◇SH3701◇契約の終了 第15回 入院契約の終了(上) 岡林伸幸(2021/07/29)

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契約の終了
第15回 入院契約の終了(上)

千葉大学教授

岡 林 伸 幸

 

Ⅰ はじめに

1 問題の所在

 入院契約は診療契約の1種であるが、入院に伴う医療機関(医師)と患者の法律関係は、あまり議論がなされていない。そもそも診療契約は、成立時にはその給付内容が未確定であり、その後も治療経過に応じて段階的に定まっていく流動的な性格を負うので、その終了時期にも不確定要素が多いことから、終了時期の確定に困難が伴う場合がある[1]。そこで、入院契約がいつの時点で終了し、医療機関からの退院請求が可能であるか否かが問題となるのである[2]

 そこで本稿では、入院関係終了時の法律関係はどのようなものであるべきかを検討することにする。本稿で念頭に置いているのは、所謂「モンスター・ペーシャント」である。もっとも、入院契約の終了原因はそれに限られるものではなく、総論としての終了原因も検討するが、それを踏まえてどのような場合に患者の意に反する退院請求(強制退院)が可能であるかを探求したいと考えている。

 

2 本稿の構成

 本稿ではまず入院契約の意義・法的性質を検討し、その上で入院契約の終了原因を検討する。そして入院契約終了後の法律関係を検討し、最後に千葉大学医学部附属病院の取組みを紹介してその法的意味を探求する。

 

Ⅱ 入院契約の意義

1 総説

 入院契約は診療契約の一1種であるが、診療の他に賄い食の提供や病室等の賃貸借又は使用貸借等の内容を含む点に特色がある。一般的には、当該入院患者が通院治療可能な程度に傷病を治療することを目的とし、医療機関が、入院患者に対して診療の他、病床の提供や食事の提供等を行い、これに対して入院患者が病院に入院費等を支払うことを内容とする契約関係を「入院契約」と呼称する。そして、患者が診療費を支払うことを内容とする契約関係を「診療契約」と呼称し、「入院契約」以外の診療契約を「入院を伴わない診療契約」と呼称する[3]

 

2 法的性質・特徴

 診療契約は、特約のない限り、準委任契約と解されている。入院契約も、診療契約の1種であることから、準委任契約と解されている。

 この点に関しドイツでは、入院契約は、主として雇用契約(医学的治療及び看護)の要素を含み、従として使用賃貸借契約(部屋の引渡・宿泊)及び売買又は請負契約(賄い)の要素を含んだ混合契約と考えられている[4]。ドイツではその歴史的経緯から、診療契約を雇用契約の特別類型としている(独民630条b)。つまり患者(雇用主)が医師(労働者)を雇っていると構成している。したがって、本来であれば、医師は患者の業務命令に従って労務の提供を行うことになるが、診療契約においては、伝統的に医師は患者から独立して業務を遂行することが認められてきた(独立雇用契約)。またそのためにドイツでは診療契約を「医師と患者」の間の契約と捉えているが(独民630条a)、診療契約を準委任契約であると捉える我が国ではむしろ「医療機関と患者」の間の契約と捉えるのが一般的である。おそらくドイツでは「病院=労働者」と捉えがたいのに対して、我が国では「病院=受任者」と捉えるのに何らの障害がないからであろう。前述のように、我が国の入院契約も病室の貸借等の給付を含んでいる。しかしながら、ドイツを模倣して、入院契約の法的性質を「委任を主とし、賃貸借・売買・請負を従とする混合契約」と捉える必要はないであろう。なぜなら、契約の法的性質は給付の内容によって決定されるのではなく、意思表示の内容により類型化されるものであるからである。また実務上意義があるのは、紛争が生じた場合にどの規範を用いて解決するかの基準となる点である。後述するように、賃貸借等の規定が適用ないし類推適用されることはないので、この点でもあえて混合契約と解する必要はないであろう。したがって、我が国の入院契約は診療契約の1種としての準委任契約と解せば、それで十分であろう。

 入院契約の特徴として、入院契約において患者は入院していることにより医療機関内の施設に日夜滞在するものであり、患者と医療機関との関係は一層密接であり、信頼関係が損なわれると、正常な診療がより困難となることが挙げられる。他方で、患者の行為により医療機関に与える影響も大きなものになる傾向がある。そして患者の傷病の程度は、入院を伴わない診療契約に比して重い傾向にある[5]

 

3 入院契約と診療契約

 入院契約と診療契約の関係はどうか、つまり入院契約は診療契約から独立した契約類型かという問題がある。

 入院契約に関し、病院は単に医師が医業を行う場所にすぎない(病院場所説)のか、病院に医師も含まれ病院が医業を行う主体である(病院主体説)のか、という議論がかつてなされていたが、現在では組織医療が重視され、病院が一体となって診療を行っている現状からは、病院主体説が妥当であると一般に考えられている[6]。この見解に立てば、病院は入院契約を含む診療契約を患者と締結することができるのであるから、両者は本質的に一体の契約ということになる。

 また「入院契約は独立した契約か」という議論に関して、ドイツでは入院契約を独立した契約と解している。前述のように、診療契約は「医師と患者」の間の契約に限られるので、病院と患者間の契約を別立てにする必要があるからである。ドイツの入院契約には、総合的病院入院契約と分割的病院入院契約の区別があり、前者は更に指定医師附契約を伴う場合と伴わない場合とがある。総合的病院入院契約とは、医師による給付と医師によらない給付を含めた入院加療に必要な全ての給付を提供する契約である。これに対して分割的病院入院契約は、病院は医師によらない給付のみを提供し、医師による給付は治療を担当する医師本人(多くは当該病院の病院登録医師[7])が提供する契約である。指定医師附契約を伴う総合的病院入院契約とは、総合的病院入院契約に加えて、指定された医師(多くは当該病院の医局長)と患者が治療契約を締結する類型である[8]

 これに対して我が国では、指定医師附契約を伴わない総合的入院契約の類型しかない。たとえ患者が特定の医師の治療を受けるために、その医師が勤務する病院に入院したとしても(あるいは入院中に特定の医師を指名したとしても)、その医師と患者の間で委任又は雇用契約が締結されるわけではない。しかも、入院契約の当事者は病院と患者であり、医師は病院の履行補助者と構成されている。結局、入院契約は入院給付を伴う診療契約と解され、診療契約から独立した契約とは認められないことになる。

(下)につづく

 


[1] 上山泰「入院患者への退院請求」甲斐克則=手嶋豊編『医事法判例百選〔第2版〕別冊ジュリ219号』(有斐閣、2014)169頁。

[2] 清藤仁啓「入院契約の終了」早稲田大学法務研究論叢2号(2017)37頁。

[3] 清藤・前掲[2] 39頁。

[4] Hans Brox/Wolf-Dietrich Walker:Besonderes Schuldrecht,40.Aufl.,2016.S.307.

[5] 清藤・前掲[2] 39~40頁。

[6] 野田寛「医療契約をめぐる諸問題」植木哲先生還暦記念『医事法の方法と課題』(信山社、2004)113頁。

[7] 病院登録医とは、普段は病院外で医療活動を行っているが、入院治療を必要とする患者が現れた場合には、病院の設備を使用して治療を行う医師のことをいう。そのために、予め当該病院に登録しておく必要があるので、病院登録医と呼ばれている。

[8] Brox,a.a.O.,S.307-9.Dirk Looschelders:Schuldrecht Besonderer Teil,11.Aufl.,2016.S.244-5.

 

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