弁護士の就職と転職Q&A
Q6「『海外進出支援』に向いている人材とは?」
西田法律事務所・西田法務研究所代表
弁護士 西 田 章
大手の法律事務所では、最近、新任パートナーにアジアのオフィスに駐在する弁護士が目立つようになってきました。「SH1166 司法試験受験生の就活は法律事務所と企業で何が違うのか(2)(2017/05/18)」でも、自己PRとして「インド赴任も厭わない」と伝える方法に言及しましたが、「日系企業の海外進出支援業務」は、拡大が期待される分野です。しかし、海外オフィスは成功が約束されているわけではありません。そこで、今回は、日本法弁護士としてアジアのオフィスに赴任して成功するための適性やリスク要因を取り上げてみたいと思います。
1 問題の所在
日本国内のリーガルマーケットは、バブル経済の崩壊後も、外国企業による日本企業の買収等も受けて順調に拡大していましたが、2008年のリーマンショックは国内リーガルマーケットの拡大も停止させました。その後は、日本企業が、人口減少・高齢化を迎えた国内市場よりも、成長シナリオを海外展開に描くようになり、法律事務所も、それに乗り遅れないようにするために新興国進出の支援業務を強化しています。海外案件の受注においては、「プロジェクトに関連するアジア諸国のすべてに拠点を持っています!」とアピールすることがきわめて重要であるため、海外オフィスの設立は加速しました。
現在、海外オフィスの代表に就任している若手パートナーは、ジュニア・アソシエイト時代には、インバウンドの対日投資案件で日本法プラクティスの経験を積んだ世代が中心です。「欧米のクライアントを代理して日本企業等を買収する」という業務を通じて得られたノウハウを、現在では「日本企業を代理して新興国の企業等を買収する」という業務に活かしています。これに対して、新たな世代には(インバウンド経験を十分に積むまでもなく)いきなり海外進出支援に特化したキャリアを歩むことも期待されています。そこで「日本法プラクティスを十分に経験することなく、海外進出支援に特化してもよいのか」「赴任先の海外オフィスが失敗したときにどうなるか」という悩みも生じています。
2 対応指針
海外進出支援には、特定の外国に対象を絞って現地の法曹資格を得られるほどの専門的知識を獲得する方法と、対象国を絞らずに、幅広い地域の現地弁護士とも連携しながら、ビジネスコンサルタント的にアジア進出支援の窓口業務を担う方法があります。特に思い入れが深い国があるならば、前者のキャリアを志向する方法もありますが、日本企業から当該国への投資が縮小した場合にキャリアの転用に苦労することが予想されます。他方、幅広い地域への進出支援を担当する場合には、現地弁護士の選定や下請け管理に関するコミュニケーション能力が求められることになります。
3 解説
(1) 新規事業開拓者のメリット
20年前は、「渉外弁護士とは、英語で日本法を扱う仕事である」「外国法の専門家ではない」と言われていました(1990年代にいち早くシンガポールオフィスを設立した大手事務所も、成長著しい国内市場に経営資源を集中するために、シンガポールオフィスを閉鎖したこともありました)。しかし、その状況はこの数年で激変し、今は、大手の法律事務所の新任パートナーの相当数を海外オフィス駐在が占めるようになりました。
法律事務所では、パートナーが営業マンを兼ねていますので、先輩パートナーと重複した業務分野を担当するだけでは、事務所としての売上げの拡大を見込むことはできません(当該分野のパートナーの立場からすれば、アソシエイトを増員して売上げを拡大すれば十分であり、敢えて所内に競合者を増やすほどのメリットを感じません)。そのため、海外進出支援業務は、「所内の先輩パートナーとは重複しない領域」として、パートナー昇進を期待しやすい分野として注目を浴びました。現実にも、ベトナムやインドへの進出支援で成功した若手パートナーの事例が現れています。
(2) 求められる資質
職人気質な弁護士にとってみれば、「自分が法曹資格を持ってもいない現地法についてのアドバイスをする」ことに対する抵抗感は強くあります。そのため、現地弁護士から入手した現地法アドバイスを依頼者に「つなぐ」業務にやりがいを感じにくいようです。
他方、弁護士業務を「サービス業」として位置付けられるならば、企業担当者が直接にやりとりするよりも、現地弁護士とのコミュニケーションを効率化して依頼者に喜んでもらうことができるならば、専門的知見を自らの名義で提供することにこだわる必要はありません。むしろ、下請け候補として幅広く現地弁護士との人脈を広げ、かつ、優秀な現地弁護士との間では、依頼者に対して迅速かつ合理的な費用で案件を担当してもらえるように深い信頼関係を築いておくことのほうが重要となります(海外にも名前が知られている高価な一流事務所ではなく、知名度は低いながらも優秀な弁護士に安価で下請けをしてもらえることが「つなぎ役」としての付加価値になります)。
(3) 海外オフィスの閉鎖リスク
海外オフィスの成否は、「日本企業が当該国に進出するビジネスチャンスを見出してくれるかどうか」という経済的需要に大きく依存します。これを読み違えてしまうと、駐在員にどれだけの能力があっても成功はできません。そのため、「オフィス閉鎖」というワーストシナリオも考えておかなければなりません。所属事務所としても、事務所の経営方針で海外赴任をさせた弁護士を、赴任先オフィスを閉鎖したからといって、すぐに解雇するとは思えません。しかし、事務所の収益に貢献することができなければ、長くは所内に居場所を見付けることは困難です。
事務所を離れて再出発を図ることを考える場合には、日本法プラクティスの空白期間を考慮すれば、海外展開をする日本企業の社内弁護士がもっとも有力な転職先として挙がってきます。就職活動において、そこまでのシナリオを想定していくと「海外進出法務に従事したいならば、当初から、商社等の社内弁護士として就職したほうがいいのではないか」と考える受験生も現れています(大企業における社内昇進を考えれば、「中途採用組」よりも「生え抜き社員」のほうが優遇されるだろう、という打算も含めて)。
以上