SH4013 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第58回 第11章・紛争の予防及び解決(4)――DAAB(2) 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2022/06/02)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第58回 第11章・紛争の予防及び解決(4)――DAAB(2)

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第58回 第11章・紛争の予防及び解決(4)――DAAB(2)

2 FIDICの規定内容

⑴ 構成

 FIDICは、3つの箇所でDAABについて規定している。

 一つは、FIDICの本体部分といえるConditions of Contractの箇所で、その21章(紛争と仲裁)において、大枠について定めている。

 二つ目は、Appendixで、DAABの構成員Employer及びContractor間で締結するDAA合意(Dispute Avoidance/Adjudication Agreement)の規定内容について、定めている。

 三つ目は、Annexで、DAABが和解協議あっせん及び判断をする際の、手続ルールについて定めている。

 以下、各要点について解説する。

 

⑵ Conditions of Contractの規定内容

 a DAABの組成

 21.1項は、DAABの組成について、以下の点を定めている。

  1.   構成員の選任について、ContractorがLetter of Acceptanceを受領した後所定の期日内に(定められていなければ28日以内に)、当事者(Employer及びContractor)が共同で選任する。すなわち、工事及び契約の当初から選任されることが予定されている。
  2.   構成員の人数について、1名か3名のいずれかで当事者が定めることとし、当事者が定めなければ、3名とする。
  3.   構成員への報酬等は、DAA合意で定める。
  4.   DAABの終期は、基本的に14.12項のDischargeが効力を発生した時とされている。この時点は、ContractorがEmployerから最終の支払を受け、提供していた担保(Performance Security)も回収するという最終段階であるから、DAABは、工事及び契約の当初から完了まで、存続することが予定されているといえる。

 

 b DAAB構成員が任命されない場合

 21.2項は、当事者が、DAABの構成員を選任しない場合について、Contract Data(契約書類の一つ)において定められた機関等が、DAABの構成員を選任すると定めている。

 このような機関等は、主として国際仲裁で用いられる用語ではあるが、「appointing authority」と呼ばれる。国際仲裁の文脈では、当事者等が仲裁人を決められない場合に、仲裁人を決める機関を指し、ICC、SIAC、HKIAC、JCAA等の仲裁機関における仲裁手続であれば、これらの仲裁機関がappointing authorityとなっている。

 FIDICのDAABにおいては、当事者が別段の定めをしない限り、DAABの構成員を決めるappointing authorityは、FIDICのPresidentとなっている。

 

 c 和解協議あっせん

 21.3項は、当事者が合意した場合には、DAABが和解協議あっせんをすることができると定めている。

 換言すれば、当事者が合意しなければ、DAABは和解協議あっせんをしないことになる。この様な取り決めの趣旨は、判断権者が和解協議に関与した場合に、判断の公正が歪められるのではないかと懸念されていることにある(これは、後述のとおり裁判官が和解を試みることのできる日本の民事訴訟にはない発想である)。

 また、当事者の合意に基づき、DAABが和解協議あっせんを行う場合においても、当事者双方が同席することが原則となっており、DAABが各当事者と交互に和解協議をすること(日本では交互面談方式等と呼ばれる方式)は、当事者がそれを許容するとの合意を別途しない限り、認められない。この理由は、一方当事者のみとの協議において、他方当事者の手続的権利(反論の機会)が奪われる懸念と、DAABの判断の公正が歪められる危険がより高まるとの懸念とにある。

 これに対し、日本の民事訴訟では、判断権者である裁判官が、「訴訟がいかなる程度にあるかを問わず、和解を試み」ることができると定められており(89条)、かつ、各当事者と交互に和解協議を行うこと(交互面談方式)も一般的である。この点は、日本の民事訴訟実務が、海外と大きく異なる点といえる。

 なお、念のため付言すると、DAABの役割ないし機能は、判断と、当事者の合意に基づく和解協議あっせんの二つに限られるものではない。この点については、DAABの価値の項で改めて述べるが、例えば、DAABの非公式の見解(informal opinion)は、和解協議あっせんの一部でありつつ、関係者へ説明を行い、その納得を得るという場面で、大きな価値を発揮する。また、さらに大きい機能は、DAABが当事者の気づいていない紛争の芽を感知し、当事者に知らしめ、問題がエスカレートする前に当事者自らが解決するように導くことである。

 

 d DAABによる判断(decision)

 21.4項は、DAABによる判断について、4つの事項を定めている。

 一つは、DAABに判断を付託する手続である。Engineerの判断に対する不服通知(NOD[1])後42日以内に、所定の事項を記載した書面で、一方当事者から行われることが定められている。

 次は、上記付託後の各当事者の義務である。DAABが必要とする情報を入手できるようにすること、現場その他必要な施設にアクセスできるようにすることが定められている。また、DAABへの付託に拘わらず、各当事者は、契約上の義務を履行するべきことが定められている。FIDICは円滑な工事の進行を重視しており、この義務はその一つの表れといえる。

 三つ目は、DAABの判断についてである。付託後、原則84日以内に判断をすることが定められている。仲裁や訴訟に比べると、随分短い期間である。DAABの迅速性と効率性の表れといえる。また、DAABの判断において金銭支払が命じられた場合には(下記のDAABの判断に不服がある場合の手続きが取られたときにも)、直ぐに履行する義務があることも定められている。

 なお、この金銭支払については、後に当該DAABの判断が仲裁手続において覆される可能性を考慮して、支払を受領する当事者に担保を提供することを、一定の要件のもと、DAABが要求できるとされている。通常、金銭の支払いを受領するのはContractorであるから、担保を提供するとすれば、Contractorが提供することになると考えられる。また、担保としては、金融機関が発行するボンドが想定される。

 このような担保提供は、Contractorにとって、負担である。DAABの主要な機能の一つに、Contractorの資金繰りを円滑にし、工事の進行を円滑にすることが挙げられるところ、仮にDAABがContractorに担保提供を命じるのであれば、当該担保の分、Contractorが金融機関から受けられる信用供与が減縮し、Contractorの資金繰りが悪化することが懸念される。すなわち、DAABが、Employerに対してContractorへの支払を命じた意義が減殺されることが懸念される。そのため、かかる担保提供については、否定的な意見が強い。

 四つ目は、DAABの判断に不服がある場合の手続である。いずれの当事者も不服通知(NOD)を発することができるが、DAABの判断後28日以内に発せられる必要がある。この期間内にいずれの当事者からも不服通知が発せられなければ、DAABの判断は確定し、当事者を拘束する(英語で言うと、「final and binding」という状態である)。逆に不服通知が発せられた場合には、その後28日間の和解協議期間の後、仲裁に手続が進むことになる(21.5項及び21.6項)。

 

⑶ DAA合意General Conditionsの規定内容

 前記のとおり、Appendixは、DAABの構成員、Employer及びContractor間で締結するDAA合意(Dispute Avoidance/Adjudication Agreement)の規定内容について定めている。

 その要点としては、以下の点がある。

  1.   DAABの構成員が当事者から中立公正かつ独立(impartial and independent)であること。
  2.   DAABの構成員が必要な知見を有すること。
  3.   DAABに十分な情報が提供され、DAABの現場等へのアクセスも確保されること。
  4.   当事者の相互協力及び、DAABへの協力。
  5.   所定の手続遵守。
  6.   守秘義務。
  7.   DAAB構成員が、その後仲裁手続に移行した場合にこれに関与しないこと。
  8.   当事者からのDAAB構成員への報酬等の支払。
  9.   DAAB構成員が中立公正かつ独立ではない場合の忌避手続。

 


[1] Notice of Dissatisfactionの略称である。

 

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