国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第31回 第5章・Delay(6)――不可抗力事由による遅延
京都大学特命教授 大 本 俊 彦
森・濱田松本法律事務所
弁護士 関 戸 麦
弁護士 高 橋 茜 莉
第31回 第5章・Delay(6)――不可抗力事由による遅延
1 COVID-19と不可抗力
世界的なCOVID-19の蔓延により、あらゆる業界が深刻な影響を受けたが、建設業界もその例外ではない。ロックダウン等の措置により、サイトの一時閉鎖を余儀なくされたプロジェクトや、自主的な感染拡大防止措置を取るために、予定どおりに工事を進行することを諦めたEmployerおよびContractorも少なくなかったと推察される。また、資材の運搬や技術者の移動も困難となり、これらを前提とした作業への支障も見受けられた。特に発展途上国における国際的な建設プロジェクトでは、人員および物資の両方を他国から導入するのが通常であるところ、渡航制限により工事の進捗に大きな影響が出ている。
この非常事態において注目を集めたのが、契約の中の不可抗力条項である。工事の遅延に関して言えば、COVID-19に起因して生じた遅延につき、不可抗力に基づくものとしてContractorが免責されるか否かという点が、各国で活発に議論されてきた。
そこで、今回は、FIDICのもとでの不可抗力事由による遅延の扱いを取り上げることとする。
2 FIDICにおける不可抗力事由
⑴ 定義
「不可抗力」を表す英文の用語として一般的なのは「Force Majeure」であるが、2017年版のFIDIC Rainbow Suiteでは、「Exceptional Event」という用語が使われている(18.1項。なお、1999年版では「Force Majeure」が使われていたが、内容自体に変わりはない)。
Exceptional Eventは、次の条件を全て満たす事象また状況として定義されている。
- ① 当事者のコントロールが及ばない
- ② 契約締結前の時点では、合理的に対策を講じることはできなかった
- ③ 合理的に回避または克服することもできない
- ④ 他方当事者に実質的に帰責できるものではない
また、Exceptional Eventの例として、下記 (a) ~ (f) のような事象が列挙されている。ただし、これはあくまで例示であり、上記①~④の条件を満たせば、他の事象や状況もExceptional Eventを構成し得ることも明示されている。
- (a) 戦争、戦時活動(宣戦の有無にかかわらない)、侵略、他国による敵対的活動
- (b) 反乱、テロリズム、革命、内乱、軍部による行動または略奪行為、内戦
- (c) Contractorの関係者や従業員(Subcontractorの従業員を含む)以外の者による暴動や騒乱
- (d) Contractorの関係者や従業員(Subcontractorの従業員を含む)のみが関与しているのではないストライキまたはロックアウト
- (e) 軍需品、爆発物、電離放射線、または放射能による汚染に遭遇すること(ただし、Contractorがこれらの軍需品、爆発物、放射線、または放射能を使用したことに起因する場合を除く)
- (f) 地震、津波、火山活動、ハリケーンまたは台風等の自然災害
18.1項で列挙されている事象には、COVID-19のような疫病の蔓延は含まれていない。しかし、上記のとおり、あくまで例示であることからすれば、当該事案において①~④の条件が満たされることを示せる場合には、COVID-19による影響がExceptional Eventを構成することはあり得よう。
⑵ 通知要件・効果
契約の一方当事者が、Exceptional Eventによって、契約上の義務を履行できなくなる場合には、当該当事者は、他方当事者に対して通知をすることにより、その義務の履行の免除を求めることができる(18.2項)。この通知は、当該当事者がExceptional Eventを認識したとき、または認識すべきであったときから14日以内に、かつ、履行を妨げられる義務を特定して、発する必要がある。14日を過ぎて通知した場合も、義務履行の免除が否定されるわけではないが、その効果は他方当事者に通知が到達して初めて発生することになる(すなわち、通知到達前の義務の不履行については責任を負うことになる)。
Exceptional Eventによって当該義務の履行が妨げられている状態が続く間は、義務履行の免除も続くこととされている。
免除対象となる契約上の義務の範囲には、基本的に制限はない(ただし、支払期限の到来した金銭を支払う義務は、Exceptional Eventが発生した場合でも、履行を免除されない。これは、金銭債務には履行不能が観念できないためであると思われる。なお、日本の民法においても、同じ理由で、金銭債務が不可抗力により免責されることはない)。したがって、Contractorが契約上の工期までに工事を完成させる義務も免除対象となり得る。換言すれば、Exceptional Eventによって工事が遅延した場合には、Contractorは当該遅延に対する責任を負わないことになる。すなわち、EOTと同じ効果が得られるのである。
さらに、ContractorがExceptional Eventに起因する遅延にあったり、追加のコストを負担したりした場合、上記の通知を行っていれば、ContractorはEOTを請求することができる(18.4項 (a) )。また、Exceptional Eventが2 ⑴ で述べた (a) ~ (e) に該当する性質のものである場合(かつ、(b) ~ (e) に該当する性質のものであるときは、当該事象がサイトのある国で起きた場合)には、追加コストの支払いも請求することができる(18.4項 (b) )。
しかしながら、Exceptional Eventによる遅延が著しく長引いた場合、プロジェクトを継続すること自体の合理性が下がることも考えられる。そこで、FIDICは、Exceptional Eventによって、工事等の大半が長期間その進行を妨げられたとき(継続して84日間、または、同一のExceptional Eventによって工事等の進行が複数回妨げられた場合には、合計140日間)、いずれの当事者も相手方に対して契約の解除通知を発することができるとしている(18.5項)。この場合、契約解除日は、相手方が解除通知を受領してから7日後となる。
なお、Exceptional Eventによって遅延が生じた場合、各当事者は、当該遅延を最小限に抑えるべく合理的な努力をする義務を負う(18.3項)が、この点については、遅延や損害の軽減義務に関する問題の一環として、次回取り扱うこととする。
3 COVID-19に関するFIDICのガイダンス
2020年4月、FIDICは、COVID-19 guidance memorandum for users of FIDIC standard forms of works contract(Guidance Memorandum)を発表した。このGuidance Memorandumの目的は、FIDICの書式を使った契約の当事者が、互いに納得のいく解決法を探り、紛争を回避することを助けるためであるとされている。
Guidance Memorandumは、ロックダウン等によって工事が行えなくなった場合など、いくつかのあり得るシナリオに基づいた問答形式となっている。無論、あらゆる状況をカバーすることは想定されていないものの、類似の状況に置かれている当事者にとっては、有益な指針となろう。