◇SH3474◇債権法改正後の民法の未来92 契約交渉の不当破棄(上) 奥津 周(2021/02/04)

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債権法改正後の民法の未来92
契約交渉の不当破棄(上)

堂島法律事務所

弁護士 奥 津   周

 

 本来、契約交渉当事者が交渉を打ち切ったとしても責任を問われないのが原則であるが、契約締結過程においても信義則の適用はあり、相手方に対して契約が成立するという合理的な期待を抱かせながら、これを不当に破棄した場合などにおいて、損害賠償責任を負うことがあり、旧法下の裁判例においても認められてきた。そこで、この交渉を不当に破棄した者が損害賠償責任を追う場合があることを明文化するという提案がなされ、法制審議会で議論がなされたが、明文化することでの濫用の危険が指摘されたり、要件について議論の一致をみなかった結果、明文化は見送られることになった。

 

1 提案内容

 交渉の不当破棄については、法制審議会の議論の中で、形を変えて幾度も提案された。その具体的な提案内容は下記のとおりである。

① 部会資料41-1

 法制審議会の部会資料41-1では以下の提案がなされていた。

(契約交渉の不当破棄)

  1. (1) 契約交渉の当事者は、原則として、交渉の開始、継続又は破棄によって相手方に生じた損害を賠償する責任を負わない旨の規定を設けるものとしてはどうか。
  2. (2)(1)の例外として、次のア及びイに掲げる場合には、契約交渉の当事者は、相手方に対し、これによって相手方に生じた損害を賠償する責任を負う旨の規定を設けるものとしてはどうか。
  1.  ア 交渉の経緯から相手方が契約の成立が確実であると通常考える場合において、当事者が合理的な理由なく契約の締結を拒絶したとき
  2.  イ アに掲げる場合のほか、当事者が信義則に違反して交渉を行い、又は破棄したとき

 

② 中間試案

 中間試案では以下の提案がなされていた。

(契約締結の自由と契約交渉の不当破棄)

 契約を締結するための交渉の当事者の一方は、契約が成立しなかった場合であっても、これによって相手方に生じた損害を賠償する責任を負わないものとする。ただし、相手方が契約の成立が確実であると信じ、かつ、契約の性質、当事者の知識及び経験、交渉の進捗状況その他交渉に関する一切の事情に照らしてそのように信ずることが相当であると認められる場合において、その当事者の一方が、正当な理由なく契約の成立を妨げたときは、その当事者の一方は、これによって相手方に生じた損害を賠償する責任を負うものとする。

 

③ 部会資料75-Aでの提案

 中間試案に対するパブリックコメントや中間試案後の議論をふまえて、第3読会における部会資料75-Aでは以下の提案がなされた。

 契約を締結するための交渉の当事者が、契約の成立が確実であると相手方に信じさせるに足りる行為をしたにもかかわらず、正当な理由なく契約の成立を妨げたときは、これによって相手方に生じた損害を賠償する責任を負う。

 

④ 部会資料80-Bでの提案

 上記③の提案に対する議論をふまえて、部会資料80-Bでは以下の提案がなされた。

 契約交渉の不当破棄に関する具体的な規律は設けず、それに替えて次のような規律を設ける。

 契約を締結しようとする当事者は、信義に従い誠実に交渉を行わなければならない。

 

⑤ 最終的な提案

 上記③の提案がなされたが、その後の法制審議会での議論の結果、交渉の不当破棄に関する規律をおくことは見送られることになった[1]。その結果、改正法にも交渉の不当破棄に関する規律は設けられず、引き続き要件や効果について解釈に委ねられることになった。

 

2 提案の背景

 一般に契約自由の原則が認められ[2]、契約を締結するかどうかは当事者の自由であることから、契約交渉の結果、契約を締結しなかったとしても、何らかの責任を問われることはないのが原則である。しかし、契約交渉段階に入った当事者間の関係は、何らの接触もない者同士の関係よりも緊密であることから、交渉の相手方に損害を被らせないようにする信義則上の義務を負うと理解されており、契約交渉を不当に破棄した者の責任について議論されてきた。

 契約交渉を不当に破棄した者の責任の法的性質については、学説上は様々な説明がなされているが、裁判例では、契約準備段階における信義則上の注意義務違反を理由として損害賠償責任を認めるものが多い。最高裁判例でも、建築途上の分譲マンションについて、買受希望者の希望により売主が設計変更をして施工したが、結局その買受希望者が資金不足などを理由に買取りをしなかった事案で、買主の契約準備段階における信義則上の注意義務違反を理由として、売主に生じた損害の賠償責任を認めた(最三小判昭和59・9・18判時1137号51頁)。

 そこで、法制審議会においても、契約自由の原則を明文化するとともに、契約交渉を不当に破棄した者の責任について規律をおくことが検討された。

 

3 審議の経過

(1)経過一覧

 法制審議会では、以下のとおり交渉の不当破棄の論点について、審議がなされた。

会議 開催日等 資料等
第9回 H22.5.18 部会資料11-1、11-2
第22回 H23.1.25 部会資料22「民法(債権関係)の改正に関する中間的な論点整理のたたき台(2)」
中間的な論点整理 H23.4.12決定 中間的な論点整理案
第48回、第49回 H24.6.5、H24.6.12 部会資料41
第3分科会第5回会議 H24.9.25 部会資料41、分科会資料6
第67回 H25.1.22 部会資料56「中間試案のたたき台(4)」
中間試案 H25.2.26決定 中間試案
第84回 H26.2.25 部会資料75A
第92回 H26.6.24 部会資料80B

 

(下)につづく

 


[1] 部会資料82-2

[2] 改正前民法には契約自由の原則の規律はなかったが、改正法において、契約締結の自由と契約内容の自由が明文として定められることになった(改正法521条)。

 


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(おくつ・しゅう)

京都大学法学部卒業、2004年弁護士登録(大阪弁護士会)。同年堂島法律事務所に入所し、現在は同事務所パートナー弁護士を務める。国立大学法人大阪大学大学院高等司法研究科非常勤講師。

【主要著作】
(共著)『実践! 債権保全・回収の実務対応』(商事法務、2008)、(共著)『書式で実践! 債権の保全・回収』(商事法務、2010)、(共著)『不動産明渡・引渡事件処理マニュアル』(新日本法規、2017)等

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