるかが問題となります。

 

2 対応指針

 採用責任者には、サラリーマンタイプと経営者タイプがいます。サラリーマンタイプは「複数のオファーの条件を見比べて進路決定したい」という発想に理解があります。他方、経営者タイプは「ぜひうちで働きたい、という意欲のある人材にこそ来てもらいたい」という気持ちが強いです。

 そのため、オファーをくれたのが上場企業や外資系法律事務所であれば、「他社と比較検討するために、回答期限を延ばしてもらいたい」という依頼もしやすいです。

 しかし、(それ以外の)法律事務所からオファーを貰ったならば、「この条件でこの事務所で働きたいか?」を自分自身に問うて、できる限り早く回答することが求められます(「他と見比べるための時間を欲しい」と回答することは、実質的に「オファーを取り消されてもやむを得ない」という判断を含むことになります)。他の選択肢との比較検討は、友人・知人や紹介業者から他事務所等に関する情報を得ることで納得感を高める程度に留めるのが無難です(なお、法律事務所では、入所後のパフォーマンスで昇給を得る途も拓かれているため、企業ほどは、初年度年棒の金額に拘る必要はありません)。

 

3 解説

(1) 「サラリーマン型」採用責任者

 企業においては、人事部長も法務部長もサラリーマンです。大前提として、自分たち自身も「転職」を考えることがあるため、「より良い労働条件で働きたい」「より良い職場環境で働きたい」と願う転職者の気持ちが分かります。

 そして、サラリーマンにとっては、「採用活動」も仕事のひとつです。会社に対する責務として「優秀な人材を確保しなければならない」と考えています。「採用活動」の手続は、「オファーを出す」というフェーズと、「オファーを出した内定者に円滑に転職してもらう」というフェーズは区別されています。そのため、一旦、「この候補者に当社に来て働いてもらいたい」という判断をしてオファーを出したら、「候補者に資質がある」という認定は社内的には確定するので、オファーを受けた内定者の態度が、オファーを覆す要因にはなりません。他社と比較検討する時間を与えてでも、内定者に入社してもらうことが採用活動の目的となります(たとえば、役員面接まで終えた内定者に逃げられてしまうと、採用責任者には、内定者に逃げられた事情を役員に説明しなければならない負担も生じます)。

(2) 「経営者型」採用責任者

 法律事務所のシニア・パートナーにとって、所属事務所は、単なる「勤務先」ではありません。平凡なプラクティスしか行っていなかったとしても、「他の事務所とは比べることのできない、かけがえのない自分たちの城」です。基本的に「転職」という選択肢はありません(独立や事務所の分裂はあっても、「他者に雇われる立場に転じる」ことは、自営業からの撤退を意味します)。そのため、「雇用条件で職場を選びたい」という候補者に対しては、「サラリーマン的である」というネガティブな烙印を押す傾向もあります。

 「採用活動」は、仕事のひとつというよりも、「一緒に戦ってくれる仲間」「同じ船に乗ってくれる同志」を探すような意味合いを強く持っています。そのため、「優秀かどうか」以上に、「この事務所で働きたいと思ってくれるかどうか」「この事務所を一緒に成長させていきたいと思ってくれるかどうか」という「やる気」面が重視されます。そして、「オファーを出す」という段階と、「オファーを出した内定者に移籍してもらう」という段階が区別されているわけでもありません。「オファーを喜んで快諾してくれるか?それとも、数ある事務所のひとつからのオファーとして受け止めるに留まり、他事務所との比較検討の対象とされてしまうのか?」という態度自体も審査対象に含まれます。

(3) 他の選択肢との比較のための実務的工夫

 「経営者型」採用責任者からのオファーを貰ったならば、そこから、改めて、比較対象を得るために、他事務所や他社に応募して面接を受けている時間を確保するのは難しくなってしまいます。そのため、もし、「現職よりもベターである」という判断ができるならば、基本的には、オファー受諾を即答できるほうが安全で、気持ちよく移籍を受け入れてもらえます。

 しかし、「とはいえ、他をまったく回っていないにも関わらず、本当にベストな選択だと言えるのか?」という疑念は拭えません。そのために、「本命は、一発目には応募せずに、まずは、セカンドベストと思われる先や滑り止め的な先に応募すべきである」と助言する紹介業者もいます。ただ、「実際には入所しない先に応募する」ことには、将来の転職先候補を狭めるリスクもあります。なぜなら、採用側には「一度、選考対象にした候補者は、もう選考対象にしない(少なくとも当面は)」という「一事不再理」の傾向があるからです(落選すれば「資質がない」という記録が残りますし、内定を辞退したら「裏切り者」の記録が残ってしまいます)。「もしかしたら、将来、もう一度、転職活動をすることになるかもしれない」と思うならば、「無駄玉」を撃たないほうが無難です。

 そのため、「実際には応募せずに、いかにして、他の選択肢に関する情報を得るか?」が目の前のオファーを受けることの納得感を高めるための工夫になります。先輩や友人に、他事務所の採用ニーズ、雇用条件や職場環境を尋ねられる人がいるならば、情報収集をすることは有益です(ただし、証言者自身が「この人にはうちの事務所に来てもらいたくない」とか「ぜひうちに来てもらいたい」と考えている場合には中立的な意見を貰えないリスクもあります)。また、紹介業者を利用していたならば、「他の事務所を受けたら、どうなるか? オファーを貰えたら、どういう雇用条件になりそうか?」などの参考情報を求めてみてもよいと思います(紹介業者に都合のよい進路へと誘導されるリスクを念頭に置けるならば)。

以上

 

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