◇SH3741◇マレーシア:会社の実質的保有者届出規制とノミニースキーム再検証の動き(1) 長谷川良和(2021/09/06)

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マレーシア:会社の実質的保有者届出規制とノミニースキーム再検証の動き(1)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 長谷川 良 和

 

 近年、マネー・ロンダリングやテロ資金供与対策等を目的として会社の実質的保有者の届出を義務付ける法域が増えているが、マレーシアにおいても会社の実質的保有者に関する情報の届出規制が導入され、現在、会社として実質的保有者に関する情報を取得、維持及び更新する移行期間と位置づけられている。実質的保有者に関する情報への権限ある当局及び法執行機関によるアクセスが認められること等もあり、特に外資による株式保有制限やブミプトラによる株式保有要件等の実質的回避を目的とした名義株主スキーム(「ノミニースキーム」)を採用している企業において、ノミニースキームのリスクを再検証する動きが実務上見られる。

 そこで、本稿では、まずマレーシアにおける会社の実質的保有者届出規制の概要を説明し、次いでノミニースキームのリスクと当該リスクの再検証の動きについて紹介することとしたい。なお、マレーシアの実質的保有者届出規制は、会社のみならず有限責任組合(LLP)にも適用されるが、本稿では有限責任組合に関する記述は割愛し、マレーシアの株式有限責任会社かつ閉鎖会社を念頭に概説する。

 

会社の実質的保有者届出規制の概要

A)実質的保有者情報の要求及び通知

 マレーシア会社法上、一部の例外を除き、会社は通知書によって各株主に対し指定した合理的期間内[1]に、(ⅰ)当該株主が会社の議決権付株式を実質的保有者として保有しているか又は受託者として保有しているかを会社に対し通知し、かつ、(ⅱ)受託者として議決権付株式を保有する場合には、可能な限り当該株式保有の委託者の氏名及び利害関係の性質を特定して示すよう要求することができる。また、会社は、議決権付株式に関して他者が利害関係を有する旨の通知を受けた場合には、通知書によって当該他者に対し指定した合理的期間内に、上記(ⅰ)(ⅱ)と同様の事項を通知しかつ示すよう要求することができる。

 また、会社は通知書によって各株主に対し指定した合理的期間内に、会社の議決権付株式に係る当該株主による議決権行使について他者が支配権能を有する合意又は取り決めがあるか、またある場合には当該合意又は取り決めの詳細と当事者を会社に対し通知するよう要求することができる。

 

B)「実質的保有者」の意味

 上記規制でいう「実質的保有者」(beneficial owner)とは、株式の最終的な保有者であり、いかなるノミニー(名義人)も含まないと定義されている。ここでいう「株式の最終的な保有者」は、次の一又は複数の基準を満たす個人(自然人)と定義されている(実質的保有者報告枠組ガイドライン。以下「ガイドライン」という)。

  1. a. 直接又は間接に会社の株式に係る利益の20%以上を保有する者
  2. b. 直接又は間接に会社の議決権付株式の20%以上を保有する者
  3. c. 会社又はその取締役会若しくは経営陣に対し、公式又は非公式を問わず、最終的な有効支配を行使する権利を有する者
  4. d. 取締役会において議決権の過半数を有する取締役を直接又は間接に選任又は解任する権利又は権能を有する者
  5. e. 会社の株主であり、他の株主との契約に基づいて、当該会社の議決権の過半数を単独で支配する者

 

C)実質的保有者名簿の作成・登記官への通知・アクセス

 会社が実質的保有者又は受託者に関する情報を受領した場合、会社は所定の事項を記入した実質的保有者名簿及び裏付書類を会社の登録事務所又は株主名簿の保管場所と同じ場所において保管し、かつ商業登記官に通知する義務を負う。また、実質的保有者に関する情報に変更が生じた場合には、実質的保有者名簿を更新し、かつ商業登記官に当該変更の事実を通知する義務を負う。

 更に、会社は、実質的保有者情報が権限ある当局及び法執行機関により適時にアクセス可能となるよう確保する必要がある。「権限ある当局及び法執行機関」の意味については、ガイドライン上、定義されていないが、会社法改正案(2020年)は、商業登記官に提出される実質的保有者情報は、①法定の一定の機関、具体的には、マレーシア警察、マレーシア腐敗防止委員会、マレーシア税関当局、マレーシア中央銀行及びマレーシア証券委員会、②実質的保有者名簿に記録されている実質的保有者、及び、③実質的保有者により授権された者に限ってアクセス可能と定めている。もっとも、会社法改正案は未だ成立しておらず、今後変更される可能性もなおあり得る点、留意する必要がある。

 

(2)につづく



[1] ガイドラインの書式上、1ヵ月とされている。

 


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(はせがわ・よしかず)

東京大学法学部卒業、同大学院法学政治学研究科修了、Columbia University School of Law(LL.M.)卒業。三菱商事株式会社勤務、Allen & Gledhill LLP(シンガポール)出向を経て、2013年1月から長島・大野・常松法律事務所シンガポール・オフィス勤務。

シンガポールを拠点に、シンガポール、マレーシア、ミャンマーを含む東南アジアその他アジア地域において、進出、日常的な法務問題、M&A、ジョイント・ベンチャー、危機対応、エネルギー・インフラ案件等、日系企業が直面する法律問題を幅広くサポートしている。

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