◇SH3684◇中国:RCEP協定と中国ビジネス(1) 若江悠(2021/07/14)

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中国:RCEP協定と中国ビジネス(1)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 若 江   悠

 

 8年にわたる交渉を経て2020年11月15日に署名されたRCEP(地域的な包括的経済連携)協定は、現在、各国における批准手続が進んでおり、年内には発効する見込みともいわれている。RCEP協定に署名した締約国は、日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド及びASEAN10ヶ国(ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)の15ヶ国であり、総人口22.7億人、GDP25.8兆ドルとそれぞれ世界全体の約3割を占め、日本の貿易総額の約5割を占める地域をカバーしている。インドは2019年に交渉を離脱したが、発効後いつでも再度加入しうるものとされている。

 RCEPは、締約国のうちASEANの構成国の少なくとも6ヶ国及びその他の国のうち少なくとも3ヶ国が批准してから60日後に発効することとされている。

 中国では2021年3月に批准がなされたが、国務院常務会議において李克強総理が「RCEPの実施推進の加速は、我が国が目下の開放を拡大し、改革をさらに促進する重要な突破口である。次のステップは、機会をつかみ、挑戦に対応し、改革開放を深化して、産業の高度化を促進することにある」と述べ、また下記原産地規則の累積ルールに関して、「域内の貿易合作を強く促進し、域内の産業チェーン、サプライチェーンを安定化させ強化させる」と具体的に述べるなど、強い期待をうかがわせる。これを受け、中国商務部も、RCEPは、自由貿易を推進し、国内国際両面で市場及びサプライチェーンを強化する「双循環」という中国の戦略にも資するものとして、中国が2000年代に加盟したWTOと同じレベルの重要性ある協定と位置づけ、国内企業に向けて活用を促す広報、トレーニング等の活動を実施している。

 他方、日本では、通常国会において4月末に批准が完了したものの、CPTPPや日・ASEAN包括的経済連携(AJCEP)及び各国との二国間協定など既存のFTA/EPAと重複する締約国が多いこと、あるいは、米中対立の中で微妙な位置づけであることもあってか、相対的な注目度は高くないようにも感じられる。しかし、RCEPは、日本にとって最大の貿易相手国である中国との間で締結される初のFTA(なお、日韓間でも初のFTAである。)であり、また、日本企業にとって重要な、アジアの広い地域をカバーしていることから、特に東南アジア及び中国をまたぐサプライチェーンを構築している企業は上記原産地規則の累積ルールを活用し特恵関税の享受が可能となるなど、日本企業こそ注目すべき面もある。

 RCEPは、20章から成り、物品貿易、原産地規則、通関手続及び貿易円滑化、衛生植物検疫措置、任意規格、強制規格及び適合性評価手続、貿易上の救済、サービス貿易、自然人の一時的な移動、投資、知的財産、電子商取引、競争、中小企業、経済協力及び技術協力、政府調達、紛争解決といった内容をカバーする大部の協定であるが、本稿では、日中間の貿易や投資に関連する重要なポイントにしぼって紹介したい。

 

1 物品貿易

⑴ 関税撤廃

 RCEPの付属書Ⅰである譲許表(Tariff Commitments)において、各国は、品目ごとに関税引下げの約束(譲許)を行うが、相手国ごとに、各品目に関する関税撤廃の有無及び撤廃の時期(即時、11年後、16年後又は21年後)の点において、異なる内容の譲許がなされている。

 中国は、対日本のほか、対ASEAN構成国、対韓国、対オーストラリア、対ニュージーランドとそれぞれ異なる譲許表を作っている。日本から中国への輸出については、今回関税が撤廃される品目にはエンジンその他の自動車部品、産業用機械、光学機器、鉄鋼製品、化学品、繊維製品など重要な品目も含まれ、日本から中国への工業製品の輸出品目に占める無税品目の割合は8%から86%へと増加することになる一方で、引き続き関税が課せられる除外品目も少なくない。また、農林水産品分野では清酒なども関税撤廃となり最終的には86.6%の撤廃率となるとされる(中国商務省)。

 日本は、すべての締結国向けに単一の譲許表を作成しているが、同一の表において、品目によっては相手国によって異なる関税率が適用されることとされている。中国から日本への輸出についてみると、もともと日本は工業製品については衣類や繊維製品を除いてほとんどが無税又は低い関税を設定しているが、今回その衣類や繊維製品について、多くの化学工業製品とともに、中国からの輸入について関税の撤廃が予定され、注目されている。無税品目の割合は工業製品では98%にのぼる。他方、農林水産品については重要五品目が除外されたことにより、同割合は56%にとどまるとされるが、中国では、最大の輸出国である日本に対する鳥肉、エビ・カニ、一部の野菜・果物・ジュース、ナッツ、香料、コーヒー、ワイン等多くの品目の関税撤廃が実現されたことでさらなる輸出拡大に期待が示されている。

 日中いずれも、すでに既存のFTAを締結している東南アジア構成国などに対する譲許に比べると、日中間で享受される関税の撤廃措置は品目、時期の両面でより保守的な内容となっていることは否定できないものの、日中間の新たな関税撤廃措置に基づき、日本企業の対中国輸出の際の競争力が高まるとともに、中国子会社・関連会社も含めた日中両国にまたがるサプライチェーンを構築している日本企業にとっては、コスト削減につながることが期待される。

⑵ 原産地規則

 締約国からの輸入がRCEP協定に基づく関税の撤廃又は削減(特恵待遇)の対象となるには、締約国の原産品である必要がある。そして、以上のとおり、RCEP締約国であっても相手国ごとに特恵待遇の内容が異なることから、その目的でも、原産地規則に基づいてどの国における原産品と認められる品目であるかが意味をもつことになる。

 ある産品がある締約国の原産品となる要件は、当該物品が、当該締約国において、①完全に得られ又は生産されたか、②当該締約国からの原材料のみから生産されたか、又は③当該締約国の原産品でない原材料を使用している場合には、附属書3A(「品目別規則」)において品目別に定められた特定の要件を満たさなければならない。発効直後の協定では、このうち②との関係で、累積(Cumulation)規定により、他の締約国の原産材料を自国の原産材料とみなすこととされる。したがって、たとえば中国で生産された原材料をASEAN構成国に輸入したうえ最終品を生産し、これが日本に輸出される場合には、(下記に述べる③の要件を満たさない場合でも)②の要件を満たすことなる。そして、当該ASEAN構成国において協定に定義される「軽微な工程」しか行われていない場合(その場合は中国が原産地とされる)を除き、当該最終品は当該ASEAN構成国の原産品とみなされることになり、より有利な関税を享受しうる(2.6条)。

 さらに、加えて、RCEP協定発効後5年以内に、この累積ルールを拡張し、他の締約国での生産行為や付加される価値も累積の対象とする旨の見直しも検討することとされている。

 上記のうち③の品目別規則で定められる要件には、関税分類変更基準(産品のHSコードと使用された全ての非原産材料のHSコードが異なった場合において当該産品が原産品と認められるとする基準。どのレベルでHSコードが異なれば原産品と認められるかによりCC、CTH、CTSHという三つの基準があるが、RCEPではCCを採用する品目が比較的多い。)及び付加価値基準(RCEPでは、産品の生産において締約国で付加された価値が40%以上となった場合に原産品と認められるRVC40の基準が採用されている品目が多い。)があり、品目ごとにこれらの両方又は一方が適用されるものとして定められている。累積ルールが拡張されれば、これらの基準の適用においても、複数の締約国での生産活動等が積算されて③の要件を満たすことになりうる。

 日本企業にはRCEPの対象地域の複数国に進出しており、域内の複数国にまたがったサプライチェーンを構築している企業も少なくない。RCEPのもとでそのような場合でも特恵待遇を享受できる場合が広がることになり、RCEP域内での効率的なサプライチェーンの構築がさらに促進されることが期待される。

⑶ 原産地証明

 原産地ごとに適用される特恵待遇を享受するには、原則として、輸入者による申告に際し原産地証明(Proof of Origin)が必要となるが、RCEPでは、①第三者証明、②認定輸出者、及び③輸出者又は生産者による自己申告の3つの方式があり、それぞれの要件及び手続が規定されている。③についてはラオス、カンボジア及びミャンマーを除く締約国は10年以内に導入することとされている。これに加え、日本における輸入においてのみ、一定の条件のもと輸入者による自己申告が認められる。①については、時間がかかり、実務上、貨物が先に届いたのに輸出元の商工会議所等が発行する原産地証明が届かず、特恵関税の適用を通関後事後的に申請せざるを得ないといった事態が発生しうるが、②であれば証明に係る時間が節約されるとして、中国でも推奨されており、RCEPに適用される認定輸出者制度が発効時に施行されることになっている。

⑷ 通関手続及び貿易円滑化

 各締約国における統一的な税関手続の確保のため、各締約国が、自国の関税法令が国内において一貫して実施され、及び適用されることを確保する義務、輸出入や通過のための手続等の透明性を確保する義務が規定される。具体的な規定としては、通関に必要なすべての情報が提出された後48時間以内に通関を許可し、また急送の貨物については6時間以内に貨物の引取りを許可する手続を採用し又は維持するとの規定が設けられている。もちろん「可能な限り」「通常の状況において」などの条件は付されているが、中国当局からはRCEPの確実な実施に向けた国内法及びガイドラインの制定を進めると表明されていることもあって、実際の税関手続における改善がみられることが期待される。

(2)につづく

 


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(わかえ・ゆう)

長島・大野・常松法律事務所パートナー。2002年 東京大学法学部卒業、2009年 Harvard Law School卒業(LL.M.、Concentration in International Finance)。2009年から2010年まで、Masuda International(New York)(現 NO&Tニューヨーク・オフィス)に勤務し、2010年から2012年までは、当事務所提携先である中倫律師事務所(北京)に勤務。 現在はNO&T東京オフィスでM&A及び一般企業法務を中心とする中国業務全般を担当するほか、日本国内外のキャピタルマーケッツ及び証券化取引も取り扱う。上海オフィス首席代表を務める。

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