◇SH2391◇最二小判 平成30年10月19日 遺留分減殺請求事件(鬼丸かおる裁判長)

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 共同相続人間においてされた無償による相続分の譲渡と民法903条1項に規定する「贈与」

 共同相続人間においてされた無償による相続分の譲渡は、譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き、上記譲渡をした者の相続において、民法903条1項に規定する「贈与」に当たる。

 民法903条1項、905条、1044条

 平成29年(受)第1735号 最二小判平成30年10月19日判決 遺留分減殺請求事件 破棄差戻(民集72巻5号900頁)

 原 審:東京高裁平成29年6月22日判決
 原々審:さいたま地裁平成28年12月21日判決

第1 事案の概要

 1 X及びYは、いずれも亡Aとその妻亡Bの子であるところ、本件は、先に亡くなった亡Aの相続(一次相続)において亡Bから相続分の譲渡を受けたYに対し、上記相続分の譲渡によって遺留分を侵害されたとして、Yが一次相続で取得した不動産の一部についての遺留分減殺を原因とする持分移転登記手続等を求める事案である。本件相続分譲渡が、亡Bの相続において、その価額を遺留分算定の基礎となる財産額に算入すべき贈与(民法1044条、903条1項)に当たるか否かが争われた。

 

 2 事実関係の概要は次のとおりである。

 (1) 亡Aは、平成20年12月に死亡した。亡Aの法定相続人は、亡B、X、Y、C及びDの4名であった。

 (2) 亡B及びDは、亡Aの遺産分割調停手続においてYに相続分を譲渡した(以下、亡初枝のした相続分の譲渡を「本件相続分譲渡」という。)。

 (3) 亡Aの遺産につき、平成22年12月、X、Y及びCの間で遺産分割調停が成立し、それぞれ相続分に応じた財産を取得した。

 (4) 亡Bは、平成26年7月に死亡した。その法定相続人は、X、Y、C及びDである。

 (5) 亡Bは、その相続開始時において、約35万円の預貯金債権を有していたほか、約36万円の未払介護施設利用料債務を負っていた。

 

 3 原審、原々審とも、相続分の譲渡は遺留分算定の基礎となる財産として加算すべき「贈与」に当たらず、Xに遺留分の侵害はないとして、Xの請求を棄却した。そこでXが上告受理申立てをしたところ、第二小法廷は本件を受理し、共同相続人間でされた無償による相続分の譲渡は、譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き、民法903条1項に規定する「贈与」に当たる旨判示して、原審に差し戻した。

 

第2 説明

 1 相続分の譲渡について

 (1) 民法上、共同相続人間において相続分を譲渡することができるとした直接の規定はないが、民法905条1項は、共同相続人の一人が遺産分割前にその相続分を第三者に譲り渡したときは、他の共同相続人はその価額及び費用を償還してその相続分を譲り受けることができる旨定めていることから、同項は相続分の譲渡が認められることを当然の前提としているといえる。また、同項は第三者への譲渡についてのものであるが、これにより共同相続人間の相続分の譲渡も許容されるというのが通説・判例の立場である(松津節子「相続分の譲渡と放棄」梶村太市=雨宮則夫編『現代裁判法大系(12)相続・遺言』(新日本法規、1999)43頁、潮見佳男『相続法〔第5版〕』(弘文堂、2014)154頁、床谷文雄=犬伏由子編『現代相続法』(有斐閣、2010)59頁等)。これは、相続が開始すると、相続人は、遺産分割までの間遺産を共有する状態となるが、実際には共同相続人の間には、遺産の取得を望まない者や、遺産分割手続を煩わしく感じる者もいることは事実であり、また、従来は家督相続制度の下特定の共同相続人に財産を集中させるとの意向を有する場合も多かったことからこのような制度が認められたものといわれている。

 このような相続分の譲渡は、方式、有償又は無償を問わず、当事者間の合意のみで成立する法律行為であると解されている。また、相続分の譲渡自体には遡及効を定める規定もないことから、相続分の譲渡の合意があると、譲渡の時点で譲渡人の相続分が譲受人に移転する。そうすると、相続分の譲渡も、無償で相手方に自己の財産を譲渡する諾成契約である贈与 (民法549条)と、本質に大きな違いがないようにも思われる。

 (2) 学説・判例の状況
 この点について直接論じる学説は見当たらず、本件判決までに、この点に関する最高裁の判例はないが(なお、本件に関しては、当事者は異なるが、本件と同一の論点が問題となり、原審の判断は本件の原審とは逆の結論をとった事案について、同旨の判決(ただし、結論は上告棄却)最二小判平成30・10・19[平成29年(受)第1708号])が言い渡されている。)、公刊されている下級審裁判例の中には、肯定説を採るものとして、東京地判平成24・10・12(判例秘書)、東京高判平成29・7・6 [判時2370号31頁。前掲平成29年(受)第1708号の原審]等があり、否定説を採るものとして、東京地判平成16・11・1(判例秘書)等がある。

 

 2 検討

 (1) 相続分の譲渡が民法903条1項に規定する「贈与」に当たるか否かを検討するに当たり、問題となるのは主に次の3点である。第1点は、「相続分」の譲渡をもって、贈与の対象といえるような具体的な「財産」ないし「財産上の利益」の移転ということができるかという点、第2点は、財産上の利益の移転といえるとしても、それは遺産分割がされるまでの間の暫定的な権利義務関係の移転であり、贈与とみることはできないのではないかという点、第3点は、遺産分割が確定すれば最終的な権利移転が生ずることになるが、遺産の分割は、相続開始の時に遡ってその効力を生ずるものであり(民法909条本文)、遡及効によって相続分の譲渡人は相続開始時から相続財産を取得しなかったことになるから、当該譲渡人から譲受人に対する相続分の贈与があったとすることはできないのではないかという点である。

 (2) 「相続分」の譲渡が「財産」ないし「財産的利益」の移転といえるかについて
 民法905条1項にいう「相続分」とは、必ずしも民法900条にいう「相続分」等とは同義ではなく、「遺産分割前」において「積極財産のみならず消極財産も含めた包括的な相続財産全体に対して各共同相続人が有する割合的な持分」をいうとするのが通説であり、最三小判平成13・7・10民集55巻5号955頁(以下「平成13年最判」という。)もこのような立場に立っているものと思われる。

 そして、遺産共有説の立場からは、相続分の譲渡に伴い、単に持分割合が変動するだけではなく個々の相続財産の共有持分の移転も生ずるものと解される。そうすると、当該相続分に財産的価値があるといえるのであれば相続分の譲渡によって財産的利益も移転するといえる。なお、債務も相続分の譲渡により移転すると考えられるが、債権者との関係では譲渡人も法定相続分に応じた債務を免れないとするのが通説である。

 (3) 暫定的な効果に過ぎないかという点について
 上記のように相続分を解するとしても、これは、遺産分割がされるまでの間持分割合によって暫定的に相続財産を共有する関係を生じさせるものにすぎないから、あくまでも暫定的な権利義務関係の移転と解すべきであって、当該譲渡自体をもって贈与とみることはできないのではないかという問題がある。しかし、各相続人は相続分の割合に応じて被相続人の権利義務を承継し(民法899条)、相続分の譲渡を受けた者は、自己の相続分と譲渡を受けた相続分とを合わせた相続分を有する者として遺産分割協議に参加でき、相続人は相続分に見合った価額の財産の分配を請求できるのであるから、その効果は決して暫定的なものではないと解される 。また、最一小決平成24・1・26集民239号635頁が相続分の指定に対する遺留分減殺請求を認めているのも、指定相続分に財産価値があることを前提にしているものと考えられる。

 (4) 遺産分割の遡及効との関係
 遺産の分割は相続開始の時に遡ってその効力を生じ、これによって相続分の譲渡人は相続開始時から相続財産を取得しなかったことになるから、当該譲渡人から譲受人に対する相続持分の贈与があったとはいえないこととなるのではないかという問題もある。確かに、相続分の譲受人は、民法909条に定める遺産分割の遡及効の適用を受ける地位をも承継しているから、その点のみを根拠に形式論理的に考えれば上記のような考え方も成立しないではない。しかし、現行民法においては、909条ただし書が、遺産分割の遡及効は第三者に対抗できないと規定し、911条ないし913条は、各共同相続人は他の共同相続人に対し担保責任を負うと規定していること等から、法律の定める遡及効は擬制にすぎず、遺産分割の遡及効は、現実に遺産共有状態が存したという事実までもなかったとするものではないと考えられる。また、相続分の譲渡と類似の機能を有する相続の放棄(民法938条)は、絶対的遡及効が認められているが、これは、家庭裁判所への申述等厳格な要式行為であり、二当事者の合意だけで可能な公示手段もない相続分の譲渡がそのような強い効果を有するとも考え難い。少なくとも、本件のように、相続分の譲渡によって被告が財産上の利益を得ている場合、遺留分侵害額の算定に当たってこれを考慮すべきであるのは遺留分制度の趣旨にかなうものであり、このような場合にまで遡及効によって上記利益の移転がないと擬制することは相当でないであろう。

 

 3 本判決は、以上の議論状況の下で、共同相続人間での相続分の譲渡について民法903条1項の特別受益としての「贈与」に当たり得ることを示したものである。同項の「贈与」に当たることを示したにとどまるのであって、当然に「婚姻、養子縁組、生計の資本」としての贈与かどうかは、なお個々の事案で検討されなければならないであろう。もっとも、相続分を譲渡した場合には多くの場合は生計の資本といってよい場合が多いと思われる。

 また、「贈与」という性質上、無償であることは必要であることから、無償によるとの限定が付されたものと思われるが、不相当な対価による場合には通常の贈与と同様に贈与とみなされることがあり得よう。また「当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合」が除かれているのも、財産的利益の移転がなければ贈与とはいえない以上当然のことが述べられているにすぎない。もっとも、その評価方法として「相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して」算定することとされている点は、贈与に当たるかを判断する場面での相続分の財産的価値は、譲渡の時点での相続分の価値を債務や特別受益等も含めて算定されることが想定されていると考えられる。もっとも、遺留分減殺請求の場合、遺留分を侵害されたと主張する者が、当該譲渡された相続分の価額を持戻し計算して自己の遺留分侵害額を主張するのが通常であろうから、相続分に何らかの価値があることが当然の前提になっていると考えられ、財産的価値が否定されて贈与性が否定される場面はかなり例外的な場面であることが想定されているものと思われる。

 

 4 残された問題

 本判決により相続分の譲渡が民法903条1項の「贈与」に当たるとした場合、実務上まず問題になるのは、特別受益としての贈与に当たるとされた場合に、持ち戻すべき「譲渡された相続分」の価額の算定であろう。この点、持ち戻すべき価額の評価基準時は特別受益一般の場合と同じく相続開始時となると考えられる(そうすると、相続分の譲渡時の評価としては何らかの財産的価値があるとされて「贈与」と評価されても、相続開始時の評価としてはマイナスである結果、基礎となる財産に持ち戻す額はゼロになるということもあり得るであろうが、なお検討を要する。)。相続分を具体的相続分と解するか、特別受益等も考慮した法定相続分と解するかについても見解は分かれ得るが、多数説は、相続分の譲渡における相続分とは特別受益等を考慮せず法定相続分のみを切り離して贈与することが相続分を譲渡した者の意図とは考え難いとして具体的相続分と解している(前掲松津44頁、千葉洋三「相続分の譲渡・放棄」野田愛子=梶村太市総編集、松原正明編『新家族法実務大系(3)』(新日本法規、2008)192頁等)。具体的相続分と解した場合、相続分の価値の算定には積極財産のみならず特別受益等も考慮することとなろう。寄与分を考慮するかについては、なお議論の余地は残されているものと考えられる(法務省民事局参事官室編『新しい相続制度の解説』(金融財政事情研究会、1980)281頁)。

 持戻しをした後の具体的な遺留分侵害額の算定や、減殺の対象、請求額の計算も今後に残された問題であろう。公刊されている裁判例では、前掲東京高判平成29・7・6日[判時2370号31頁]では遺留分減殺請求の結果、最終的に減殺請求者が取得した権利内容まで示されており参考になると思われるが、当該判決は、一次相続について遺産分割審判が行われ、譲受相続分を反映した具体的相続分どおりに遺産分割がされたケースにおける事例である(同判決は、最高裁で上告棄却判決がされているが、受理された論旨は、相続分譲渡が贈与に当たるかというものであり、持戻し後の計算についてまで最高裁で是認されたものではない。)。実際には遺産分割調停の結果が必ずしも相続分の譲渡によって取得された相続分の割合を反映していない場合や特別受益がある等も考えられ、このような場合には個別の事情に応じて別途の考慮も要すると思われ、更に事案の集積が待たれるところである。

 

 5 本判決について

 本判決は、実務上多く見受けられるが、その後次の相続でどのように取り扱われるか明らかとなっていなかった相続分の譲渡について当審が初めて民法903条に規定する「贈与」として遺留分算定の基礎となる財産にその価額が持ち戻されることを明らかにしたもので、実務上も理論上も影響が少なくないと考えられる。

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