◇SH4305◇最一小判 令和4年7月14日 保険金請求事件(山口厚裁判長)

未分類

 被害者の有する自賠法16条1項の規定による請求権の額と労災保険法12条の4第1項により国に移転した上記請求権の額の合計額が自動車損害賠償責任保険の保険金額を超える場合において、自動車損害賠償責任保険の保険会社が国の上記請求権の行使を受けて国に対してした支払の効力

 被害者の有する自賠法16条1項の規定による請求権の額と労災保険法12条の4第1項により国に移転した上記請求権の額の合計額が自動車損害賠償責任保険の保険金額を超える場合であっても、自動車損害賠償責任保険の保険会社が国の上記請求権の行使を受けて国に対して上記保険金額の限度でした損害賠償額の支払は、有効な弁済に当たる。

 自動車損害賠償保障法(自賠法)16条1項、労働者災害補償保険法(労災保険法)12条の4第1項、民法473条

 令和3年(受)第1473号 最高裁判所令和4年7月14日第一小法廷判決 保険金請求事件(裁判所ウェブサイト掲載、民集登載予定) 破棄自判
原 審:令和2年(ネ)第2374号 大阪高裁令和3年6月3日判決
第1審:令和元年(ワ)第6995号 大阪地裁令和2年11月2日判決

1 事案の概要

 本件は、交通事故によって受傷したX(原告・被控訴人・被上告人)が、加害車両を被保険自動車とする自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)の保険会社であるY(被告・控訴人・上告人)に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)16条1項の規定による請求権(以下「直接請求権」という。)に基づき、保険金額120万円の限度における損害賠償額からYのXに対する既払金を控除した残額(103万円余)の支払を求める事案である。Xは上記事故による傷害につき労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく給付(以下「労災保険給付」という。)を受けており、Yは、Xが上記労災保険給付を受けたことにより国に移転した直接請求権の行使を受け、国に対して103万円余を支払っている。

 

2 事実関係の概要

 (1) Xの運転する原動機付自転車は、平成28年1月5日、交差点を右折するため自車線上で停止中、反対車線から中央線を越えて進行してきた車両と衝突し、Xは左脛腓骨開放骨折等の傷害を受けた。

 (2) 上記事故当時、上記車両についてYを保険会社とする自賠責保険の契約が締結されていた。

 (3) 政府は、本件事故が第三者の行為によって生じた業務災害であるとして、Xに対し、労災保険給付(療養補償給付及び休業補償給付の価額合計864万2146円)を行った。上記労災保険給付を受けてもなお填補されないXの上記傷害による損害額は440万1977円である。また、自賠責保険による保険金額は、上記傷害による損害につき120万円である。

 (4) Xは、平成30年6月8日、Yに対し、上記損害につき直接請求権を行使した。他方、国も、同月14日、労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権を行使した。これらを受けて、Yは、同年7月20日、Xに対して16万0788円を支払い、同月27日、国に対して103万9212円を支払った(以下「本件支払」という。)。

 

3 第1審・原審の判断の概要

 第1審・原審とも、最一小判平30・9・27民集72巻4号432頁(以下「平成30年判決」という。)の判示内容からすれば、被害者の有する直接請求権の額と労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超える場合に、自賠責保険会社が、国に対し、被害者が国に優先して支払を受けるべき損害賠償額につき支払をしたときは、当該支払は有効な弁済に当たらないというべきところ、本件支払はXが国に優先して支払を受けるべき損害賠償額についてされたものであるから有効な弁済に当たらないとして、Xの請求を認容すべきものとした。

 

4 本判決の概要

 本判決は、被害者の有する直接請求権の額と労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権の額の合計額が自賠責保険の保険金額を超える場合であっても、自賠責保険の保険会社が国の直接請求権の行使を受けて国に対して上記保険金額の限度でした損害賠償額の支払は、有効な弁済に当たるから、本件支払は有効な弁済に当たるとして原判決を破棄し、第1審判決を取り消してXの請求を棄却した。

 

5 説明

 (1) 直接請求権は、自賠法3条による保有者の損害賠償責任が発生したときに、交通事故の被害者が政令で定めるところにより保険会社に対して保険金額の限度で損害賠償額の支払を請求し得る権利である。自賠責保険は責任保険であるが、被害者の保有者に対する損害賠償請求権の行使を円滑かつ確実なものとし、迅速で実効性のある被害者保護を実現するため、上記損害賠償請求権の行使の補助的手段として、直接請求権の制度が定められている。この直接請求権は、権利としては上記損害賠償請求権と同額のものとして成立した上で、権利行使が自賠責保険の保険金額(傷害につき120万円。自賠法施行令2条3号イ)の限度に制限されると解されている(藤村和夫ほか編『実務 交通事故訴訟大系 第2巻』(ぎょうせい、2017)330頁〔松居英二〕。平成30年判決や最三小判平20・2・19民集62巻2号534頁も、このことを前提として直接請求権の行使の競合を論じている(「最高裁判例解説民事篇平成30年度」197頁〔堀内有子〕参照)。

 他方、労災保険法12条の4第1項は、労災保険給付の原因である業務災害等が第三者の行為によって生じたものである場合に、政府が保険給付をしたときは、国はその給付の価額の限度で当該受給権者の第三者に対して有する損害賠償請求権を代位取得する旨定めている。そして、被害者の有する直接請求権も、上記の代位取得の対象となると解されている(昭和31年9月25日法制局一発第37号法制局意見)。そのため、政府が被害者に対して労災保険給付を行った場合、被害者が労災保険給付等を受けてもなお填補されない損害(以下「未填補損害」という。)について有する直接請求権の額と、労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超え、その行使の競合が生ずることがある。

 平成30年判決以前の自賠責保険の実務では、上記競合が生じた場合、被害者及び国に対して保険金額を各直接請求権の額で案分した額をそれぞれ支払う運用(案分支払)が行われてきた(昭和41年12月26日自賠調第19号「労働者災害補償保険の保険給付と自動車損害賠償責任保険の損害賠償額支払との調整について」等)。平成30年判決は、上記の場合であっても、被害者は、国に優先して自賠責保険会社から損害賠償額の支払を受けることができる旨判示した。これを受けて上記運用が変更され、自賠責保険会社は、上記競合が生じた場合には被害者に優先して損害賠償額の支払をし、また、国のみが直接請求権を行使した場合には被害者に対して請求案内を行うこととなった(損害保険料率算出機構自賠責損害調査センター自損企2018-26号「労災からの求償と被害者請求の取扱いについて」)。

 本件は、上記の運用変更前に、被害者と国に対して案分支払がされた事案である。本件では、国に対する上記支払の効力が争われた(なお、上記運用変更により、被害者に未填補損害が残っているのに国に対する損害賠償額の支払が行われるという事態は相当程度減少するものと見込まれるが、自賠責保険会社から国への支払が完了した後に被害者が直接請求権を行使する意向を持つに至った場合や、自賠責保険会社の認定した損害額が裁判所認定額よりも低いものであった場合等には、同様の事態がなお生じ得ることになる。最高裁第一小法廷は、本判決と同日付けで、被害者に未填補損害が残存する状況の下で国に対してされた損害賠償額の支払を有効とした原判決を是認する旨の判断をしているところ〔令和3年(受)第1621号損害賠償請求事件〕、当該事件に係る事案では、国に対する支払がされた時点で被害者の直接請求権を行使する意思の有無は明らかではなかったようである。)。

 (2) 平成30年判決は、被害者は、未填補損害について直接請求権を行使する場合、他方で労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権が行使され、上記各直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超える場合であっても、国に優先して保険会社から自賠責保険金額の限度で損害賠償額の支払を受けることができる旨を判示している。もっとも、上記判示が、被害者の直接請求権の行使によって国の直接請求権が消滅するとか、保険会社の国に対する支払が効力を有しないこととなるなどとするものとは解されない。上記判示は、被害者又は国が各直接請求権に基づき損害賠償額の支払を受けるにつき両者の間に相対的な優先劣後関係があることを意味するにとどまるものであって、自賠責保険会社の国に対する支払の効力を否定する根拠となるものではないと解するのが相当であろう。そもそも前記のとおり、直接請求権は自賠法3条の規定による損害賠償請求権と同額のものとして成立し、労災保険給付が行われた場合には、国はその価額の限度で直接請求権を取得することとなるのであって、国は直接請求権を有する債権者に当たる。そうすると、自賠責保険会社の国に対する損害賠償額の支払は、債権者に対してされたものということになるのであるから、国に対する上記支払は有効な弁済に当たるとみるほかないと思われる。本判決は、このような理解に基づき、判旨のとおり判断したものと理解することができる。

 (3) 他の制度等との比較検討によっても、上記結論は妥当とみることのできるものである。すなわち、まず、保険法25条2項は、私保険において保険者が保険給付により対第三者請求権の一部を代位取得した場合に、被保険者は代位に係る保険者の債権に先立って弁済を受ける権利を有する旨定めている。これは、主として加害者の資力不足の場合を念頭に置き、被保険者と保険者の権利行使が競合した場合に、被保険者の債権が保険者の債権に優先して弁済されるべきこととしたものであり、競合の原因(自賠責保険金額が法定されていることによるのか、加害者の資力不足によるのか)等において違いはあるものの、被害者(被保険者)とその請求権の代位取得者との間の権利行使の競合を、当該保険制度の制度趣旨が被害者保護にあることから調整するという点で、本件と問題の所在を共通にするものである。しかるところ、同項は、平成20年法律第57号による改正前の商法662条2項の法的効果に争いがあったことから、その内容を明確化したものであり、弁済における保険者と被保険者との間の相対的な優先劣後関係を定めたにとどまるものであって、保険者が被保険者より先に第三者に対する権利を行使した場合であっても、第三者が支払を拒絶したり、第三者又は被保険者が強制執行の停止を求めたりできるものではないと解されている(法制審議会保険法部会第4回議事録、山下友信『保険法』(有斐閣、2005)558頁、山下友信編『論点体系 保険法1』(第一法規、2014)240頁〔土岐孝宏〕)。

 また、民法502条3項は、債権の一部弁済による代位が生じた場合において、原債権者は権利の行使によって得られる金銭について代位者が行使する権利に優先する旨定めている。これによれば、例えば原債権を担保するため保証債務が設定されていた場合、代位者の請求に応じて保証人が支払った金銭については、原債権者が代位者に優先して取得できることになる。もっとも、保証人が誤って原債権者が優先すべき部分についてまで一部代位者に対して支払ってしまった場合でも、当該支払は弁済として有効であり、民法502条3項によって上記弁済の効力が左右されるものではなく、単に代位者が受領した金銭につき原債権者に対して償還すべき義務を負うにとどまると解されている(法制審議会民法(債権法)部会資料39・58頁、潮見佳男『新債権法総論Ⅱ』(信山社、2017)140頁、沖野眞已「保証人による弁済と求償――そして代位」事業再生と債権管理164巻(2019)4頁、渡邊力「一部弁済による代位――改正民法の規律と関連する諸問題――」関西学院大学・法と政治第69巻2号(2018)121頁等)。

 このように、本件と問題の所在において共通する制度等において、債権者間の優先劣後関係は相対的なものであり、債務者がした支払の弁済としての効力は否定されないとの解釈が採られていることは、本判決の採った結論の妥当性を裏付けるものといえよう。

 加えて、自賠責保険制度がノーロス・ノープロフィットの原則の下で運営されており、自賠責保険会社に二重払の負担が生ずることは適切ではないというべきところ、自賠責保険会社の国に対する支払が有効な弁済ではないとした場合に上記支払に係る保険金につき自賠責保険会社が国に返還を求める法的根拠を見出し難いことも、上記結論を採るに当たり考慮すべきものといえよう。

 (4) なお、本判決では、国が労災保険法12条の4第1項により移転した直接請求権を行使して損害賠償額の支払を受けた場合に、その額のうち被害者が国に優先して支払を受けるべきであった未填補損害の額に相当する部分につき、被害者に対し、不当利得として返還すべき義務を負うことは別論である旨が付記されている。これは、優先劣後関係にあって本来は受けることができないはずのものが劣後者に回ってしまった場合をいわゆる侵害利得の類型と捉え、これを優先者に回復する役割を不当利得返還請求権に求める立場に立つと解し得るものであり、被害者の保護を目的とする自賠法の制度趣旨に沿った全体的な解決の道筋を示す重要な示唆であると理解することができる。

 (5) 本判決は、平成30年判決の判示に係る被害者と国の優先関係の意味を明らかにしたものであり、自賠責保険制度の運用や労災求償の実務等に影響を与え得る内容を含むものであって、実務上重要な意義を有するものと思われる。

 

タイトルとURLをコピーしました