◇SH3335◇最一小決 令和2年4月16日 終局決定変更申立て却下決定に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件(池上政幸裁判長)

未分類

 ハーグ条約実施法の規定する子の返還申立事件に係る家事調停における子を返還する旨の定めと同法117条1項の類推適用

 裁判所は、ハーグ条約実施法の規定する子の返還申立事件に係る家事調停において、子を返還する旨の調停が成立した後に、事情の変更により同調停における子を返還する旨の定めを維持することを不当と認めるに至った場合は、同法117条1項の規定を類推適用して、当事者の申立てにより、上記定めを変更することができる。

 国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律(ハーグ条約実施法)117条1項、145条3項

 令和元年(許)第14号 最高裁令和2年4月16日第一小法廷決定 終局決定変更申立て却下決定に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件 破棄差戻し(民集74巻3号登載予定)

 原 審:平成31年(ラ)第276号 東京高裁令和元年5月15日決定
 原々審:平成29年(家ロ)第10006号 東京家裁平成31年1月23日決定

1

 原々決定によれば、本件の経緯は、次のとおりである。

 日本人女性である抗告人とロシア人男性である相手方は、平成18年に婚姻して子(以下「本件子」という。)をもうけ、平成19年以降、3人でモスクワ市内に住んでいた。平成28年5月、当時9歳の本件子が日本に入国し(母方の祖父母宅に行ったようである。)、同年8月、抗告人が日本に入国した。相手方は、同年11月、本件子について、ハーグ条約実施法の規定する子の返還申立てをした。その申立てに係る事件は家事調停に付され、平成29年1月、抗告人と相手方との間で、抗告人が同年2月12日限り本件子をロシアに返還する旨の合意及び養育費、面会交流等についての合意が成立し、これらが調停調書に記載された(以下、これにより成立した調停を「本件調停」という。)。しかし、本件子は、同月10日、小学校からの下校途中に教会に行き、ロシアに行きたくないなどと言って保護を求め、同月12日以降も日本にとどまっている。

2

 本件は、抗告人が、本件調停の成立後に、事情の変更により本件調停における子の返還条項(以下「本件返還条項」という。)を維持することが不当となったと主張して、ハーグ条約実施法117条1項に基づき、本件返還条項を変更することを求める事案である。同項は、「子の返還を命ずる終局決定をした裁判所(中略)は、子の返還を命ずる終局決定が確定した後に、事情の変更によりその決定を維持することを不当と認めるに至ったときは、当事者の申立てにより、その決定(中略)を変更することができる。(後略)」と定めており、決定について定めた同項が調停における子の返還条項に直接適用又は類推適用されるかどうかが問題となった。

3

 原々審は、ハーグ条約実施法117条1項を調停における子の返還条項に適用する余地はあるとした上で、本件では同項にいう事情の変更があるとは認められないとして、本件申立てを却下した。抗告人が抗告をしたが、原審は、同項は調停における子の返還条項に直接適用又は類推適用されず、本件申立ては不適法であって、これを却下した原々決定は結論において正当であるとして、抗告を棄却した。

 抗告人が抗告許可を申し立て、原審はこれを許可した。最高裁第一小法廷は、決定要旨のとおり判断して原決定を破棄し、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻した。

4

 まず、ハーグ条約実施法117条1項の前記文言からすれば、同項を調停における子の返還条項に直接適用されると解するのは困難と考えられる。

 そこで、同項が調停における子の返還条項に類推適用されるかどうかが問題となるが、その判断の際は、次のような点が考慮されるものといえる。

 第1に、同項の趣旨についてであるが、同項は、子の返還を命ずる終局決定が確定した後でも、子の利益の観点から、その決定を維持することが不当となるような事情の変更が生ずることがあり得るため、そのような場合にはその決定が子に対して重大な影響を与えることに鑑みて、その決定を変更することができることとしたものと解される。そのような事情の変更と認められる具体例として、①返還先の国で内乱が勃発して治安が著しく悪化した場合、②子が重大な病気にかかり日本で治療を受ける必要が生じた場合等が挙げられている(以上につき、金子修ほか『一問一答 国際的な子の連れ去りへの制度的対応――ハーグ条約及び関連法規の解説』(商事法務、2015)246~248頁参照)。調停が成立した場合も、子の返還条項には執行力があり(ハーグ条約実施法145条3項)、その後に上記のような事情の変更が生じたときに子の返還条項の変更の必要があることは決定が確定した場合と同様であり、ハーグ条約実施法117条1項の趣旨が当てはまるといえる。

 第2に、前記の類推適用を認めることによる支障の有無であるが、原決定は、調停では子の返還の合意以外に養育費、面会交流等の他の合意もされることがあり、その場合に子の返還条項のみの変更を認めるのは相当でないと指摘する。しかし、養育費、面会交流等の条項については、別途、家事事件手続法上の変更手続等により対処することができるため(同法39条、別表第2の3等)、前記の類推適用を認めることにより上記の点につき支障があるとはいえない。

 第3に、立法時において、終局決定の場合と調停条項の場合とで、事情の変更による変更の可否につき意図的に区別がされていたかどうかであるが、法制審議会や国会の審議において、そのような区別をする説明や議論はされておらず、調停条項の場合に事情の変更による変更が積極的に否定されていたとはうかがわれない。

 第4に、前記の類推適用を認めなくても、前記のような事情の変更が生じた場合に生ずる問題を解決し得る他の適切な手段があるかどうかについてであるが、請求異議の訴えにより調停における子の返還条項の執行力の排除を認めるという手段が考えられなくはない。しかし、子の返還申立事件の手続は家事手続に類似する非訟手続である一方、請求異議の訴えは民事手続である。前記のような事情の変更により調停における子の返還条項の効力を失わせるかどうかの判断は、裁判所が諸事情を考慮して合理的裁量により行う面があり、これを民事手続である請求異議の訴えにおいて行うこととするのは適切ではなく、ハーグ条約実施法117条1項の変更手続において行うこととするのが適切であると考えられる。また、仮に上記の判断を請求異議の訴えにおいて行うことができるとすれば、そもそも子の返還を命ずる終局決定について同項の変更手続を設ける必要がなかったということもできる。したがって、請求異議の訴えがあることをもって、前記の類推適用が否定されることにはならないといえる。

 なお、抗告人は、本件返還条項について、本件子がロシアへの渡航を拒否していること等の異議事由があると主張して、請求異議の訴えを提起したが、第1審及び控訴審(東京家裁平成29年(家ヘ)第6号同31年1月23日判決及び東京高裁平成31年(ネ)第838号令和元年6月27日判決。公刊物未登載)は請求を棄却し、抗告人が上告及び上告受理申立てをしたが、最高裁第一小法廷は本決定と同じ日に棄却及び不受理の決定をした。ハーグ条約実施法117条1項の変更手続と請求異議の手続との関係(役割分担等)については、民法880条の変更手続と請求異議の訴えとの関係に係る議論が参考になるといえるところ、その議論においては、㋐一義的に請求権の消滅等を生じさせる事由が主張される場合は請求異議の訴えによるべきであり、㋑裁判所の合理的裁量を経て請求権の消滅等を生じさせるか否かが決せられる事由が主張される場合は民法880条の変更手続によるべきであるとするのが通説とされている(鈴木忠一『非訟・家事事件の研究』(有斐閣、1971)204頁、加藤令造編『家事審判法講座 第1巻』(判例タイムズ社、1966)325頁〔高島良一〕、「於保不二雄=中川淳編「新版注釈民法(25)親族(5)〔改訂版〕」(有斐閣、2004)806頁〔松尾知子〕)。上記区別の基準は相当なものと考えられるが、具体的な適用場面においてはなお詰め切れていない点が残されていると思われ(上記㋐㋑の各事由は、截然と区別し得るか、互いに完全に排他的な関係にあるか、特に請求権の行使の権利濫用が請求異議事由として主張される場合は区別が困難ではないかなど)、今後の議論の深まりが期待される。

 本決定は、上記の第1~第4の点等を考慮して、ハーグ条約実施法の規定する子の返還申立事件に係る家事調停における子の返還条項につき同法117条1項が類推適用されるかという問題について、これを肯定する判断をしたものと解される。

5

 本決定は、原々審と原審とで見解が分かれていた上記問題について最高裁が判断を示したものであり、実務的に重要な意義を有するほか、理論的にも重要な事項を含むものと考えられる。

 

タイトルとURLをコピーしました