◇SH3642◇中国:知的財産権侵害の民事事件の審理における懲罰的損害賠償の適用に関する解釈(1) 川合正倫(2021/05/31)

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中国:知的財産権侵害の民事事件の審理における
懲罰的損害賠償の適用に関する解釈(1)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 川 合 正 倫

 

 2021年3月2日、中国最高人民法院は「知的財産権侵害の民事事件の審理における懲罰的損害賠償の適用に関する解釈」(以下「本解釈」という。)を公表し、翌3月3日から施行した。中国の知的財産権侵害による賠償に関する現時点の実務運用は、実損害の補填を主としており、懲罰的損害賠償が適用される事例は、限定的である。知的財産権の関連法令に懲罰的損害賠償制度が初めて導入されたのは、2013年の改正商標法であり、当時の規定では、懲罰的損害賠償金額は、①権利者が権利侵害により被った実際の損失、又は②権利侵害者が権利侵害により取得した利益に基づき確定する賠償金額、もしくは③商標使用許諾料の倍数を参考に合理的に確定する賠償金額の1倍以上3倍以下とされた[1]。これを受けて、実務においても、約5,000万元(約8億円)の高額の懲罰的な商標権侵害賠償を認める事件[2]も見られた。その後も、知的財産権に対する保護の強化に伴い2019年の商標法改正では、懲罰的損害賠償の上限は3倍から5倍まで引き上げられた。また、同年の改正不正競争防止法でも、同様の基準の懲罰的損害賠償規定[3]が導入された。更に、2020年に公布された民法典において、知的財産権侵害に関する懲罰的損害賠償制度の原則が定められたことを受けて、同年の改正著作権法[4]、改正特許法[5]においても、商標法、不正競争防止法と同様に、1倍から5倍以下の懲罰的損害賠償規定が盛り込まれた。これにより、知的財産権分野において、懲罰的損害賠償制度が確立されたと考えられる。

 一方で、上記の関連法令上の規定はいずれも原則的な規定にとどまり、具体的な適用基準やガイドラインが欠けているため、実務運用に差が見られた。本解釈では、法適用の統一性を確保する観点から、懲罰的損害賠償の適用要件、その判断基準、賠償金額の確定等について具体的に定めている。以下、本解釈の主な内容を紹介する。なお、本稿の執筆にあたっては、李紅中国法顧問の協力を得ている。

 

1. 懲罰的損害賠償の適用要件

 本解釈1条1項では、懲罰的損害賠償の適用要件は、①故意に知的財産権を侵害し(主観要件)、かつ②情状が重い(客観要件)ことを明確にした。この主観要件に関し、民法典、著作権法、特許法では、いずれも「故意」とする一方で、商標法及び不正競争防止法では「悪意」とされている。悪意と故意の使い分けは、必ずしも明確ではなく、実務において、故意を直接故意(すなわち、行為者が、その行為が損害結果の発生をもたらす可能性を知りながら、当該結果の発生について、積極的に追求すること)と間接故意(すなわち、行為者が、その行為が損害結果の発生をもたらす可能性を知りながら、当該結果の発生について、放置すること)に分けて、悪意を直接故意に限定する取扱いが見られた[6]。一方で、最高人民法院による初の知的財産権侵害懲罰的損害賠償事件といわれる2020年11月に判決が出された事案では、商業秘密侵害による不正競争民事事件[7](以下「最高人民法院による初の知的財産権侵害懲罰的損害賠償事件」という)において、次の見解が示された。①実務において、直接故意と間接故意を区別することは難しく、両者とも、道徳上同様に非難すべきものであり、懲罰的損害賠償との関係では、直接故意と間接故意を同等に取り扱うことが比較的合理的であること、②不正競争防止法における悪意は、直接故意ではなく、主観上故意があると解するのが妥当であること、③直接故意と間接故意の区別は、懲罰的損害賠償金額の倍数の確定に反映する要素とすべきであること。

 本解釈1条2項は、上記最高人民法院による初の知的財産権侵害懲罰的損害賠償事件の合議廷の解説と同様に、本解釈にいう故意には、商標法63条1項、不正競争防止法17条3項に定める悪意を含むとされた。

 

2. 故意についての認定

 本解釈3条1項によれば、知的財産権侵害の故意認定の際、①侵害された知的財産権の客体類型、②権利状態と関連製品の知名度、③被告と原告又は利害関係者との間の関係等を総合的に考慮しなければならない。この利害関係者については、商標法や特許法等の関連司法解釈によれば、関連知的財産権の使用許諾契約のライセンシー、知的財産権に関する財産権利の合法的相続人等が含まれる。

 また、本解釈では、知的財産権侵害の故意があると初期的に推定できる状況が列挙されている(3条2項)。

  1. ① 被告が原告又は利害関係者の通知、警告を受けた後も、引き続き権利侵害行為を実施する場合
  2. ② 被告又はその法定代表者、管理者が、原告又は利害関係者の法定代表者、管理者、実質支配者である場合
  3. ③ 被告と原告又は利害関係者との間に、労働、労務、合作、許諾、取次販売、代理、代表等の関係が存在し、かつ侵害された知的財産権に接触したことがある場合
  4. ④ 被告と原告又は利害関係者との間で、業務往来又は合意に達するために協議したことがあり、かつ侵害された知的財産権に関し接触したことがある場合
  5. ⑤ 被告が海賊版による著作権侵害行為、登録商標冒用行為を実施する場合
  6. ⑥ 故意と推定できる他の行為がある場合

 

3. 情状重いことについての認定

 本解釈4条1項によれば、知的財産権侵害情状を認定する際に、①権利侵害の手段、回数、②権利侵害行為の継続時間、地域範囲、規模、結果及び③権利侵害者の訴訟における対応等の要素を踏まえ総合的に検討する必要がある。この③については、中国法上、知的財産権侵害事件において、人民法院は、賠償金額を確定するため、権利侵害行為に関連する帳簿、資料の提供を権利侵害者に命じることができ、権利侵害者が人民法院の要求に従ったか、立証妨害の行為があったか等を意味するものと考えられる。

 また、本解釈は、情状が重いと認定できる状況として、次の例を挙げた(4条2項)。

  1. ① 権利侵害行為により、行政処罰に処され又は人民法院に責任を負う旨の判決を言い渡された後に、再び同様又は類似の権利侵害行為を実施する場合
  2. ② 知的財産権侵害を業とする場合
  3. ③ 権利侵害の証拠を偽造、破壊又は隠匿する場合
  4. ④ 保全裁定の履行を拒否する場合
  5. ⑤ 権利侵害行為により取得した利益、又は権利者の損失が巨大である場合
  6. ⑥ 権利侵害行為が国家安全、公共利益又は人身健康に危害を与えうる場合
  7. ⑦ 情状が重いと認定できるその他の状況

 なお、上記②知的財産権侵害を業とすることの判断基準に関し、最高人民法院による初の知的財産権侵害懲罰的損害賠償事件では、以下の見解を示したことがある。

  1. ① 客観面として、行為者がその会社の主な業務として侵害行為を実施し、侵害行為が主な利益源を構成しているか。
  2. ② 主観面として、行為者(会社の実質支配者及び管理陣等を含む)は、その行為が権利侵害に当たることを知りながら侵害行為を実施したか。

 

(2)につづく



[1] 商標法63条1項:商標専用権を侵害した場合の賠償金額は、権利者が権利侵害により被った実際の損失に基づき確定する。実際の損失が確定困難な場合は、権利侵害者が権利侵害により取得した利益に基づき確定することができる。権利者の損失又は権利侵害者の取得した利益が確定困難な場合は、当該商標使用許諾料の倍数を参考に合理的に確定することができる。悪意の商標専用権侵害については、情状が重い場合には、上記の方法に基づき確定する金額の1倍以上3倍以下において賠償金額を確定することができる。賠償金額には、権利者が権利侵害行為を差し止めるために支払った合理的な支出を含めなければならない。

[2] (2019)粤民终477号、(2018)苏01民初3207号等

[3] 不正競争防止法(2019年4月23日施行)17条3項:不正競争行為により損害を受けた事業者の賠償金額は、当該事業者が権利侵害により被った実際の損失に従って確定する。実際の損失を計算することが困難な場合は、権利侵害者が権利侵害により取得した利益に従って確定する。事業者が悪意により営業秘密を侵害する行為をなし、情状が重い場合に、上記の方法に従って確定する金額の1倍以上5倍以下において賠償金額を確定することができる。賠償金額には、事業者が権利侵害行為を差し止めるために支払った合理的な支出を含めなければならない。

[4] 著作権法(2021年6月1日施行)54条1項:著作権又は著作隣接権を侵害したときには、権利侵害者は権利者がこれにより被った実際の損害又は権利侵害者の違法所得に基づき賠償しなければならない。権利者の実際の損害又は権利侵害者の違法所得の計算が困難なときには、当該権利の使用料を参照して賠償させることができる。著作権又は著作隣接権を故意に侵害し、情状が重い場合に、上述の方法に基づき確定する金額の1倍以上5倍以下で賠償させることができる。

[5] 特許法(2021年6月1日施行)71条1項:特許権侵害の賠償額は、権利者が権利侵害により被った実際の損失又は権利侵害者が権利侵害により取得した利益に基づき確定する。権利者の損失又は権利侵害者の取得した利益が確定困難な場合は、当該特許使用許諾料の倍数を参考に合理的に確定する。故意の特許権侵害については、情状が重い場合に、上記の方法に基づき確定する金額の1倍以上5倍以下において賠償金額を確定することができる。

[6] 「北京市高級人民法院による知的財産権侵害及び不正競争事件における損害賠償の確定に関する指導意見及び法定賠償の裁判基準」(2020年4月21日公布、施行、以下「北京高級法院の指導意見」という。)1.13

[7] (2019)最高法知民终562号

 


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(かわい・まさのり)

長島・大野・常松法律事務所上海オフィス一般代表。2011年中国上海に赴任し、2012年から2014年9月まで中倫律師事務所上海オフィスに勤務。上海赴任前は、主にM&A、株主総会等のコーポレート業務に従事。上海においては、分野を問わず日系企業に関連する法律業務を広く取り扱っている。クライアントが真に求めているアドバイスを提供することが信条。

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