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本件は、株式会社A(以下「A社」という。)が、東京都知事から株式会社B(以下「B社」という。)を滞納者とする都税に係る徴収金(以下「本件徴収金」という。)について地方税法11条の8の規定による第二次納税義務の納付告知(以下「本件納付告知」という。)を受けたため、A社を吸収合併したXが、Yを相手に、その取消しを求めた事案である。
第二次納税義務とは、納税義務者が租税を滞納した場合において、その財産について滞納処分を執行してもなおその徴収すべき額に不足すると認められる場合に、納税義務者と一定の関係を有する者が納税義務者に代わって租税を納付する義務をいい、国税及び地方税について、ほぼ同様の規定が設けられている(国税徴収法32条以下、地方税法11条以下)。
地方税法11条の8は、無償又は著しい低額の譲受人等の第二次納税義務について定めているところ、本件では、本件納付告知が同条にいう「滞納者の地方団体の徴収金につき滞納処分をしてもなおその徴収すべき額に不足すると認められる場合」との要件(以下「徴収不足要件」という。)を満たすものであるか否かが争われた。
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事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) A社は、平成20年12月から平成21年2月にかけて、B社から複数の不動産を譲り受けたほか、別の会社から譲り受けた複数の不動産についてB社を抵当権者とする抵当権設定登記の抹消を受けた。これらの不動産の譲渡等については、原々審及び原審において、地方税法11条の8にいう「著しく低い額の対価による譲渡」、「第三者に利益を与える処分」に当たると判断されている。
(2) B社については、平成21年2月に再生手続開始の決定がされたが、同年3月、再生手続廃止の決定がされ、包括的禁止命令の発令を経て、同年4月21日、破産手続開始の決定がされ、破産管財人が選任された。
(3) B社を滞納者とする本件徴収金の額は、本件納付告知がされた平成21年8月4日の時点で本税と延滞金を合わせて約16億円であったが、東京都知事は、差押え済みのB社の財産のうち換価未了のものの配当見込額を合計約4.5億円と検討していた。なお、東京都知事は、同年6月から7月にかけて、破産管財人に対し、本件徴収金の全額を財団債権として交付要求していたが、本件納付告知の時点では破産財団が未確定で最終的なYへの配当額の有無が不明であったなどとして、上記の交付要求については配当見込額に計上していなかった。
東京都知事は、B社が前記(1)の不動産の譲渡等をしたためにB社に対して滞納処分をしても本件徴収金の額に不足することとなったと判断し、平成21年8月4日付けで、A社に対し、本件納付告知をした。
(4) 破産管財人が作成した平成21年4月21日現在の清算貸借対照表では、B社には、別除権の対象ではない約77億円の清算価値の資産があるとされ、同年10月20日の時点におけるB社の破産財団の現在高は約38億円に上っていた。また、B社は、これとは別に、包括的禁止命令がされる前から、別除権の対象ではない財産として、信託銀行に対する約68億円の預託金返還請求権を有していた(破産管財人は、平成22年7月までの間に、上記の預託金の返還を受けた。)。
そして、東京都知事は、平成22年9月、前記(3)の交付要求に係る財団債権に対する弁済として約9.6億円の納付を受けたほか、これを含め、同年11月までの間に、B社の財産から合計約14億円を徴収して滞納本税を全額回収した。また、東京都知事は、残余の延滞金約3億円についてもその後担保不動産競売事件からの配当を受けた。
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原々審は、徴収不足要件の意義について、第二次納税義務を負わせることに係る告知をするときの現況において、差押え等の滞納処分をすることができる滞納者の財産の見積価額等の総額が徴収しようとする徴収金の額に不足すると認められる場合をいうものと解されるとした上で、①B社について再生手続廃止の決定がされて破産手続開始の決定がされるに至ったという経緯があること、②本件納付告知の前後の時期に本件徴収金の額を大幅に上回るB社の破産財団が存在していたものの、本件納付告知の時点では財団債権全体の存否及び額は明らかとなっておらず、本件徴収金について弁済がされる見通しは立っていなかったこと、③東京都知事が差し押さえた換価未了の財産の配当見込額が約4.5億円にすぎなかったこと、④本件徴収金の弁済の原資となる破産財団の形成についても流動的な事情が見られる状況にあったことなどを理由に、本件納付告知は徴収不足要件を満たしていた旨判断し、本件納付告知の取消請求を棄却した。
原審は、徴収不足要件の意義について第1審判決の説示を引用し、上記①~④の諸事情を前提にすれば、本件納付告知は徴収不足要件を満たすといえそうであるとした上で、東京都知事が、包括的禁止命令の前に、本件徴収金の額を大幅に上回るB社の預託金返還請求権について滞納処分(差押え)をしなかったことは著しく不合理であることを理由として、本件納付告知は徴収不足要件を満たさない旨判断し、本件納付告知の取消請求を認容すべきものとした。
これに対し、Yが上告受理申立てをし、原審の上記判断について徴収不足要件の判断基準時に係る法令解釈の誤り等を主張した。
本判決は、徴収不足要件の意義について、第二次納税義務に係る納付告知時の現況において、本来の納税義務者の財産で滞納処分(交付要求及び参加差押えを含む。)により徴収することのできるものの価額が、同人に対する地方団体の徴収金の総額に満たないと客観的に認められる場合をいうと判示した上で、①B社が破産手続開始の決定を受け、本件納付告知の当時、B社の財産が破産管財人の管理下に置かれていたこと、②本件納付告知の前後の時期にB社が有していた財産の額がいずれも本件納付告知の時点における本件徴収金の額を大幅に上回るものであったことなど、本件の事実関係の下では、本件納付告知が徴収不足要件を満たしていたとはいえない旨の判断をして、Yの上告を棄却した。
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(1) 現行法が定める第二次納税義務には様々な態様があるが、いずれの場合も、本来の納税義務者が租税を滞納し、その財産につき滞納処分を執行してもなおその徴収すべき額に不足すると認められることが、第二次納税義務の成立要件とされており、地方税法11条の8は「滞納者の地方団体の徴収金につき滞納処分をしてもなおその徴収すべき額に不足すると認められる場合」と定めている。
この要件の判断基準時について定める法令の規定はないが、下級審の裁判例、学説及び課税実務においては、一般に、①第二次納税義務の補充性(滞納処分により本来の納税義務者の財産から徴収できる金額が徴収すべき滞納税額に足りない場合に限って第二次納税義務者から徴収を図ろうとするものであること)、②徴収不足要件の「不足すると認められる場合」という文言、③同族会社の第二次納税義務の要件等に関する規定の内容(国税徴収法35条2項、3項、地方税法11条の4第2項、3項は、同族会社の株式又は出資の価額について納付告知時の資産及び負債の額を基礎として計算する旨、同族会社の判定を納付告知時を基準として行う旨を明文で定めている。)から、徴収不足要件の判断基準時は第二次納税義務者に対する納付告知の時点であると解されている(東京高裁昭和52・4・20訟務月報23巻6号1117頁、東京高裁昭和53・4・25判例時報893号21頁、判例タイムズ368号318頁、金子宏『租税法〔第20版〕』(弘文堂、2015)152頁、浅田久治郎ほか『租税徴収実務講座 第3巻 特殊徴収手続』(ぎょうせい、2010)67頁、吉国二郎ほか編『国税徴収法精解 平成27年改訂〔第18版〕』(大蔵財務協会、2015)333頁、地方税務研究会編『地方税法総則逐条解説』(地方財務協会、2013)143頁、国税徴収法基本通達第39条関係1等)。なお、徴収不足要件については、必ずしも本来の納税義務者の財産について現実に滞納処分を執行した結果に基づく必要はないと解されている(最一小判昭和47・5・25第二次納税義務関係判例集(昭和49年2月版)号534頁参照)。
(2) 第二次納税義務の制度が、本来の納税義務者の財産に対して滞納処分をしてもなお徴収すべき額に不足すると認められる場合において、一定の要件を満たす特定の第三者に対して補充的に主たる納税義務についての履行責任を負わせる制度であることに鑑みると、徴収不足要件の該当性は、第二次納税義務者に対する納付告知時の現況において判断されるべきものであり、また、徴収可能な財産の価額についての課税庁の認識や判断の合理性といった不確定要素を介在させることなく、滞納処分により徴収できる本来の納税義務者の財産の価額と同人に対する地方団体の徴収金の総額との多寡を比較して客観的に認定されるべきものと解される。そして、抗告訴訟における違法判断の基準時と裁判所が処分の適否を判断する際にいかなる資料を用い得るかの問題と同様に、徴収不足要件の認定に当たっては、民事訴訟の一般原則に従い、裁判所は口頭弁論終結時までの全ての資料をしんしゃくすることができ、納付告知後の事実であっても納付告知時の事情を推認する価値のあるものは間接事実として判断の資料とすることが許され、課税庁がした第二次納税義務者に対する納付告知が事後的・客観的にみて徴収不足要件を欠くものであったと認められる場合には、上記納付告知は違法なものとして取り消されるべきものと解される。本判決が、徴収不足要件の意義について、原々判決及び原判決とは異なり、本来の納税義務者の財産の価額について「見積価額」という表現を用いず、徴収不足の認定が「客観的」にされるべき旨の説示をしているのは、このような趣旨によるものと解される。
(3) 本件では、B社が破産手続開始の決定を受けており、本件納付告知の時点では財団債権全体の存否や額が必ずしも明らかではなかったため、東京都知事は、破産管財人に対して本件徴収金の全額を財団債権として交付要求していたにもかかわらず、これを配当見込額に計上せず、B社の財産からの徴収可能額が本件徴収金の額に満たないと判断したものである。しかし、前記のとおり、徴収不足要件の充足の有無は本件納付告知の時点におけるB社の資産の状況等に照らして客観的に認定されるべきものであり、東京都知事の主観においてその時点でB社の資産をどのように見積もっていたか等により左右されるものではないから、たとえ本件納付告知の時点で破産財産の状況(資産や財団債権の多寡)が明らかでなかったとしても、このことから直ちに徴収不足要件を満たすものとはいえない。
そして、本件の事実関係によれば、本件納付告知の当時、B社には本件徴収金の全額を徴収するに足る財産が客観的に存在していたと認められ、東京都知事がB社の有していた預託金返還請求債権について滞納処分(差押え)をしなかったことの当否を論ずるまでもなく、本件納付告知が徴収不足要件を満たすものでなかったことは明らかであると考えられる(原々審判決に摘示されたXの主張によれば、本件納付告知後、B社の破産財団の残高は約187億円にまで増殖し、租税債権に劣後する一般債権者に対して総額約61億円もの中間配当が実施されたとのことであり、こうした事情も本件納付告知の時点における徴収不足要件の有無を判断するに当たって間接事実として考慮し得るものと解されるが、本判決がこれを考慮事情としていないのは、原審がその事実を確定していないためであろう。)。
(4) 本判決は、第二次納税義務の徴収不足要件の意義について最高裁が初めて判断を示したものであり、実務上重要な意義を有するものと考えられる。