◇SH3448◇著者に聞く! 西田章弁護士『新・弁護士の就職と転職』(中編) 西田 章/重松 英(2021/01/18)

法学教育

著者に聞く! 西田章弁護士『新・弁護士の就職と転職』(中編)

弁護士 西 田   章

(聞き手) 重 松   英

 

 前回のインタビューでは、西田弁護士が、独立してヘッドハンティング業務を始めて、前作(『弁護士の就職と転職』(商事法務、2007))を出版された経緯を中心にお伺いしました。2回目の今回は、新作のテーマのひとつである、弁護士の「就職」についてお伺いしています。

 なお、就職活動に関する同弁護士の考えは、「SH1165 司法試験受験生の就活は法律事務所と企業で何が違うのか(1) 西田 章(2017/05/17)」以降の連載でも述べられていますので、併せてご参照下さい。(聞き手 重松英、2020年12月18日開催(場所 商事法務会議室))


 

前作の読者には、ロースクール生や司法修習生も多かったのではないでしょうか。
出版関係者のご尽力で、定価をぎりぎりまで抑えてもらえたので、学生さんにも買ってもらいやすい本にすることができました。2007年当時、「弁護士のキャリア本」なんていうジャンルは日本に存在していなかったので、出版当初、書店からは「こんな本、どこの書棚に置けばいいんだ?」という不満が来たとも聞きました。前例がない分野の本を出版まで辿り着けてくださった関係者の勇気には本当に感謝しています。
さて、1月20日には、スケジュールが遅れた令和2年度の司法試験の合格発表があります。西田さんは、新卒を対象とする人材紹介業も行っているのでしょうか。
いえ、法律事務所は、新卒採用は自ら直接に応募を受け付けているので、ビジネスベースで採用の相談を受けることはありません。ただ、偶に、ボス弁から「内定者に辞退されちゃったので、進路を決めていない修習生の中に良い人はいない?」と尋ねられたり、「うちで実務修習をしてくれた修習生をうちでは採用できないんだけど、面白い奴だから、どこかいいところがあったら、紹介してやってくれない?」と依頼されたりすることはあります。
法律事務所の新卒採用にとって「内定辞退」は、本当に厄介な問題ですね。
はい、特に、ひとりしか採用しない中小事務所にとってみれば、「散々、苦労して選んだひとりに逃げられてしまう」というのは、その年の採用活動が無に帰することになってしまいますから。だから、就活生から「裁判官や検察官にも興味がある」という相談を受けた場合には、「だったら、法律事務所の内定先は採用人数が多い大規模事務所を選んであげてほしい」と助言しています。
やっぱり、任官希望者でも、法律事務所の内定は取っておくべきでしょうか。
そうでしょうね。これは、「SH1201 弁護士の就職と転職Q&A Q1「裁判官志望者も法律事務所に就活するべきなのか?」 西田 章(2017/06/01)」でも述べたところですが、任官希望者の採用選考においても、「法律事務所から内定を貰っていること」は、コミュニケーション力があることを示すプラス材料だと思っています。以前、修習生が、法律事務所の内定を持たないままに任官志望を伝えたら、研修所の教官から「法律事務所から内定を貰ってきてくれたら、うちも内定を出せる。うちが内定を出したら、法律事務所の内定を断ってきてくれ。」と言われた、という実例を聞いたこともあります(笑)。
それは酷い話ですね。
これは、「合議」で採用選考を決めることの問題点を端的に示しています。つまり、教官は、直接にその修習生のことを知っているから、「こいつを採用したい」「コミュニケーション力も十分にある」という判断ができる。ただ、合議に参加する他のメンバーは、候補者を直接に知っているわけではないから、履歴書に示された客観情報を頼りにするしかない。そこでは、「コミュニケーション力≒法律事務所の内定」と置き換えられてしまう、という問題です。ここで、「リーガルマインド≒司法試験の順位」とも置き換えられてしまうと、司法試験の合格順位が低い人は、どこを受けても書類選考で落ち続けてしまう、という事態に陥ってしまいます。
司法試験の合格発表前だと、それが学生時代のGPAに置き換わるわけですね。学業成績や司法試験の成績が不本意だった人は、どうすればいいのでしょうか。
ひとつは、「書類選考を経ずに、自分の仕事振りを知ってもらう機会を利用する」という点だと思います。実務修習先の法律事務所が希望先と重なればベストですが、それだけに期待できないので、あとは、司法修習が始まるまでのフリーな時間を利用して、法律事務所で働かせてもらう、というのもあると思います。
法律事務所のインターンに応募しても、成績で足切りされてしまうこともあるみたいですね。
はい、正式なインターン制度があるなど、「御膳立て」されているルートは倍率が高くなってしまいます。なので、インターンを募集していない先に応募してみるとか、「バイト代は要りません」と付言してみるとか、「抜け駆け」をする工夫が必要だと思います。
ただ、募集もしていない事務所に応募してうまく行くのでしょうか。
8割方、無視されるか、追い返されるでしょうね。なので、「ダメでもともと」という発想が大事です。初めて断られるとショックですが、回数を重ねるごとに慣れてきます(笑)。成績が悪かったら、「せめて、メンタルの強さでは、成績優秀者にも負けない」という気概を持ってほしいですね。繊細で傷つきやすい、というのは、「同情」の対象にはなっても、「採用」の対象にはなりません。
就活生の側から「バイト代は要りません」と申し出る必要はあるのでしょうか。
そのほうが「ぜひ働かせてもらいたい」という熱量は伝わりますよね。まともなボス弁だったら、価値ある貢献をしてくれた就活生には、事前の約束がなくとも、バイト代を支払ってくれると思います。本当に最後まで支払ってくれないようなボス弁の事務所だったら、就職先の候補にするのは避けたほうがいいかもしれませんね(笑)。
「熱量」がうまく伝わればよいですが、図々しい就活生を嫌うパートナーはいないでしょうか。
いると思います。なので、成績がイマイチの就活生の狙い目は、「合議でなく、ボス弁が『お前を気に入った!』と、自分だけの裁量で採用を決められる先」だと思います。ひとり事務所に限らず、共同事務所でも、特定のパートナーに紐付いてアソシエイトを採用している先もあります。実は大規模な事務所でも、創業パートナーとの会食で気に入られて、正規のルート以外で内定を勝ち取ったという事例もありますが、これは稀有な事例でしょう。
仮定の話として、西田さんが、今年の司法試験受験生の立場で、どこにでも就職できるとしたら、どこを選びますか。
そうですね……転生するなら、自分が経験したことがないキャリアを選んでみたいので、総合商社に就職して、社費留学を狙いますね(笑)。
司法修習に行った後でインハウスとして、ということですか。それとも、もうビジネスパーソンに転向する、という意味ですか。
司法修習に行かずに就職するのも面白いかな、と。でも、「隣の芝生」が青く見えるだけで、会社員になってみたら、改めて外部弁護士に憧れるのかもしれないなぁとも予想します。そこで、将来、「やっぱり、法律事務所で働きたい」と思った時に、いきなり弁護士業務はできないですよね。とすれば、その気持ちが芽生えてから修習に行けば、弁護士業務への移行がスムースにできそうなので、「修習に行く権利を留保する」というイメージです。

でも、西田さんの新作でも、年配者は就活に苦労する、社会人経験は評価されにくい、と書かれていますよね。一度、会社員としてスタートしてしまったら、弁護士に転向するのは大変ではないでしょうか。
そうでしたね。ならば、会社に復職するという口約束の下に修習に入かせてもらって、修習中に法律事務所に就活して、希望先から内定を得られてから乗り換える、というのが無難ですね(笑)。
会社に迷惑をかけてしまうのが心苦しくなったら、復職することになるのでしょうね。
「会社に残った方がより有為な経験を積める」と思ったら別ですが、転職してやってみたいことがあるなら、心苦しくとも、自分のキャリアを優先して判断すべき場面だと思っています。修習に行かせてくれるアレンジは、おそらく、社内の上司が人事と掛け合ってくれないと実現できないことでしょうから、そういう上司に不義理するのは心が痛むでしょうね。でも、「他人に申し訳ない」と思ってキャリアを選択すると、後々に悔いを残すことにもなりかねません。40歳を過ぎてから「あぁ、10数年前に法律事務所に転職していれば」なんて後悔したくないですからね。不義理をしてしまった人に対しては、別途、何かお返しをできる機会を探すべきだとは思いますが。
「悔い」のないキャリア選択、という話が出ましたが、就活において「悔い」が残らないようにするために気を付けるべきことはありますか。
目の前に現れた選択肢に「自分がここに就職したら、どういう経験を積めるだろう?」というシミュレーションをして、それが納得できるかどうかを真剣に考えてみることですね。逆に「すべての選択肢の中からベストの選択をしなければならない」という気負いは捨てたほうがいいと思います。結婚と同じで、「ミスマッチをなくすためには、お見合いの回数を増やしたほうが良い」とはならないですよね。そもそも、司法試験受験生には「考えられる選択肢をすべて並べて一斉に比較する」という機会は与えられません。企業法務系事務所、一般民事系事務所、任官とそれぞれの採用活動の時期が異なるのですから。修習前の希望が、実務修習を受けてから変わることもあります。自分の志望にも波があり、不完全な選択しかできないことを前提に、決断を下さなければならない時期が来たら、「えいや!」で決めるしかないと思います。極論すれば、「ミスマッチがあれば、転職すればいいや」くらいの感覚でもいいと思います。
就職にミスマッチがあるほうが転職エージェントの仕事は増えそうですね(笑)。
そう言われると「ぐうの音」も出ないのですが(笑)、就職は、「失敗が許される場」だと思っています。仮に、就職して3ヵ月で転職することがあっても、「実務修習をひとつ余分に受けることができて、得をした!」くらいに受け止めてもよいと思います。どんな事務所でも、3ヵ月間ならば、学ぶべき点はあるので。それに、転職活動をすることを考えたら、ブラックな事務所とか、パワハラな先生の事務所に居るほうが、応募先の採用担当パートナーに「あぁ、その事務所ならば、すぐに逃げ出したくなっても仕方がないね」と転職理由を納得してもらいやすいですし(笑)。
新作でも、「石の上にも3年」という格言に従う必要がない、と述べられていますね。
はい、「ミスマッチがある事務所に就職してしまうこと」が失敗なのではなく、「職場にミスマッチがあることに気付いたにも関わらず、そのまま何年も居続けてしまうこと」で、心身を損なったり、年次が上がって転職先が狭まってしまうことが問題だと思っています。
今は、西田さんが就活をされた頃とは異なり、弁護士の就活についても、SNSやインターネットでも口コミ情報が得られるようになりました。玉石混交でも、できるだけ多くの情報を参照するべきだと思いますか。インターネット上の情報との付き合い方についてのアドバイスがあれば、教えてください。
確かに、事務所や職場の評価に関する情報って、事実が書かれている場合ですら、その人の立場と経験に基づく指摘なので、誤った印象を与えてしまうことがありますよね。例えば、「深夜まで事務所で待機させられた」という事実も、これが、M&Aのデューディリジェンスレポートを報告する前夜だったら、仕方ないわけですよね。レポートをチェックしているパートナーにとって、気になった箇所があったら、すぐに原資料をチェックしたアソシエイトから確認を取りたいわけですし。また、「パートナーから怒鳴られた」というアソシエイトからの不満も、もし、それが上場会社の株価に影響を与えるような機密情報を、他者にも聞かれるような場で口にしようとした時に、パートナーから強く叱られた、という場面に基づくものだったら、パートナーに落ち度はないですよね。
判例学習に倣えば、結論だけでなく、理由付けにも着目しろ、ということですね。理由付けが分からない情報は、参照しないほうがよさそうですね。
インターネット上の情報に限らず、転職エージェントをしていると、「本人はキャリア選択で誰の意見を参照するのか?」という問題に直面することがあります。もう10年近く前のことになりますが、私が初めて意識したのは、40歳代の検察官を、当時、日本企業を凌ぐ勢いのあった外資系企業に推薦して、オファーを貰えたのに、最後になって、検察官が「親に反対された」と言って、オファーを辞退してきた時のことでした。当時は、「40歳も過ぎた大人が、親の意見に従うのか!」と呆れたのですが、数年後、その外資系企業は失速したので、「あぁ、あの時の親の反対には先見の明があったな」と思い直したことがありました(笑)。同時に、「キャリア選択において、誰の意見を尊重するか?」は、その時の本人の心の状態を映し出したものなのだな、と気付きました。つまり、「本人が外資系企業への転職に不安を抱いていたから、親の反対がもっとも強く心に響いたのだな」と。
なるほど。確かに、就職先に不安を抱いている内定者が、「ブラック」とか「パワハラ」という表現を目にしたら、不安が増幅してしまいそうですね。
リアルのコミュニケーションで納得いく選択ができているならば、ネット情報に裏付けを求める必要はないと思います。「ブラック事務所」や「パワハラパートナー」と呼ばれるような事務所には、望んで行くことはないでしょうが、仮にそういう事務所に就職してしまったとしても、その経験が転職市場で評価してもらえることもあります。
先ほど「転職理由が納得できる」と仰っていた点でしょうか。
プロフェッショナル・サービスを提供している事務所においては、「クライアントに対して質の高いサービスを迅速に提供するためには、ハードワークが求められることもある」というのは、どこかで身をもって知ってもらう必要があります。それを自らの事務所で厳しく指導すると、「パワハラだ」と言われてしまうこともあるので(苦笑)、他の事務所で「学生気分」「修習生気分」を卒業する洗礼を受けておいてくれると、受け入れる事務所は「憎まれ役」を引き受けなくて済むので助かりますね。もちろん、「無意味なパワハラ」を受けても、心身を害するだけですが、「仕事のクオリティに対する目線の高さから来る厳しい指導」を受けていること自体は、市場価値につながると思います。人材市場では、「仕事の成果に高い目線を持っている弁護士が、後から、案件の性質に応じて、要点に絞って、効率のよい仕事をすることはできても、その逆はない。一旦、適当な仕事の仕方を身に付けてしまった弁護士を後から矯正することは難しい」という見方もありますから。
新作で、弁護士としての最初の数年間に「修行期」というネーミングを付けた背景にも、そういう考え方が伺われました。他方、キャリア選択における「幸福度」も重視されていますよね。
はい、新作のコンセプトとしては、弁護士のキャリアの本丸は、「活躍期」にあるのだから、活躍期における幸福度を高めるためには、「修行期」においては、居心地が悪くても、ワークライフバランスを確保できなくとも、まずは、「良い経験を積むこと」を重視すべきである、というメッセージを込めています。とはいえ、家庭の事情もあり、みんながみんな、仕事に100%打ち込める環境にはないことも理解しています。そこで、アベイラビリティが低い弁護士が人材市場で過小評価されて売れ残りがちであるからこそ、採用側に助言するリクルータとしては、「家庭の事情でアベイラビリティは限られているけど、優秀な人材」を発掘するニーズがあると思っています。実際問題として、「仕事のクオリティが低いアソシエイト」に長時間働いてもらっても仕方ないので(笑)、「稼働時間は限られているけど、仕事の質が高いアソシエイト」をチームとして補い合う工夫が大切になっていると思います。
女性の就活生は、ワークライフバランスを保って働いている女性弁護士の先輩がいる事務所を希望することも多いですよね。
はい。ただ、育児との両立について言えば、先例があれば、育児を応援してくれる事務所のスタンスを期待できる反面で、逆に「ママさん弁護士『枠』」が埋まっている、複数名をサポートはできない、と言われてしまうこともありますね。ママさん弁護士の採用に消極的な事務所も、最初から不寛容だったわけではなく、「過去に、女性アソシエイトの育児をサポートしようと全力を尽くしたのに、結局、本人の方からインハウスに転職されてしまった」などの経験を経て、保守的になってしまっていることもあります。
次に、就活のテクニックについてお伺いさせて下さい。新作では、「リーダーシップをアピールしても無駄」とか「オファーをもらったら、即答しろ」といった大胆な意見が示されていますね(笑)。
自分の方針に自信を持っている方ならば、そもそも私の本を読まないと思うので(笑)、敢えて、極論を言い切ってみました。意図するところは、「会社向けの就活本を読んで、法律事務所に応用するのは辞めたほうがいいですよ」という点にあります。以前、就活生から「内定をもらった場合に、回答まで何週間くらい待ってもらえるのが通常でしょうか?」という質問を受けたのですが、これは、正に、会社への就活と混同した代表例だと思います。
そのポイントは、ポータルでの連載のタイトル(「SH1165 司法試験受験生の就活は法律事務所と企業で何が違うのか(1) 西田 章(2017/05/17)」)にそのまま現れていますね。
会社の採用は、人事担当者が「仕事」として対応していますよね。「いい人」を採ること自体が「仕事」なので、個人の好き嫌いで選考したりしません。それに対して、法律事務所のボス弁にとって、採用選考は「自分の仕事を手伝ってもらうために、自分で給料を支払って雇うアソシエイトに誰を選ぶか?」という、きわめて主観的な選択です。そこでのオファーは「自分と一緒に働いてもらいたい」というメッセージなので、「断られたら自分の全人格を否定されるくらいにショック」という意味でプロポーズに近いものがあります。だから、オファーを出した応募者から「ありがとうございます。でも回答はちょっと待ってください。業界慣行上、2週間は待ってもらえるのが通常ですよね? 他の事務所も見て回ってから返事をさせて下さい」とビジネスライクな返答をされたら、採用熱が醒めてしまってもしょうがないですよね。

<以下、次号に続く。>

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