国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第9回 コラム・大規模な建設・インフラ契約の難しさ――不完備性
京都大学特命教授 大 本 俊 彦
森・濱田松本法律事務所
弁護士 関 戸 麦
弁護士 高 橋 茜 莉
第9回 コラム・大規模な建設・インフラ契約の難しさ――不完備性
1 不確定要因の存在と対応の視点
今回は、コラムである。連載の枠組みに直接該当しないものの、関連する事項を、本連載の適宜のタイミングで、コラムとして紹介する。
さて、FIDICは、大規模な建設・インフラ工事において広く用いられているところ、このようなプロジェクトでは、契約図書の数も膨大となり、図面、仕様書、契約条件書等、全ての内容に整合性を持たせることは、不可能ではないにしても多大な時間と費用がかかる。ある一定の時間と予算の下で契約図書を完成するためには、完全な整合性は犠牲にならざるを得ない。
また、建設・インフラ工事においては、多様な不確定要因が避けられない。たとえば、地質条件、その他の自然条件、適用される法律の改廃等があり、これらのリスクにより生じる全ての状況を、予見した上で契約の中に記述することは、現実には不可能である。このうち地質条件については、ボーリング等の調査を行うと考えられるが、所要コスト等を考えると、調査は部分的なものにならざるを得ず、地質条件を事前に、完全に把握することは現実的ではない。
以上二つの意味において、建設・インフラ工事契約は不完備契約とならざるを得ない。その結果、契約当事者間において、リスクないし費用の負担に関し疑義が生じることが頻繁に起こり、これが紛争に発展することも多い。
本連載では現在、幹となる権利義務のうち、Contractorの義務を確認しているが、その内容を予め確定しきることは、以上の二つの理由により、大規模な建設・インフラ工事においては困難である。
2 リスク分担ルール
ただし、リスク分担のルールを定めることは可能であり、現に行われている。
FIDICでは、たとえば、適用される法律の変更により工事の遅延ないしコスト増が生じるリスクについては、Employerが負担すると定められている(13.6項)。これは、Red Book、Yellow BookおよびSilver Bookのいずれにおいても共通するリスク分担ルールである。
もっとも、リスク分担ルールは、定性的な定めに留まり、具体的な日程として延長された工事の期限を定めるものではなく、具体的な金額として増加した代金額を定めるものでもない。これらは、契約締結時に定められるものではなく、契約締結後に生じた事象を踏まえて、事後的に定める必要がある。すなわち、リスク分担ルールは、疑義が生じた場合にその解決の方向性を示しはするものの、完全に疑義を解消するものではない。
3 変更ルールと紛争解決ルール等
そこで、不完備契約である建設・インフラ工事契約においては、不可避的に生じる疑義にいかに対処し、効率的に解決を得るかが重要となり、変更ルールと紛争解決ルールという「手続的」な規定が必要となる。
第2回において、「実体的」な規定と「手続的」な規定を区分することの重要性とともに、複雑な契約になると「手続的」な規定が増える傾向にあるとの筆者らの認識について述べたが、この点は、複雑な契約が不完備契約であることが多いということから説明がつく。すなわち、不完備契約では、生じ得る全ての状況を把握し、その全てのリスク配分を「実体的」な規定として確定的に定めることが、不可能である。そこで、変更ルールと紛争解決ルールという「手続的」な規定を充実させ、疑義が生じる場面に効率的に対処することを企図することになる。契約当事者間において「実体的」な事項に合意できないとしても、「手続的」な事項であれば合意できるということは、思いのほか多い。
さらに、FIDICでは、かかる不完備性に対応するための体制についても規定している。追って説明するEngineerは、その象徴的な例である。また、紛争解決方法として、Dispute Avoidance/Adjudication Boardについて規定しているが、これもそのような体制の一つである。
FIDICを検討する上では、不完備契約であることを念頭に、これらの体制ないし組織に関する規定や、手続的な規定に注目することが有益である。
また、FIDICでは、これらの規定において、工事の円滑な進行が意識されている。換言すれば、不完備性に由来する問題が顕在化しても、工事遅延をできる限り避けることが企図されている。この視点も、FIDICを検討する上で有益である。
以上のFIDICのアプローチは、建設・インフラ工事契約以外の不完備契約においても、基本的に効果的と考えられる。