公職選挙法14条、別表第3の参議院(選挙区選出)議員の議員定数配分規定の合憲性
令和元年7月21日施行の参議院議員通常選挙当時、平成30年法律第75号による改正後の公職選挙法14条、別表第3の参議院(選挙区選出)議員の議員定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡は、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったものとはいえず、上記規定が憲法14条1項等に違反するに至っていたということはできない。
(意見及び反対意見がある。)
憲法14条1項、15条1項、3項、43条1項、44条、公職選挙法14条、別表第3
令和2年(行ツ)第78号 最高裁令和2年11月18日大法廷判決 選挙無効請求事件 上告棄却
原 審:令和元年(行ケ)第30号 東京高裁令和元年12月4日判決
1 事案の概要
本件は、令和元年7月21日施行の参議院議員通常選挙(以下「本件選挙」という。)について、東京都選挙区及び神奈川県選挙区の選挙人であるX(原告、上告人)らが、公職選挙法14条、別表第3の参議院(選挙区選出)議員の議員定数配分規定(以下、数次の改正の前後を通じ、平成6年法律第2号による改正前の別表第2を含め、「定数配分規定」という。)は議員定数を人口に比例して配分していない点において憲法に違反し無効であるから、これに基づき施行された本件選挙の上記各選挙区における選挙も無効であると主張して提起した選挙無効訴訟である。
2 事実関係等の概要
(1) 昭和22年に制定された参議院議員選挙法は、参議院議員の選挙について、参議院議員250人を全国選出議員100人と地方選出議員150人とに区分し、全国選出議員については、全都道府県の区域を通じて選出されるものとする一方、地方選出議員については、その選挙区及び各選挙区における議員定数を別表で定め、都道府県を単位とする選挙区において選出されるものとした。そして、選挙区ごとの議員定数については、憲法が参議院議員につき3年ごとにその半数を改選する旨を定めていることに応じて、各選挙区を通じその選出議員の半数が改選されることとなるように配慮し、定数を偶数として最小2人を配分する方針の下に、各選挙区の人口に比例する形で、2人ないし8人の偶数の議員定数を配分した。昭和25年に制定された公職選挙法の定数配分規定は、上記の参議院議員選挙法の議員定数配分規定をそのまま引き継いだものであり、その後に沖縄県選挙区の議員定数2人が付加されたほかは、平成6年法律第47号による公職選挙法の改正(以下「平成6年改正」という。)まで、上記定数配分規定に変更はなかった。その後、平成12年法律第118号による公職選挙法の改正により、参議院議員の総定数が242人とされ、比例代表選出議員96人及び選挙区選出議員146人とされた。
(2) 参議院議員選挙法制定当時、選挙区間における議員1人当たりの人口の最大較差(以下、各立法当時の「最大較差」というときは、この人口の最大較差をいう。較差についてはいずれも概数である。)は2.62倍であったが、人口変動により次第に拡大を続け、平成4年に施行された参議院議員通常選挙(以下、単に「通常選挙」といい、施行された年に応じて「平成4年選挙」などという。)当時、選挙区間における議員1人当たりの選挙人数の最大較差(以下、各選挙当時の「最大較差」というときは、この選挙人数の最大較差をいう。)が6.59倍に達した後、平成6年改正における7選挙区の定数を8増8減する措置により、平成2年10月実施の国勢調査結果による人口に基づく選挙区間の最大較差は4.81倍に縮小した。その後、平成7年から同19年までに施行された各通常選挙当時の選挙区間の最大較差は5倍前後で推移した。
(3) 最高裁大法廷は、参議院議員選挙に係る定数配分規定の合憲性に関し、平成4年選挙について、違憲の問題が生ずる程度の投票価値の著しい不平等状態が生じていた旨判示したが(最大判平成8・9・11民集50巻8号2283頁)、平成6年改正後の定数配分規定の下で施行された2回の通常選挙については、上記の状態に至っていたとはいえない旨判示した(最大判平成10・9・2民集52巻6号1373頁、最大判平成12・9・6民集54巻7号1997頁)。
その後、平成19年までに施行された通常選挙のいずれについても、最高裁大法廷は、上記の状態に至っていたか否かにつき明示的に判示することなく、結論において当該各定数配分規定が憲法に違反するに至っていたとはいえない旨の判断を示した。もっとも、最大判平成18・10・4民集60巻8号2696頁においては、投票価値の平等の重要性を考慮すると投票価値の不平等の是正について国会における不断の努力が望まれる旨の、最大判平成21・9・30民集63巻7号1520頁においては、当時の較差が投票価値の平等という観点からはなお大きな不平等が存する状態であって、選挙区間における投票価値の較差の縮小を図ることが求められる状況にあり、最大較差の大幅な縮小を図るためには現行の選挙制度の仕組み自体の見直しが必要となる旨の指摘がそれぞれされるなど、選挙区間の最大較差が5倍前後で常態化する中で、実質的にはより厳格な評価がされるようになっていた。
(4) 最大判平成24・10・17民集66巻10号3357頁は、平成22年選挙(最大較差5.00倍)につき、結論において同選挙当時の定数配分規定が憲法に違反するに至っていたとはいえないとしたものの、長年にわたる制度及び社会状況の変化を踏まえ、参議院議員の選挙であること自体から直ちに投票価値の平等の要請が後退してよいと解すべき理由は見いだし難く、都道府県が政治的に一つのまとまりを有する単位として捉え得ること等の事情は数十年間にもわたり投票価値の大きな較差が継続することを正当化する理由としては十分なものとはいえなくなっており、都道府県間の人口較差の拡大が続き、総定数を増やす方法を採ることにも制約がある中で、都道府県を各選挙区の単位とする仕組みを維持しながら投票価値の平等の要求に応えていくことはもはや著しく困難な状況に至っているなどとし、それにもかかわらず平成18年法律第52号による改正後は投票価値の大きな不平等がある状態の解消に向けた法改正が行われることのないまま平成22年選挙に至ったことなどの事情を総合考慮すると、同選挙当時の投票価値の不均衡は、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあった旨判示するとともに、都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式をしかるべき形で改めるなど、現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置を講じ、できるだけ速やかに上記の不平等状態を解消する必要がある旨を指摘した。
(5) 平成24年大法廷判決の言渡し後、選挙区選出議員について4選挙区で定数を4増4減する平成24年法律第94号(以下「平成24年改正法」という。)による公職選挙法の改正が行われた。また、平成24年改正法の附則には、平成28年に施行される通常選挙に向けて、選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い、結論を得るものとする旨の規定が置かれていた。平成25年7月21日、上記改正後の定数配分規定の下で平成25年選挙が施行された(最大較差4.77倍)。
平成25年9月、同28年に施行される通常選挙に向けた参議院選挙制度改革について協議を行うため、選挙制度の改革に関する検討会の下に選挙制度協議会が設置された。同協議会においては、平成26年4月に選挙制度の仕組みの見直しを内容とする具体的な改正案として座長案が示され、その後に同案の見直し案も示された。これらの案は、基本的には、議員1人当たりの人口の少ない一定数の選挙区を隣接区と合区してその定数を削減し、人口の多い一定数の選挙区の定数を増やして選挙区間の最大較差を大幅に縮小するというものであるところ、同協議会において、上記の各案等をめぐり協議が行われたが、各会派の意見は一致しなかった。
(6) 最大判平成26・11・26民集68巻9号1363頁は、平成25年選挙につき、平成24年改正法による4増4減の措置は、都道府県を各選挙区の単位とする選挙制度の仕組みを維持して一部の選挙区の定数を増減するにとどまり、現に選挙区間の最大較差については上記改正の前後を通じてなお5倍前後の水準が続いていたのであるから、投票価値の不均衡について違憲の問題が生ずる程度の投票価値の著しい不平等状態を解消するには足りないものであったといわざるを得ず、したがって、同法による上記の措置を経た後も、選挙区間における投票価値の不均衡は違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあった旨判示するとともに、都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式をしかるべき形で改めるなどの具体的な改正案の検討と集約が着実に進められ、できるだけ速やかに、現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置によって上記の不平等状態が解消される必要がある旨を指摘した。
(7) (5)の後、各会派において法案化に向けた検討が進められ、各会派の見解は、人口の少ない選挙区について合区を導入することを内容とする①「4県2合区を含む10増10減」の改正案と②「20県10合区による12増12減」の改正案とにおおむね集約された。上記①の改正案に係る法律案は、選挙区選出議員の選挙区及び定数について、鳥取県及び島根県、徳島県及び高知県をそれぞれ合区して定数2人の選挙区とするとともに、3選挙区の定数を2人ずつ減員し、5選挙区の定数を2人ずつ増員することなどを内容とするものであり、その附則7条には、平成31年に行われる通常選挙に向けて、参議院の在り方を踏まえて、選挙区間における議員1人当たりの人口の較差の是正等を考慮しつつ選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い、必ず結論を得るものとするとの規定が置かれていた。
平成27年7月28日、上記①の改正案に係る公職選挙法の一部を改正する法律(平成27年法律第60号。以下「平成27年改正法」という。)が成立し、同年11月5日に施行された。同法による公職選挙法の改正(以下「平成27年改正」という。)の結果、平成22年10月実施の国勢調査結果による人口に基づく選挙区間の最大較差は2.97倍となった。
(8) 平成28年7月10日、平成27年改正後の定数配分規定の下で平成28年選挙が施行された(最大較差3.08倍)。
最大判平成29・9・27民集71巻7号1139頁は、平成27年改正法につき、単に一部の選挙区の定数を増減するにとどまらず、人口の少ない選挙区について、参議院創設以来初めての合区を行うことにより、長期間にわたり投票価値の大きな較差が継続する要因となっていた都道府県を各選挙区の単位とする選挙制度の仕組みを見直すことをも内容とするものであり、これによって、数十年間にもわたり5倍前後で推移してきた選挙区間の最大較差は2.97倍(選挙当時は3.08倍)まで縮小するに至ったのであるから、平成24年大法廷判決及び平成26年大法廷判決の趣旨に沿って較差の是正を図ったものとみることができるとし、また、その附則において、次回の通常選挙に向けて選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い必ず結論を得る旨を規定しており、今後における投票価値の較差の更なる是正に向けての方向性と立法府の決意が示されるとともに、再び大きな較差を生じさせることのないよう配慮されているものということができるなどとして、平成28年選挙当時の定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡は、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったものとはいえず、同規定が憲法に違反するに至っていたということはできないとした。
(9) 平成28年選挙において、合区の対象となった4県のうち島根県を除く3県では、投票率が低下して当時における過去最低の投票率となったほか、無効投票率が全国平均を上回り、高知県での無効投票率は全国最高となった。全国知事会は、平成28年7月29日、平成28年選挙において投票率の著しい低下など様々な弊害が顕在化したなどとして、合区の早急な解消を求める「参議院選挙における合区の解消に関する決議」を採択した。また、全国都道府県議会議長会、全国市長会、全国市議会議長会、全国町村会及び全国町村議会議長会においても、合区の早急な解消に向けた決議等が行われ、多くの地方議会でも同様の決議等が行われた。
平成29年2月、参議院の各会派代表による参議院改革協議会が設置され、同年4月、同協議会の下に参議院選挙制度改革について集中的に調査を行う「選挙制度に関する専門委員会」が設けられた。選挙制度に関する専門委員会は、参議院選挙制度改革に対する考え方について、一票の較差、選挙制度の枠組みとそれに基づく議員定数の在り方、選挙区の枠組み等について協議を行った上で、選挙区選出議員について、全ての都道府県から少なくとも1人の議員が選出される都道府県を単位とする選挙区とすること、一部合区を含む都道府県を単位とする選挙区とすること、又は選挙区の単位を都道府県に代えてより広域の選挙区(以下「ブロック選挙区」という。)とすることの各案について検討を行ったほか、選挙区選出議員及び比例代表選出議員の二本立てとしない場合を含めた選挙制度の在り方等についても議論を行った。しかし、これらの議論を経た上で各会派から示された選挙制度改革の具体的な方向性についての意見の内容は、選挙区の単位、合区の存廃、議員定数の増減等の点において大きな隔たりがある状況であった。
平成30年6月、参議院改革協議会において、自由民主党から、平成27年改正による4県2合区は維持した上で選挙区選出議員の定数を2人増員して埼玉県選挙区に配分すること、比例代表選出議員の定数を4人増員するとともに政党等が優先的に当選人となるべき候補者を定めることができる特定枠制度を導入することを内容とする案が示された。その後、上記の自由民主党の提案内容に沿った法律案のほか、現在の選挙区選出議員の選挙及び比例代表選出議員の選挙に代えてブロック選挙区による選挙を導入することを内容とする法律案等が提出され、参議院政治倫理の確立及び選挙制度に関する特別委員会において議論が行われた結果、上記の自由民主党の提案内容に沿った公職選挙法の一部を改正する法律案が可決すべきものとされ、その際、「今後の参議院選挙制度改革については、憲法の趣旨にのっとり、参議院の役割及び在り方を踏まえ引き続き検討を行うこと」との附帯決議がされた。
平成30年7月18日、上記法律案どおりの法律(平成30年法律第75号。以下「平成30年改正法」という。)が成立し、同年10月25日に施行された(以下、同法による改正後の定数配分規定を「本件定数配分規定」という。)。同法による公職選挙法の改正(以下「平成30年改正」という。)の結果、平成27年10月実施の国勢調査結果による日本国民人口に基づく選挙区間の最大較差は2.99倍となった。
(10) 令和元年7月21日、本件定数配分規定の下での初めての通常選挙である本件選挙が施行された(最大較差3.00倍)。本件選挙において、合区の対象となった徳島県での投票率は全国最低となり、鳥取県及び島根県でもそれぞれ過去最低の投票率となった。また、合区の対象となった4県での無効投票率はいずれも全国平均を上回り、徳島県では全国最高となった。
3 本件の訴訟経過等
(1) 原判決は、本件選挙当時、本件定数配分規定の下での選挙区間の投票価値の不均衡は、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったものとはいえず、本件配分規定が憲法に違反するに至っていたということはできない旨判断して(いわゆる合憲状態・合憲の判断)、Xらの請求をいずれも棄却した。これに対し、Xらから上告がされた。
また、本件選挙については、本件と争点を共通にする選挙無効訴訟が全国の高裁・高裁支部に提起され、本件の原審を含む16の裁判体により16件の判決がされている。そのうち、14件(東京高裁の本件の原審を含む2件、大阪高裁、名古屋高裁、名古屋高裁金沢支部、広島高裁2件、広島高裁岡山支部、広島高裁松江支部、福岡高裁、福岡高裁宮崎支部、福岡高裁那覇支部、仙台高裁、仙台高裁秋田支部)においていわゆる合憲状態・合憲の判断がされ、2件(札幌高裁、高松高裁)においていわゆる違憲状態・合憲の判断がされており、いずれの判決についても原告側から上告がされた。
(2) 本判決は、本件選挙当時、平成30年改正後の本件定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡は、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったものとはいえず、上記規定が憲法14条1項等に違反するに至っていたということはできない旨を判断して(いわゆる合憲状態・合憲の判断)、Xらの上告を棄却した。
また、上記のとおり本件選挙に関して提起された他の訴訟についても、最高裁大法廷において本判決と同日に同旨の判決がされている(上告審では、原判決の結論と代理人が共通の事件ごとに、本判決を含めて4件の判決がされている。そのうち2件の判決では、論旨の内容に鑑み、「なお、各論旨は、憲法56条2項、1条、前文第1文前段等を根拠として、本件選挙は憲法の保障する1人1票の原則による人口比例選挙に反して無効であるなどというが、所論に理由のないことは以上に述べたところから明らかである。」との判示が付加されている。)。
4 本判決の要旨
(1) 憲法は、選挙権の内容の平等、換言すれば、議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力の平等、すなわち投票価値の平等を要求していると解される。しかしながら、憲法は、国民の利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させるために選挙制度をどのような制度にするかの決定を国会の裁量に委ねているのであるから、投票価値の平等は、選挙制度の仕組みを決定する唯一、絶対の基準となるものではなく、国会が正当に考慮することができる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものである。それゆえ、国会が具体的に定めたところがその裁量権の行使として合理性を有するものである限り、それによって投票価値の平等が一定の限度で譲歩を求められることになっても、憲法に違反するとはいえない。
憲法が二院制を採用し衆議院と参議院の権限及び議員の任期等に差異を設けている趣旨は、それぞれの議院に特色のある機能を発揮させることによって、国会を公正かつ効果的に国民を代表する機関たらしめようとするところにあると解される。前記の参議院議員の選挙制度の仕組みは、このような観点から、参議院議員について、全国選出議員(比例代表選出議員)と地方選出議員(選挙区選出議員)に分け、前者については全国(全都道府県)の区域を通じて選挙するものとし、後者については都道府県を各選挙区の単位としたものである。昭和22年の参議院議員選挙法及び同25年の公職選挙法の制定当時において、このような選挙制度の仕組みを定めたことが、国会の有する裁量権の合理的な行使の範囲を超えるものであったということはできない。しかしながら、社会的、経済的変化の激しい時代にあって不断に生ずる人口変動の結果、上記の仕組みの下で投票価値の著しい不平等状態が生じ、かつ、それが相当期間継続しているにもかかわらずこれを是正する措置を講じないことが、国会の裁量権の限界を超えると判断される場合には、当該定数配分規定が憲法に違反するに至るものと解するのが相当である。
以上は、最大判昭和58・4・27民集37巻3号345頁以降の参議院議員(地方選出議員ないし選挙区選出議員)選挙に関する累次の大法廷判決の趣旨とするところであり、基本的な判断枠組みとしてこれを変更する必要は認められない。
(2) 憲法は、二院制の下で、一定の事項について衆議院の優越を認める反面、参議院議員につき任期を6年の長期とし、解散もなく、選挙は3年ごとにその半数について行うことを定めている(46条等)。その趣旨は、立法を始めとする多くの事柄について参議院にも衆議院とほぼ等しい権限を与えつつ、参議院議員の任期をより長期とすること等によって、多角的かつ長期的な視点からの民意を反映させ、衆議院との権限の抑制、均衡を図り、国政の運営の安定性、継続性を確保しようとしたものと解される。そして、いかなる具体的な選挙制度によって、上記の憲法の趣旨を実現し、投票価値の平等の要請と調和させていくかは、二院制の下における参議院の性格や機能及び衆議院との異同をどのように位置付け、これをそれぞれの選挙制度にいかに反映させていくかという点を含め、国会の合理的な裁量に委ねられており、参議院議員につき衆議院議員とは異なる選挙制度を採用し、国民各層の多様な意見を反映させて、参議院に衆議院と異なる独自の機能を発揮させようとすることも、選挙制度の仕組みを定めるに当たって国会に委ねられた裁量権の合理的行使として是認し得るものと考えられる。
また、具体的な選挙制度の仕組みを決定するに当たり、一定の地域の住民の意思を集約的に反映させるという意義ないし機能を加味する観点から、政治的に一つのまとまりを有する単位である都道府県の意義や実体等を一つの要素として考慮すること自体が否定されるべきものであるとはいえず、投票価値の平等の要請との調和が保たれる限りにおいて、このような要素を踏まえた選挙制度を構築することが直ちに国会の合理的な裁量を超えるものとは解されない。
(3) 本件選挙は、平成29年大法廷判決の言渡し後に成立した平成30年改正法による改正後の本件定数配分規定の下で施行されたものであるところ、同法は、総定数を増やした上で、選挙区選出議員については、平成27年改正による4県2合区を維持したまま、埼玉県選挙区を2人増員することを内容とするものであった。
平成27年改正により導入された合区は、総定数を大幅に増やす方法を採ることにも制約があった中、半数改選という憲法上の要請を踏まえて各選挙区の定数を偶数で設定しつつも選挙区間の較差を縮小することを可能にするものであったが、その対象となった県における投票率の低下及び無効投票率の上昇と合区との関連性を指摘し、その解消を強く望む意見も存在した。このような状況の下、平成28年選挙施行後、参議院改革協議会の下に設置された選挙制度に関する専門委員会において、一票の較差、選挙制度の枠組み、議員定数の在り方、選挙区の枠組み等について議論が行われ、合区制度の是非や、都道府県を単位とする選挙区に代えてブロック選挙区を導入すること等の見直し案についても幅広く議論が行われた。しかしながら、選挙制度改革に関する具体案について各会派の意見の隔たりは大きく、一致する結論を得ることができないまま、本件選挙に向けて平成30年改正法が成立したものである。このような経緯もあり、同法の内容は、選挙区選出議員に関する従来からの選挙制度の基本的な仕組み自体を変更するものではないが、上記のとおり合区の解消を強く望む意見も存在する中で、平成27年改正により縮小した較差を再び拡大させないよう合区を維持することとしたのみならず、長らく行われてこなかった総定数を増やす方法を採った上で埼玉県選挙区の定数を2人増員し、較差の是正を図ったものである。その結果、平成27年改正により5倍前後から約3倍に縮小した選挙区間の較差(平成28年選挙当時は3.08倍)は僅かではあるが更に縮小し、2.99倍(本件選挙当時は3.00倍)となった。
(4) 平成29年大法廷判決は、平成27年改正法附則7条が次回の通常選挙に向けて選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い必ず結論を得る旨を規定していること等を指摘した上で、平成27年改正は、長年にわたり選挙区間における大きな投票価値の不均衡が継続してきた状態から脱せしめるとともに、更なる較差の是正を指向するものと評価することができるとし、このような事情を総合すれば、平成28年選挙当時の選挙区間における投票価値の不均衡は、違憲の問題を生ずる程度の著しい不平等状態にあったものとはいえないと判示した(前記2(8)参照)。本件選挙は、同判決の言渡しの後成立した平成30年改正法における本件定数配分規定の下で実施されており、その投票価値の不均衡については、同判決の判示した事情も踏まえた検討がされるべきである。
そこで検討すると、平成28年選挙後に成立した平成30年改正法の内容は、結果として、選挙区選出議員に関しては1選挙区の定数を2人増員する措置を講ずるにとどまっている。他方、同法には上記附則のような規定が設けられておらず、同法の審議において、参議院選挙制度改革について憲法の趣旨にのっとり引き続き検討する旨述べる附帯決議がされたが、その中では選挙区間における較差の是正等について明確には言及されていない。国民の意思を適正に反映する選挙制度が民主政治の基盤であり、参議院議員選挙については直ちに投票価値の平等の要請が後退してもよいと解すべき理由は見いだし難く、前記(2)で述べた憲法の趣旨等との調和の下に投票価値の平等が実現されるべきことは平成29年大法廷判決等でも指摘されているのであるから、立法府においては、今後も不断に人口変動が生ずることが見込まれる中で、較差の更なる是正を図るとともに、これを再び拡大させずに持続していくために必要となる方策等について議論し、取組を進めることが求められているところ、上記のような平成30年改正において、こうした取組が大きな進展を見せているとはいえない。
しかしながら、前記のような平成30年改正の経緯及び内容等を踏まえると、同改正は、参議院議員の選挙制度について様々な議論、検討を経たものの容易に成案を得ることができず、合区の解消を強く望む意見も存在する中で、合区を維持して僅かではあるが較差を是正しており、数十年間にわたって5倍前後で推移してきた最大較差を前記の程度まで縮小させた平成27年改正法における方向性を維持するよう配慮したものであるということができる。また、参議院選挙制度の改革に際しては、憲法が採用している二院制の仕組みなどから導かれる参議院が果たすべき役割等も踏まえる必要があるなど、事柄の性質上慎重な考慮を要することに鑑みれば、その実現は漸進的にならざるを得ない面がある。そうすると、立法府の検討過程において較差の是正を指向する姿勢が失われるに至ったと断ずることはできない。
(5) 以上のような事情を総合すれば、本件選挙当時、平成30年改正後の本件定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡は、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったものとはいえず、本件定数配分規定が憲法に違反するに至っていたということはできない。
5 解説
(1)ア 参議院議員選挙に係る定数配分規定の憲法適合性については、昭和58年大法廷判決において、①当該定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡が違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態(いわゆる違憲状態)に至っているか否か、違憲状態に至っている場合には、②当該選挙までの期間内に当該不均衡の是正がされなかったことが国会の裁量権の限界を超えるに至っているか否かの各観点から検討するという基本的な判断枠組みが示され、以後の最高裁判例はこの判断枠組みを前提として憲法適合性の審査を行っている。
イ そして、前記2(4)のとおり、平成24年大法廷判決は、平成22年選挙(最大較差5.00倍)について、上記②の観点から当該選挙当時における定数配分規定が憲法に違反するに至っていたとはいえないとしたものの、上記①の観点につき、都道府県を各選挙区の単位とする現行の選挙制度の仕組みを維持しながら投票価値の平等の実現を図るという要求に応えていくことはもはや著しく困難な状況に至っており、上記選挙時の定数配分規定の下での投票価値の不均衡は違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っていた旨の判断を示し、その解消のためには、都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式をしかるべき形で改めるなど、現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置が必要である旨を判示した。また、前記2(6)のとおり、平成26年大法廷判決は、平成25年選挙(最大較差4.77倍)について、平成24年大法廷判決と結論を同じくしつつ、上記①の観点につき、平成24年改正法による改正後も引き続き違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にある旨の判断を示すとともに、都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式をしかるべき形で改めるなどの具体的な改正案の検討と集約が着実に進められ、できるだけ速やかに、現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置によって上記の不平等状態が解消される必要がある旨を指摘した。
このように2回のいわゆる違憲状態・合憲の判断がされる中で、平成28年選挙に向けて、4県2合区を導入する平成27年改正が行われ、これにより、平成22年国勢調査による人口に基づく選挙区間の較差は4.75倍から2.97倍に縮小した。また、平成27年改正法には、附則7条として、「平成31年に行われる参議院議員の通常選挙に向けて、参議院の在り方を踏まえて、選挙区間における議員1人当たりの人口の較差の是正等を考慮しつつ選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い、必ず結論を得るものとする」とのいわゆる検討条項が付された。
ウ そして、平成27年改正後に行われた平成28年選挙(最大較差3.08倍)につき、平成29年大法廷判決は、これまでの判断枠組みを踏襲しつつ、上記①の観点について、平成27年改正が、合区というこれまでにない制度を導入し、最大較差を長年続いた5倍前後から3倍前後に縮小させたことを積極的に評価し、平成27年改正法附則7条において、今後も抜本的な見直しを検討することとし、これからも較差を是正していく方向性にあることをも理由として、合憲状態との判断を導いている。この点につき、中丸隆「判解」最判解民事篇平成29年度(上)421頁は、「平成27年改正法により較差の是正が図られたことに加えて、同法附則の定めを投票価値の不均衡の客観的状況に関わる重要な要素として一体的に評価していることからすると、最高裁大法廷は、平成27年改正が都道府県を各選挙区の単位とする選挙制度の見直しに踏み込み、選挙区間の最大較差を3倍程度にまで縮小されたことを積極的に評価しつつも、上記附則の定めに照らし、今後における選挙制度の抜本的な見直しや較差の是正に向けた立法府の取組を注視する姿勢を改めて示した」ものとする。
このように、平成29年大法廷判決は、平成28年選挙当時の投票価値の不均衡の客観的な状況を検討して合憲状態との結論を導いたが、この際に、上記較差を静態的に評価するのみではなく、一定期間継続した状態からの変化、今後の方向性といった要素も考慮して、動態的にも評価し、合憲状態との判断を導いたものといえる。平成30年改正は、このような平成29年大法廷判決の判示を踏まえて行われたものであるから、本件選挙における定数配分規定の合憲性の判断においては、上記のとおり平成29年大法廷判決が合憲状態との結論を導くに当たり考慮した点についても検討を要することとなろう。
(2)ア 本判決の多数意見は、上記(1)の基本的な判断枠組み及び平成29年大法廷判決の判断内容を踏まえ、4県2合区を維持した上で選挙区選出議員を2名増員した平成30年改正後の本件定数配分規定の下で行われた本件選挙(最大較差3.00倍)について、前記(1)①の観点から検討を行ったものである。
イ 本判決は、まず、前記4(1)のとおり、選挙制度の決定に係る国会の立法裁量と憲法判断の枠組みを確認した上で、前記4(2)のとおり、憲法が国会の構成について二院制を採用し、衆議院と参議院の権限及び議員の任期等に差異を設けている趣旨に言及し、いかなる具体的な選挙制度によって上記の憲法の趣旨を実現し、投票価値の平等の要請と調和させていくかは国会の合理的な裁量に委ねられている旨、また、政治的に一つのまとまりを有する単位である都道府県の意義や実体等を一つの要素として考慮すること自体は否定されないことを判示した。
続いて、本判決は、前記4(3)のとおり、平成30年改正法の内容、その改正の経緯や背景に触れた上で、「同法の内容は、選挙区選出議員に関する従来からの選挙制度の基本的な仕組み自体を変更するものではないが、……合区の解消を強く望む意見も存在する中で、平成27年改正により縮小した較差を再び拡大させないよう合区を維持することとしたのみならず、長らく行われてこなかった総定数を増やす方法を採った上で埼玉県選挙区の定数を2人増員し、較差の是正を図ったものである。」との評価を行っている。
その上で、本判決は、前記4(4)のとおり、平成29年大法廷判決の判示した事情、すなわち、一定期間継続した状態からの変化、今後の方向性といった点も踏まえた検討がされるべきであるとし、まず、㋐平成30年改正法の内容は、選挙区選出議員を2人増員する措置を講ずるにとどまっており、平成27年改正法附則7条のような検討条項は設けられておらず、附帯決議においても選挙区間の較差の是正については明確には言及されていないことを指摘し、立法府における取組が大きな進展を見せているとはいえないとしたが、㋑平成30年改正の経緯等を踏まえると、参議院議員の選挙制度について様々な議論、検討を経たものの容易に成案を得ることができず、合区の解消を強く望む意見も存在する中で、合区を維持して僅かではあるが較差を是正しており、平成27年改正法における方向性を維持するよう配慮したものであるということができること、参議院選挙制度の改革は、その事柄の性質上慎重な考慮を要し、その実現は漸進的にならざるを得ない面があることなどからすれば、立法府の検討過程において較差の是正を指向する姿勢が失われるに至ったと断ずることはできないとした。
ウ このように、本判決の多数意見は、平成30年改正法の内容自体や同改正を含む立法府における取組は、今後も人口変動が生ずることが見込まれる中にあっては、必ずしも十分なものとはいえないものの、その改正の経緯や、僅かではあるが較差を縮小させていること等をも踏まえれば、平成29年大法廷判決が指摘する方向性等はなお失われてはいないと評価した上で、本件選挙当時、本件定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡は、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったものとはいえず、本件定数配分規定が憲法に違反するに至っていたということはできないと判示した。
そして、その中で、「立法府においては、今後も不断に人口変動が生ずることが見込まれる中で、較差の更なる是正を図るとともに、これを再び拡大させずに持続しているために必要となる方策等について議論し、取組を進めることが求められている」と述べており、平成29年大法廷判決と同様に、最高裁大法廷が、今後における選挙制度の改革や較差の是正に向けた立法府の取組を注視する姿勢を継続していくことを強く示したものといえよう。
(3) 本判決には、三浦守裁判官、草野耕一裁判官の各意見、林景一裁判官、宮崎裕子裁判官、宇賀克也裁判官の各反対意見が付されており、その骨子は以下のとおりである。
ア 三浦守裁判官の意見
投票価値の3倍程度という不均衡は、1人1票という選挙の基本原則に照らし、また、投票価値の平等が国民主権及び議会制民主政治の根幹に関わるものであることに鑑み、なお大きいといわざるを得ず、衆議院については、選挙区間の人口較差が2倍未満となることを基本とする旨の区割りの基準が定められていることにも照らすと、参議院について、数十年を経てなおこのように大きな不均衡が継続していることは、是正されるべき明らかな不平等状態であり、それを正当化すべき合理的な事情のない限り、違憲の問題を生じさせるというべきである。
そして、都道府県を各選挙区の単位とする選挙制度の仕組みは、都道府県が地方におけるまとまりを有する行政等の単位であるという限度において相応の合理性を有していたことは否定できないが、人口の特に少ない選挙区にも2人の定数を配分することにより、不平等状態が継続し、その是正にも著しい困難を伴う状況にあっては、不平等状態を正当化すべき合理的な事情があるとはいえない。また、平成27年改正により導入された合区は、上記の選挙制度の仕組みを部分的、暫定的に改めるにとどまるものであって、都道府県の意義等に照らしその住民の意思を集約的に反映させるという上記の選挙制度の基本的な考え方とも整合しておらず、平成30年改正において合区が維持されたからといって、著しい不平等状態を正当化すべき合理的な事情があるとはいえない。さらに、平成27年改正法附則7条によって示された較差の更なる是正に向けての方向性と立法府の決意が、平成30年改正においても引き続き維持されているものと評価することは到底できないから、このような国会の姿勢等が投票価値の不均衡を正当化すべき合理的な事情とならないことも明らかである。したがって、本件定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡は、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったものというほかない。
ただし、特段の明確な留保を付すことなく投票価値の不均衡につき違憲状態にあったとはいえないとした平成29年大法廷判決を前提にすると、国会において、本件選挙までの間に、本件定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡が違憲状態にあったことを具体的に認識する事情があったと認めることは困難であるといわざるを得ず、そうすると、この状態の是正がされなかったことが国会の裁量権の限界を超えるものということはできないから、本件定数配分規定が憲法に違反するに至っていたということはできない。
イ 草野耕一裁判官の意見
最大較差という指標は選挙制度全体における投票価値の配分の不均衡を論ずるための指標としてはいささか精度を欠いており、これを補完する分析概念としてジニ係数を用いて検討する。投票価値に係るジニ係数は、大要、有権者数と議員数が正比例の状態(ジニ係数0%)からのかい離の程度を割合で示すものといえるところ、違憲状態とされた平成22年選挙と平成25年選挙のジニ係数がそれぞれ22.97%と20.55%であるのに対し、本件選挙のジニ係数は14.22%であって、議員定数の不均衡状態はかなり改善されており、現在の選挙区選挙の総定数、選挙区割り及び各選挙区に最低2人の定数を配分することを前提とする限り、これ以上のジニ係数の改善を望むことは非現実的である。
ジニ係数を更に大きく改善し得る案としては、大ブロックの選挙区を設ける方法、自由区割りとする方法、比例代表選挙を廃止するなどした上で選挙区選挙の定数を大幅に増加させる方法、奇数定数区を設ける方法等が考えられるものの、これらのいずれについても、その案を国会が実施しないことをもって違憲状態であるとの判断をし、その実施を国会に強いることは、選挙制度の立案を国会の裁量に委ねた憲法47条の趣旨に反する。もっとも、総定数を若干名増加する方策によりジニ係数を効率的に改善する余地はあるが、この方策が国会の運営コストを高める可能性があることに鑑みれば、この方策を十分に講じていないことをもって直ちに違憲状態との判断を下すのではなく、むしろ、現状を一応合憲と認めた上で、投票価値の不均衡の存在によって一定の人々が不利益を受けているという具体的かつ重大な疑念の存在が示された場合には違憲状態と捉え直すという、条件付き合憲論を採るべきである。
本件においては、上記の疑念は立証されていないため、現状における投票価値の不均衡が違憲又は違憲状態にあるとはいえない。
ウ 林景一裁判官の反対意見
投票価値の平等は民主代表制の根幹に関わる以上、憲法上特段の理由がない限り、3倍の較差は著しい不平等というべきところ、各選挙区への偶数定数の配分はそれ自体憲法上の要請とはいえず、他に憲法上の特段の理由は見当たらないから、本件定数配分規定の下における投票価値の不均衡について、違憲状態であり、早急に是正されるべきである。
そして、平成28年選挙以降の国会における較差是正の努力は、平成27年改正法附則において「抜本的な見直し」を検討して結論を出すことを法的義務として約束した割に内容が乏しいことは明らかであり、このような結果をもってなお合憲と判断することは、約3倍の較差をいわば「底値」として容認し、あとは現状を維持して較差が再び大きく拡大しなければよいというメッセージを送ったものと受け取られかねない。このような観点から、今回は、違憲状態ではあっても結論として合憲という考えには立ち得ず、本件定数配分規定は違憲であると判断する。結論としては、事情判決の法理によって、違憲の宣言にとどめるとの立場を採る。
エ 宮崎裕子裁判官の反対意見
2倍を超えるような投票価値の不平等は容認できないことが民主主義社会における市民の社会常識として受け入れられていることは先進諸国の取組にも現れていること、また、参議院における投票価値の平等の要請が衆議院より後退してよい理由はなく衆議院については人口較差を2倍未満とする法律が制定されていることに照らせば、最大較差3倍以上という数値は、著しい不平等に当たる。この著しい不平等状態が違憲の問題を生ずるものではないといえるためには、選挙制度を決めた国会の裁量に合理性がなければならない。
本件選挙における選挙制度は都道府県単位の民意集約に意義があることを理由として決定されているから、この合理性が検討されるべきであるところ、合区された県があることからすれば、民意集約の単位は都道府県以外でも代替可能であることを国会も否定していないと考えられる。また、本件選挙における選挙制度は、全選挙区45の95%以上に当たる43選挙区(選挙人総数の97.8%)において都道府県を各選挙区の単位に固定するという点で、投票価値の著しい不平等状態を数十年にわたって継続して生じさせてきた従前の選挙制度と同じメカニズムを内包しており、そのために既に2回の選挙で最大較差3倍以上という著しい不平等を生じさせていることからすれば、都道府県単位の民意集約に意義があるというだけでは、本件選挙の仕組みを決定した国会の裁量に投票価値の平等に係る憲法上の要請を長期にわたって著しい不平等状態にまで後退させることを正当化するほどの合理性があるとはいえない。さらに、平成30年改正の内容はこの結論に影響するものではなく、3年ごとの半数改選という憲法上の制約が国会の裁量の合理性を基礎付けるともいえない。したがって、本件選挙当時、選挙区間における投票価値の不均衡は、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態(違憲状態)に至っていたと考える。
平成27年改正前の選挙制度が都道府県を各選挙区の単位として固定することにより数十年にわたって投票価値の著しい不平等状態(違憲状態)を生じさせてきたことは平成24年大法廷判決で明確に指摘されており、同改正後の選挙制度の基本構造は都道府県を各選挙区の単位として固定するという点において同改正前と同じというべきであるから、従前の違憲状態は同改正後も継続しているといわざるを得ない。この違憲状態を解消すべき義務を負っていることを明確に指摘した同判決の言渡しから約7年後である本件選挙時までに、国会が問題の所在を認識できていたにもかかわらず違憲状態を是正しなかったことは、国会の裁量権の限界を超えるものとの評価を免れず、結論として、いわゆる事情判決の法理により、違法を宣言するにとどめることを相当と考える。
オ 宇賀克也裁判官の反対意見
選挙権が国民主権の基礎になる極めて重要な権利であることに照らせば、国会は、1票の価値の較差がない状態をデフォルトとして制度設計しなければならず、技術的・時間的制約から1票の価値に不均衡が生ずるやむを得ない事情があるのであれば、国会がそのことについて説明責任を負い、合理的な説明がされない場合には、違憲状態にあるといわざるを得ない。
憲法上の参議院と衆議院の議員の任期や解散についての相違は1票の価値の均衡の問題と直接に関わるものではなく、また、選挙区について偶数の定数を配分しなくとも半数改選という憲法の要請を充たすことは可能であることなどからすれば、参議院議員選挙における1票の価値の不均衡を衆議院議員選挙におけるそれよりも緩やかに認める根拠は存在しない。さらに、地域代表の必要性を理由としても投票価値の不均衡の正当化は困難であるから、本件選挙に関し、実質的に1人が3票持つ場合が生ずるという看過し難い投票価値の不平等がやむを得ないものであることについての合理的な説明が国会によってなされているとはいえず、違憲状態にあったといわざるを得ない。
そして、合理的期間論(前記5(1)の②)を前提に考えたとしても、平成24年大法廷判決が速やかに違憲の問題が生ずる不平等状態を解消する必要がある旨を判示した以上、国会は、遅くとも同判決の時点から、参議院議員選挙における投票価値の最大較差を大幅に縮小しなければ違憲状態を解消できないことを認識できたはずであり、平成29年大法廷判決も、今後の較差の更なる是正に向けての方向性や立法府の決意を重要な考慮要素として勘案したものである以上、その認識を改めることを正当化する理由にはならないから、既に合理的期間は経過しているというほかなく、本件定数配分規定は違憲であるといわざるを得ない。ただし、1票の価値の不均衡訴訟は、実質的には判例法により創出された特別の憲法訴訟であって、判決の在り方についても柔軟に判断することが例外的に許容されるべきであることなどから、現時点では違憲を宣言する判決にとどめて、国会の対応を期待することが適切であると考える。
6 本判決の意義
本判決は、最高裁大法廷が、参議院議員選挙に係る定数配分規定の憲法適合性について、累次の大法廷判決で踏襲された基本的な立場に立ち、また、直前の平成29年大法廷判決が示した考慮要素も踏まえつつ、平成30年改正後の本件定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡は、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったものとはいえないとして、本件定数配分規定について合憲である旨の憲法判断を示したものであり、今後実施される参議院議員選挙に係る定数配分規定の憲法適合性の判断においても重要な意義を有するものと考えられる。