◇SH1564◇弁護士の就職と転職Q&A Q29「『弁護士ランキング』を目指すべきなのか?」 西田 章(2017/12/25)

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弁護士の就職と転職Q&A

Q29「『弁護士ランキング』を目指すべきなのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 今年も、日本経済新聞社が年末の恒例行事である「弁護士ランキング」を発表し、「企業法務」分野で中村直人弁護士が6年連続の1位を獲得されました。同弁護士の1位に異議を唱える声は皆無であり、ランキングの信頼性を担保する象徴的な存在となっていますが、その他のランクイン弁護士の中には、依頼者や職場の同僚からは「マイナス票があれば入れたい」というネガティブな印象を抱かれる人もいます。そこで、今回は、優れた弁護士としての資質と知名度の関係について考えてみたいと思います。

 

1 問題の所在

 日本経済新聞社の調査は「2017年に活躍が目立ったと思われる日本の弁護士」への投票を呼びかけたものです。中村弁護士のように、真に、依頼者から信頼を受けている弁護士もランクインしていますが、文理解釈上は、「優秀さ」や「人柄」を競うものではないために、選挙活動に熱心な弁護士が投票を集めやすい側面があります。

 また、弁護士票についても、同業者から尊敬を受けている弁護士に票が集まるだけでなく、投票権を持つ友人同士でお互いに投票し合うという工夫も成り立つために、「自分と専門分野が被らない有名弁護士の友人が多いと有利」という側面もあります。

 もっとも、ランクインした弁護士にとっても、目に見えるメリットがあるわけではありません。新件依頼が急増するわけでもなければ、「ランキングを見ました」といって飛び込みで相談に来られた人を信用できるわけでもありません。ただ、経営層の目にも触れやすい経済紙に紹介してもらえることは、法律専門誌への論文掲載等では得られない知名度向上の効果はあると思われます。

 しかし、知名度が上がることは、依頼者たる企業にとっては、良いことばかりではありません。リーガルサービスは、常に均質なサービスを提供できるわけではなく、担当弁護士のアベイラビリティが下がれば、サービスの質が落ちるリスクもあります。また、アソシエイトにとってみれば、ボスの知名度が上がって商売が繁盛することは、下請け業務が多忙になることを予感させます。さらに言えば、知名度が高すぎるボスは、その属人的な魅力で仕事を引っ張って来ているため、その下で学んでも顧客を承継できるわけではない、という問題もあります。

 

2 対応指針

 企業法務が、月額顧問料的な仕事スタイルから、専門分野を重視する案件ベースのタイムチャージ方式に移行していく中では、重要案件を受任するためには、知名度を上げていくことは必須です。専門雑誌やセミナーで担当者レベルでの信頼を得ることに加えて、経営者層にも理解しやすい媒体への露出という二重の意味でのマーケティングが求められています。

 カリスマ的ボスの顧客をそのまま承継することは難しいですが、ボスの下で多様な案件に携わる経験を積み重ねることが、案件処理において「二手先」「三手先」を予見できるセンスを磨くことにつながります。

 

3 解説

(1) 依頼者にとって良い弁護士

 企業にとって、「理想の弁護士」とは、①懸案事項と同種・類似案件の経験が深くて、今後に生じる出来事を予見しながら適切な助言を与えてくれることが最重要であり、かつ、②自分達からの質問・相談に対して、すぐに(最優先で)対処してくれて、③コミュニケーションが取りやすい存在、だと思われます。

 知名度が高ければ、重要案件にも関与してくれている可能性があるので、①の観点からはありがたいですが、他方では、知名度が高くて忙し過ぎる弁護士は、アベイラビリティが低くなってしまうために、②の観点からはマイナス要因になります(自社の相談も重要・大型案件ならば優先的に対応してくれる期待もありますが、小さな案件の相談は対応が後回しになるリスクがあります)。

 また、知名度が高いと、弁護士費用も高額になるという不安もありますので、料金のことも含めて、コミュニケーションを取りやすいことが求められます(タイムチャージベースの弁護士費用が高額になるのは、単価よりも、過剰な作業に伴う稼働時間が請求に加算されることに起因しているので、単価が高い有名弁護士でも、ポイントを絞って活用すれば、合理的な範囲に費用を抑えてもらうことも可能です)。

 法務担当者にとって、「知名度が高いこと」を主要因として弁護士を選ぶことは通常はありません。ただ、「知名度が高いこと」は、管理部門たる法務部にとって、免罪符としての利用価値はあります。もし、無名の弁護士を訴訟代理人に起用して訴訟に負けたら、「勝ち筋」を信じていた社内関係者には「代理人選定ミス」を指摘されるリスクもあります。その点、「これだけ有名な先生に依頼したが負けてしまった」というのは、非専門家たる社内関係者に対するエクスキューズの効用を備えています。

(2) アソシエイトにとって良いパートナー

 法律事務所を、単に「給与を得るための職場」と考えた場合には、「労働時間が短くて楽で給与が高い先」が望ましいのかもしれません。しかし、弁護士は、いつまでもアソシエイトでいるわけにはいきませんので、勤務を通じて、案件の処理能力(できれば営業力も)を磨いていかなければなりません。

 そういう意味では、下請け業者たるアソシエイトにとって、理想の元請け業者たるパートナーとは、①筋の良い案件を回してくれて、②ダーティーな案件を回すことなく、③コミュニケーションをとりやすい存在、だと思います。

 知名度が高いパートナーのほうが、①の観点からも、重要案件・大型案件を回してくれる可能性が高く、②の観点からも、事務所経営のために無理に「筋悪の依頼者」を抱える必要がない点では、安心感はあります。もっとも、知名度が高くて、忙し過ぎると、③の観点からは、十分な指導の時間を確保してもらうことができずに、説明不足のままに、一方的に案件を下請けさせられたりすることに不満感が生じることもあります。忙しくてイライラしている時でも、部下であるアソシエイトに対して優しく接することができるのは、よほどの人格者です。

 アソシエイトにとっては、「仕事はイマイチだけど人柄がいい上司」と「仕事はできるけど、パワハラ的上司」の「どちらが、まだましか?」というのは、悩ましい問題です。「終身雇用的な会社員目線」からは、居心地のよい日々を過ごすために前者を選びがちですが、「いずれは自立しなければならないプロフェッショナル的発想」からは、「精神的苦痛を伴ってでも、盗むべき技を持っている上司にお仕えしたい」という考えの支持者もいます(いずれにせよ、「仕事もイマイチでパワハラ的上司」だけは絶対に避けたいところです)。

(3) 知名度を追わないキャリア

 自らが「弁護士ランキングに載るような有名弁護士になりたい」という目標を掲げる必要はありません。知名度は低くとも、何社かの自分が信頼できる企業経営者から継続的顧問契約を貰って、日常的な法律相談、契約書レビュー、労務案件や紛争処理を扱って、時には経営者やその家族のプライベートな相談にも乗ることで事務所を経営する弁護士のほうが実はもっとも幸福な人生を送っているのかもしれません。

 ただ、法分野の専門性を追求しないとしても、「自分の依頼者からは、自分がもっとも信頼される弁護士であること」は目指すべきだと思います。逆に言えば、「安いから利用している」「便利だから依頼している」と言われる弁護士を目指すべきではありません。当該業界のことでも、当該会社のことでも構わないので、「他の弁護士よりも、相談に対して、自分のほうが優れたアドバイスができる」というプライドを持つことは必要です。「優れたアドバイス」という表現は抽象的過ぎるかもしれませんが、依頼者目線で言えば、「予見した範囲のシナリオから外れた展開をさせない」「サプライズを与えない」という点が極めて重要です。そのためには、数多くの案件に携わって、関係者がこういう場面でどう考えてどういう方向で行動するのかの事例を自分の中に蓄積しておくことが必要になります。

以上

 

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