◇SH0911◇金融庁、日本精密との契約締結交渉者による内部者取引および重要事実に係る伝達推奨に対する課徴金納付命令 粉川知也(2016/12/06)

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金融庁、日本精密との契約締結交渉者による内部者取引および
重要事実に係る伝達推奨に対する課徴金納付命令

岩田合同法律事務所

弁護士 粉 川 知 也

 

 平成28年11月29日、金融庁は、証券取引等監視委員会(以下「SESC」という。)から日本精密株式会社(以下「日本精密」という。)との契約締結交渉を行っていた担当者Aによる内部者取引及び重要事実に係る伝達推奨の検査結果に基づく課徴金納付命令の勧告[1]を受け、審判手続等を経て、Aに対して課徴金納付命令の決定[2]を行った。

 本決定に先立つSESCの勧告は、金融商品取引法(以下「金商法」という。)等の一部を改正する法律(平成25年6月19日公布、平成26年4月1日施行、以下「平成25年改正」という。)により新たに定められた「会社関係者による取引推奨規制」を適用した初の勧告事案とされており、実務の参考になると考えられるため、紹介する。 

 

 本件は、Aが、日本精密との間で行っていた新株予約権の総数引受契約の締結交渉に関して、同社の業務執行決定機関が同社の発行株式を引き受ける者の募集及び募集新株予約権を引き受ける者の募集を行うことについての決定をした旨の重要事実を知りながら、自ら同社の株式を買い付け、さらに、2名に対して重要事実を伝達、1名に対して同社の株式の買い付けを勧めたものであって、事案の概要は別表記載のとおりである。

 

 金商法上のインサイダー取引の規制について、平成25年改正以前は、相手方の共犯(教唆、幇助等を含む。)となる場合を除いて、重要事実に関する情報伝達行為そのものは規制されていなかった。しかし、会社関係者等からの不正な情報伝達によるインサイダー取引を防止する要請が強まり、情報伝達行為そのものを規制するとともに、情報を伝達することなく取引のみを勧めることで同規制の潜脱が行われることを防止するため、取引推奨行為も規制に加えることとし、平成25年改正によって金商法に167条の2を新設する形で、会社関係者等による情報伝達行為、取引推奨行為についての規制の強化が行われ、重要事実の公表前に実際に取引が行われた場合には、刑事罰(5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金、又は併科)及び課徴金の対象となるよう定められた。

  1.  •  同法167条の2 第1項
    上場会社等に係る第166条第1項に規定する会社関係者(同項後段に規定する者を含む。)であつて、当該上場会社等に係る同項に規定する業務等に関する重要事実を同項各号に定めるところにより知つたものは、他人に対し、当該業務等に関する重要事実について同項の公表がされたこととなる前に当該上場会社等の特定有価証券等に係る売買等をさせることにより当該他人に利益を得させ、又は当該他人の損失の発生を回避させる目的をもつて、当該業務等に関する重要事実を伝達し、又は当該売買等をすることを勧めてはならない。

 もっとも、情報伝達行為、取引推奨行為については、正当な業務行為として通常行われるものなど規制対象とするべきでない行為も存在するため、「当該他人に利益を得させ、又は当該他人の損失の発生を回避させる目的をもつて」との形で主観的な目的要件を設け、規制対象の限定を図っている(詳細は金融庁のQ&A[3]を参照)。また、取引推奨行為の相手方となる被推奨者については、通常は取引に関する重要事実の存在や内容を知ることができないと考えられるため、規制対象とはされていない。

 

 本件においては、Aは自らが行った買い付けについて課徴金納付命令の対象とされるのはもちろん、平成25年改正以前には処分の対象とされていなかった第一次情報受領者2名への情報伝達行為、情報を伝達することなく株式の買い付けの推奨を行った1名への取引推奨行為についても、同人らが実際に取引を行ったことからAも責任を問われ、課徴金納付命令の対象者とされており、今後も同様の行為に対するSESCによる勧告、金融庁による課徴金納付命令決定が下される事例が増加していくものと考えられ、悪質な行為については刑事告発等が行われることも考えられる。

 今回取り上げた法律改正については、平成26年4月1日から施行されていることもあり、既に一定の周知は行われていると考えられるものの、証券市場の公正性及び健全性に対する一般投資家の信頼確保の要請は今後ますます強まり、インサイダー取引に関する規制もより強化されていくことが想定されることから、企業においては、インサイダー取引に対する規制の内容について、役員、従業員に対して改めて周知、徹底を図っていくことが重要と考えられる。

 

 別表(証券取引等監視委員会のHPより引用)

 

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