◇SH3667◇最一小決 令和3年3月18日 検証物提示命令に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件(池上政幸裁判長)

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  1. 1  電気通信事業に従事する者及びその職を退いた者と民訴法197条1項2号の類推適用
  2. 2  電気通信事業者は、その管理する電気通信設備を用いて送信された通信の送信者の特定に資する氏名、住所等の情報で黙秘の義務が免除されていないものが記載され、又は記録された文書又は準文書を検証の目的として提示する義務を負うか

  1. 1  電気通信事業に従事する者及びその職を退いた者は、民訴法197条1項2号の類推適用により、職務上知り得た事実で黙秘すべきものについて証言を拒むことができる。
  2. 2  電気通信事業者は、その管理する電気通信設備を用いて送信された通信の送信者の特定に資する氏名、住所等の情報で黙秘の義務が免除されていないものが記載され、又は記録された文書又は準文書について、当該通信の内容にかかわらず、検証の目的として提示する義務を負わない。

 (1、2につき)民訴法197条1項2号、電気通信事業法4条
 (2につき)民訴法223条1項、232条1項、234条

 令和2年(許)第10号 最高裁令和3年3月18日第一小法廷決定 検証物提示命令に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件 破棄自判

 原 審:令和元年(ラ)第2230号 東京高裁令和2年2月12日決定
 原々審:令和元年(モ)第2962号 東京地裁令和元年10月31日決定

1 本件の経緯は、次のとおりである。

 相手方は、動画配信サービス等の提供に係るウェブサイトを開設しているところ、そこに設けられている問合せ用フォームを通じて、脅迫的表現を含む匿名の電子メール(以下「本件メール」という。)を受信した。本件メールは、抗告人の管理する電気通信設備を用いて送信されたものであった。相手方は、本件メールの送信者に対する損害賠償請求訴訟を提起する予定であるとして、その送信者の氏名、住所等(以下、電気通信の送信者の特定に資する氏名、住所等の情報を「送信者情報」という。)が記録された電磁的記録媒体等(以下「本件記録媒体等」という。)につき、訴えの提起前における証拠保全として、検証の申出をするとともに抗告人に対する検証物提示命令の申立て(以下「本件申立て」という。)をした。

 

2 原審は、電気通信事業の従事者等に民訴法197条1項2号が類推適用されるとした上で、本件メールが脅迫的表現を含むこと等からすれば、その送信者情報は保護に値する秘密に当たらず、抗告人は、本件記録媒体等を提示する義務を負うとして、本件申立てを認容すべきものとした。抗告人が抗告許可を申し立て、原審はこれを許可した。第一小法廷は、決定要旨のとおり判断して原決定を破棄し、本件申立てを却下した。

 

3 本決定は、まず、電気通信事業従事者等に民訴法197条1項2号が類推適用されるか否かを検討している。学説上、同号の趣旨については、医師、弁護士、宗教等の職(以下、同号に列挙されている職を「法定専門職」という。)の従事者が依頼者等の秘密を保護するために法令上の守秘義務を課されていることに鑑みて、法定専門職従事者等に証言拒絶権を与えたものと解されており、個人の秘密を保護する趣旨から法令上の守秘義務を課されている者には同号が類推適用されるとする見解が多数である(谷口安平=福永有利編『注釈民事訴訟法(6)証拠(1)』(有斐閣、1995)314、315頁〔坂田宏〕等)。本決定も、電気通信事業従事者等につき、電気通信の利用者の秘密を取り扱うものであって、その秘密を保護するために電気通信事業法4条により守秘義務を課されていることに鑑みて、同号が類推適用されるとした。

 本決定は、次に、送信者情報が民訴法197条1項2号により証言拒絶の認められる「黙秘すべきもの」に当たるか否かを検討している。本決定の引用する最二小決平成16・11・26民集58巻8号2393頁は、「黙秘すべきもの」とは、一般に知られていない事実のうち、法定専門職従事者に職務の遂行を依頼した者が、これを秘匿することについて、単に主観的利益だけではなく、客観的にみて保護に値するような利益を有するものをいうとする。原決定は、本件メールが脅迫的文言を含むこと等を指摘して、その送信者情報の秘匿について客観的に保護に値するような利益がないとした。しかし、送信者情報の秘匿について、通信の内容に応じて保護に値する利益の有無を個別に検討することが相当か否かは慎重な検討を要する。すなわち、憲法21条2項後段は、「通信の秘密は、これを侵してはならない」とするところ、学説上、「通信の秘密」に通信内容のみならず送信者情報も含まれることに異論は見当たらず、「通信の秘密は、およそ通信は秘密なものとみなしての保障であり、実質的に保護に値する秘密性を有するか否かの視点とは無関係である」(芦部信喜編『憲法Ⅱ――人権1』(有斐閣、1978)641頁〔佐藤幸治〕)などと解されてきた。同項後段の保護する「通信の秘密」に関する上記の解釈は、電気通信事業法4条の保護する「通信の秘密」に関しても同様に当てはまるといえる。本決定は、上記の解釈の状況等を踏まえた上、同条が通信の秘密を保護する趣旨は、表現の自由の保障を実効的なものとするとともに、プライバシーを保護することにあると解されることのほか、電気通信の利用者は、電気通信事業においてこのように通信の秘密が保護されているという信頼の下に通信を行っており、この信頼は社会的に保護の必要性が高いことを指摘して、電気通信の送信者は、当該通信の内容にかかわらず、送信者情報を秘匿することについて、単に主観的利益だけではなく、客観的にみて保護に値するような利益を有するとしたものと考えられる。

 本決定は、最後に、上記のことは、送信者情報について電気通信事業従事者等が証人尋問を受ける場合と、送信者情報が記載された文書等について電気通信事業者に対する検証物提示命令の申立てがされる場合とで異ならないという実質的根拠を示した上、電気通信事業者は、送信者情報が記載等された文書等について、検証の目的として提示する義務を負わないとした。その法的根拠の説明として、①一般義務である検証物提示義務は正当な事由があれば免れると解した上、証言拒絶事由又は文書提出拒絶事由に当たる事由があればその正当な事由があるとするもの、②民訴法197条1項2号が類推適用されるとするもの、③同法220条4号ハ前段が類推適用されるとするものが考えられるが、結論に違いはないため、本決定はいずれを採るのが相当であるかにつき明示せず、今後の議論に委ねたものと考えられる。

 

4 ところで、平成14年施行の「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(プロバイダ責任制限法)4条は、特定電気通信の発信者情報の開示請求ができるとする。特定電気通信とは、不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信(例えば、インターネット掲示板への投稿)であり、これに当たらない1対1の通信(例えば、本件のようなメールの送信)については同条に基づく請求ができない。同法の立法時には、通信の送信者情報は秘密が強く保障され、刑事手続の令状に基づく場合でなければ開示されないという解釈・運用がされていることを前提とした上で、特定電気通信については、高度の伝播性による被害の著しい拡大性という特質があることを重視し、厳格な要件(権利侵害の明白性等)の下に、手続法上の権利ではなく実体法上の請求権として、発信者情報開示請求権を創設した旨の説明がされている(大村真一ほか「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」ジュリ1219号(2002)102頁、総務省総合通信基盤局消費者行政第二課『改訂増補第2版 プロバイダ責任制限法』(第一法規、2018)70、73頁)。原々決定や原決定のように、電気通信の送信者情報について当該通信の内容次第では検証物提示命令を発する余地があると解した場合、従前の解釈・運用との整合性が問題となるほか、特定電気通信について厳格な要件の下に設けられた発信者情報の開示請求権との関係についても困難な問題が生ずるといえる。

 もっとも、郵政省に設けられた「電気通信サービスにおける情報流通ルールに関する研究会(座長 堀部政男)」が発表した平成9年12月25日付け報告書(総務省のウェブサイトで閲覧可能)では、1対1の通信の発信者情報の開示についても、要件を慎重に検討した上で認められるべきである旨の意見が示されていた。1対1の通信についても、要件を慎重に検討した上、立法により送信者情報の開示請求権を創設することは考えられ、本決定はそれを否定するものではないと思われる。

 

5 本決定は、民訴法197条1項2号、電気通信事業法4条の趣旨等について解釈を示した上、送信者情報が記載等された文書等につき検証物提示命令を発することができるか否かという実務上の影響の大きい問題について判断を示したものであって、理論的にも実務的にも重要な意義を有するものと考えられる。

 

 

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