国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第2回 序章(2)――検討の視座
京都大学特命教授 大 本 俊 彦
森・濱田松本法律事務所
弁護士 関 戸 麦
弁護士 高 橋 茜 莉
第2回 序章(2)――検討の視座
1 実体規定と手続規定
前回述べたとおり、法的な思考の枠組みは、それ程多くはない重要な視点から成り立っている。その一つが、「実体」規定と、「手続」規定とを区分するという視点である。例えば、日本の法律において、民法は「実体」規定を中心としており、民事訴訟法は「手続」規定を中心としている。
ここでいう「実体」規定というのは、当事者の権利義務関係を定めるものであり、訴訟や仲裁における請求は、この「実体」規定を根拠として提起される。たとえば、金銭を貸せば、貸主は借主に対して、金銭を返すことを求める債権(権利)を有することになり、裏を返せば、借主は貸し主に対して、金銭を返す債務(義務)を負うことになる。貸金返還請求訴訟は、貸主が、この債権に基づき請求するものである。
これに対して、「手続」規定とは、当事者の権利義務関係を実現するための手続について定めるものである。その代表例が訴訟手続について定める、上記の民事訴訟法の規定である。
両者の規定は、機能が異なるため、これを区別する視点は有益である。
契約においては一般に、「実体」規定が定められることの方が多いものの、複雑な契約になると「手続」規定が増える傾向にあるというのが、筆者らの認識である。FIDICにおいては、「手続」規定がかなり多く定められており、これらと、「実体」規定とを区別することが、有益である。
ただし、FIDICには、この区分が容易ではない規定も含まれている。法律には、「会社法」のように、組織のあり方を定めるものがあるが、FIDICにも、建設工事をどのような体制で進めるかを定める規定がある。「The Employer」「The Engineer」「The Contractor」の章は、このような体制に関する規定を多く含むものである。
2 権利義務関係の整理
本連載は、「実体」規定から始めるが、そこでは、権利と、これに対応する義務が定められている。何が問題になる権利ないし義務であるかを意識することは、当たり前のことではあるが、法務に携わる上で重要である。
また、権利義務は、誰と誰との間の権利義務であるか、換言すれば、その主体を明確にする必要がある。契約によって定められる権利義務であれば、通常は契約当事者間の権利義務である。ただし、建設・インフラ工事契約であれば、多数の関係者のもとで、多数の契約が交わされることになる。その結果、権利義務関係が多数の関係者間において複雑に成立することになり、権利義務関係を整理する上で、その主体を明確にすることは重要である。
この関係で留意するべきこととして、作業を行う主体と、権利または義務が帰属する主体は異なり得る。たとえば、下請業者(subcontractor)が作業を行う項目についても、EmployerおよびContractor間の契約上は、当該作業について義務を負う主体はContractorである。下請業者は、Contractorとの間の下請契約上、Contractorに対して義務を負うことになるが、Employerに対して直接義務を負わないというのが基本である。
また、FIDICのように複雑な契約となれば、同一の契約当事者間においても、関係する権利義務が多岐に及ぶ。そこで重要なことは、「幹」となる権利義務と、周辺的な権利義務とを切り分け、まずは「幹」となる権利義務の内容を正確に把握することである。建設・インフラ工事契約であれば、受注者が発注者に対して建設工事等を行う義務を負い、発注者が受注者に対して代金支払義務を負うというのが、「幹」となる義務である。
なお、売買契約であれば、「幹」となる義務は、売主の目的物の所有権移転および引渡義務と、買主の代金支払義務である。賃貸借契約であれば、貸主の目的物を引渡し、借主に使用収益をさせる義務と、借主の賃料支払義務である。雇用契約であれば、労働者の労働に従事する義務と、使用者の報酬支払義務である。このように「幹」となる義務は、通常、契約当事者双方がそれぞれ負い、また、それぞれの義務が対応し、対価の関係にある。双務契約(bilateral contract)と言われる契約関係である。
契約関係を整理する上では、「幹」となる権利義務が、どのような内容で、誰と誰との間に成立しているかを、正確に把握することが、出発点として重要である。
3 その他の視点
⑴ 要件と効果
その他の視点としては、「要件」と「効果」を意識することも、多くの場面において有益である。法律のルールは、一定の「要件」が満たされる場合に、一定の「効果」が発生するという形で、定められることが多い。「要件」と「効果」を正確に押さえることは、安定性のある法律論の重要な要素である。
⑵ 原則と例外
「原則」と「例外」に対する意識も、非常に有益である。法律および契約は、「原則」としてのルールを定めつつも、それを貫いた場合の不都合に鑑み、「例外」を設け、バランスをとっていることが通常である。
一般的に、「原則」のルールに則った対応や、主張をした方が、相手方や判断権者(裁判官、仲裁人等)に受け入れられやすく、紛争の予防および解決に資することが多い。したがって、まずは、「原則」のルールを意識することが有益である。
ただし、「原則」のルールには限界があり、その限界を超えると「例外」が登場する。「例外」に対する意識も、「原則」の適用範囲を把握するという観点、あるいは、「原則」が不都合な場合の是正を模索するなど観点から、重要な意味を持つことが多い。「例外」の検討は、事態を打開するための主張を生み出し得るものである。
このように適用範囲の広さが異なるため、あるルールに接したときは、これが「原則」のルールなのか、あるいは「例外」のルールなのかを峻別することも、有用である。
⑶ 趣旨・目的
権利義務関係等の法律関係は、言葉によって、法文または契約書で定められることが多い。ただし、言葉には曖昧な面があり、いかに明確な表現を志向したとしても、限界がある。また、法文または契約書を、将来のあらゆる可能性を完全に網羅する形で作成することも不可能である。そのため、一定の場面において、法文または契約書の字句(法務の用語として、この文脈では「文言」という用語が用いられることが多いことから、以下この用語による)から適用されるべきルールが一義的には定まらず、その文言を解釈する必要が、不可避的に生じる。
この解釈の場面で重要な意味を持ち得るのが、趣旨・目的である。たとえば、この取引の目的は何か、この条項が置かれた趣旨は何か、この原則に対してこの例外が定められた趣旨は何か、といった点が、解釈において重要になり得る。
解釈においてはその他にも、契約交渉経緯、契約履行時の状況、当事者間の公平等、様々な事情が考慮され得るが、趣旨・目的が重要な意味を持つことが多いため、この点に対する意識も有用である。
その他にも、「手続」規定ないし紛争解決手続との関係で、重要な視点が複数ある。これらについては、紛争解決の章で改めて解説する。