刑事施設に収容されている者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報は行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律45条1項所定の保有個人情報に当たるか
刑事施設に収容されている者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報は、行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律45条1項所定の保有個人情報に当たらない。
(補足意見がある。)
行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律45条1項
令和2年(行ヒ)第102号 最高裁令和3年6月15日第三小法廷判決
情報不開示決定取消等請求事件 破棄差戻し(民集75巻7号登載予定)
原 審:平成31年(行コ)第123号 東京高裁令和元年11月20日判決
第1審:平成29年(行ウ)第502号 東京地裁平成31年3月14日判決
1 事案の概要等
⑴ 本件は、東京拘置所に未決拘禁者として収容されていたXが、行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(以下「行政機関個人情報保護法」という。)に基づき、東京矯正管区長に対し、収容中にXが受けた診療に関する診療録に記録されている保有個人情報(以下「本件情報」という。)の開示を請求したところ、同法45条1項所定の保有個人情報に当たり、開示請求の対象から除外されているとして、その全部を開示しない旨の決定(以下「本件決定」という。)を受けたことから、国を相手に、本件決定の取消しを求めるとともに、国家賠償法1条1項に基づき慰謝料等の支払を求める事案である。
⑵ 行政機関個人情報保護法12条1項は、何人も、同法の定めるところにより、行政機関の長に対し、当該行政機関の保有する自己を本人とする保有個人情報の開示を請求することができる旨を規定し、同法14条は、行政機関の長は、上記の請求があったときは、同条各号に掲げる不開示情報のいずれかが含まれている場合を除き、請求をした者に対し、当該保有個人情報を開示しなければならない旨を規定する。他方、同法45条1項は、刑事事件若しくは少年の保護事件に係る裁判、検察官、検察事務官若しくは司法警察職員が行う処分、刑若しくは保護処分の執行、更生緊急保護又は恩赦に係る保有個人情報(当該裁判、処分若しくは執行を受けた者、更生緊急保護の申出をした者又は恩赦の上申があった者に係るものに限る。)については、上記各規定を含む同法第4章(開示、訂正及び利用停止)の規定を適用しない旨を規定する。
本件の争点は、本件情報が、行政機関個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報に当たり、開示請求の対象から除外されるか否かである。
2 訴訟の経過
⑴ 1審及び原審は、いずれも、要旨次のとおり判断し、本件情報は行政機関個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報に当たるから開示請求の対象から除外されるとして、Xの請求を全部棄却すべきものとした。
被収容者に対する処遇は刑事事件に係る裁判の内容を実現させるために必然的に付随する作用であり、これに関する保有個人情報は、開示請求の対象となると、第三者による前科等の審査に用いられ、当該情報の本人の社会復帰を妨げるなどの弊害が生ずるおそれがあるから、行政機関個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報に当たると解すべきところ、被収容者に対する診療は、処遇の一環として行われるものであるから、これに関する情報も、別段の定めがない以上、同項所定の保有個人情報(具体的には「刑事事件……に係る裁判……に係る保有個人情報」)に当たる。
⑵ これに対し、最高裁第三小法廷は、Xの上告受理申立てに基づき、本件を上告審として受理した上、判決要旨のとおり判断し、本件情報は行政機関個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報に当たらず開示請求の対象となるとして、原判決を破棄し、更に審理を尽くさせるために、本件を原審に差し戻した。
3 説明
⑴ 問題の所在
行政機関個人情報保護法45条1項が、同項所定の保有個人情報につき同法第4章の規定を適用しないこととしたのは、当該保有個人情報が、個人の前科、逮捕歴、勾留歴等を示す情報を含んでおり、これを開示請求等の対象とすると、例えば、雇用主が採用予定者の前科の有無等をチェックする目的で本人に開示請求をさせること等により前科等が明らかになる危険性があるなど、被疑者、被告人、受刑者等の立場で留置場や監獄に収容されたことのある者等の社会復帰や更生保護上問題となり、その者の不利益になるおそれがあるからであるとされる(総務省行政管理局監修・行政情報システム研究所編『行政機関等個人情報保護法の解説〔増補版〕』(ぎょうせい、2005)183~184頁)。
本件情報のように刑事施設に収容されている者(以下「被収容者」という。)が収容中に受けた診療に関する保有個人情報は、それ自体が前科や収容歴を直接示す情報であるとはいえないとしても、開示されれば、刑事施設の長が保有していたという事実自体から、当該診療が収容中に受けたものであり、ひいては、本人に収容歴があることが明らかになるものということができる。そのため、上記のような行政機関個人情報保護法45条1項の立法趣旨を前提とする限り、当該情報についても開示請求等の対象から除外する必要があるともいえそうであるが、同項の規定の文言からは、具体的にいかなる範囲の情報が同項所定の保有個人情報に含まれるのかが必ずしも明らかでない。そこで、被収容者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報が、同項所定の保有個人情報に当たるか否かが問題となる。
⑵ 裁判例等
被収容者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報が行政機関個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報に当たるか否かについて判断した下級審の裁判例としては、①東京高判平成20・7・9 LLI/DB L06332504(拘置所に収容中の死刑確定者の事案)、②東京地判令和元・11・8 LLI/DB L07430472(拘置所に収容された者の事案であるが、その地位等は不明)、③大阪高判令和3・4・8判タ1484号66頁(刑務所に収容中の受刑者の事案)がある。上記①の判決及びその原審である東京地判平成20・1・25 LLI/DB L06330351、上記②の判決並びに上記③の原審である大阪地判令和2・9・11 D1-Law 28292078は、いずれも、本件の1審及び原審と同様、前記のような同項の立法趣旨を重視して、収容中に受けた診療に関する保有個人情報は同項の「刑事事件……に係る裁判……に係る保有個人情報」又は「刑……の執行……に係る保有個人情報」に当たると判断したものである(刑訴法の規定により勾留された未決拘禁者については前者の保有個人情報該当性のみが問題となるのに対し、懲役刑等の執行のために拘置された受刑者等については前者及び後者の各保有個人情報該当性が問題となる。)。また、上記の問題に関する審査請求についての諮問に対して情報公開・個人情報保護審査会が答申を行った例は相当数あるが、同審査会は、一貫して、当該情報は行政機関個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報に該当するとしていた(例えば、平成30年度(行個)答申第218号等。なお、下井康史「最近の審査会答申事例から――行政文書該当性、行政機関個人情報保護法の適用除外」季報 情報公開・個人情報保護67号(2017)15頁以下も参照。)。
これに対し、本判決の直前に言い渡された上記③の判決は、当該情報は形式的には同項所定の保有個人情報に該当するとしつつ、前記のような立法趣旨を達成するために診療に関する情報という有用かつ必要な情報を開示請求の対象から除外することは、規制目的と規制手段との合理的均衡を欠き、個人情報保護法制の基本理念と整合しないといえるから、当該情報には同項が適用されないと解釈すべきであるとして、不開示決定を取り消した。
⑶ 学説
従来の学説において、行政機関個人情報保護法45条1項の適用範囲についての議論はほとんどなく、前記の立法趣旨について、「過去に収容されたことがある者については、このようにいえようが、現に収容されている者についてまで、本項の定める適用除外の理由が妥当するかについては、検討する必要があるように思われる」とする指摘(宇賀克也『個人情報保護法の逐条解説〔第6版〕』(有斐閣、2018)623頁)や、これを引用して、現に収容されている者についての情報は開示を認める方向で検討すべきとする見解等(例えば、右崎正博ほか編『新基本法コンメンタール 情報公開法・個人情報保護法・公文書管理法』(日本評論社、2013)354頁〔牧田潤一朗〕等)が見られた程度である。もっとも、近時は、憲法上の抽象的権利に関する議論等を基礎に、同項の適用範囲の限定等を試みる見解が現れている(竹中勲「憲法13条適合性の審査項目・判断枠組み・違憲審査基準(その1)」同法70巻4号(2018)1頁、曽我部真裕「行政機関個人情報保護法45条1項の適用除外について――医療記録の開示請求を中心に」立命393・394号(2020)433頁、音無知展「判批」新・判例解説Watch憲法No.186(2021))。例えば、曽我部・前掲論文は、憲法13条で保障される自己情報コントロール権の解釈指針としての効力や、行政機関個人情報保護法が保有個人情報の開示請求を原則として認めるものとしていること等に照らせば、同法45条1項については限定解釈がされるべきであるとし、具体的には、①現に収容されている者についての情報は適用除外にならないとの解釈のほか、②診療記録については、同項の立法趣旨の合理性が疑わしく開示を受ける利益が明らかに優越することから、同項が適用されないとの解釈が可能であるとする。
⑷ 本判決の考え方
ア 本判決は、行政機関個人情報保護法45条1項が、行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律(以下「旧法」という。)の全部改正の際に新たに設けられた規定であることに着目する。
旧法は、行政機関個人情報保護法45条1項と同様の趣旨に基づき、刑事事件に係る裁判若しくは検察官、検察事務官若しくは司法警察職員が行う処分又は刑の執行に関する事項(以下「刑事裁判等関係事項」という。)を記録する個人情報ファイルに係る情報を開示請求の対象から除外していたほか(13条1項ただし書)、事務の適正な遂行の確保の観点から、勾留の執行、矯正又は更生保護に関する事務(7条3項3号)等に使用される個人情報ファイルについて、事務の適正な遂行を著しく阻害するおそれがあると認めるときは、個人情報ファイル簿に掲載せず、これに係る情報を開示請求の対象としないことができる旨を規定していた(同項柱書き、13条1項本文)。他方、旧法13条1項ただし書は、これらと別に、病院等における診療に関する事項(以下「診療関係事項」という。)を記録する個人情報ファイルに係る情報を開示請求の対象から除外する旨を規定していたところ、関係法令の規定に照らすと、被収容者が収容中に受ける診療の性質も、社会一般において提供される診療と異なるものではないと考えられる。本判決は、このような観点から、旧法において、被収容者が収容中に受けた診療に関する事項を記録する個人情報ファイルに係る情報は診療関係事項として開示請求の対象から除外されており、これを刑事裁判等関係事項や旧法7条3項3号の事務に関するものとして開示請求の対象から除外することは想定されていなかったものと解されるとした。
その上で、本判決は、行政機関個人情報保護法には診療関係事項に係る保有個人情報を開示請求の対象から除外する旨の規定は設けられなかったことを指摘し、これは医療行為に関するインフォームド・コンセントの理念等の浸透を背景とする国民の意見、要望等を踏まえ、診療関係事項に係る保有個人情報一般を開示請求の対象とする趣旨であると解されるとする。そして、同法45条1項を新たに設けるに当たり、特に被収容者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報について、同法第4章の規定を適用しないものとすることが具体的に検討されたこと等もうかがわれないことから、結局、被収容者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報は行政機関個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報のいずれにも該当しないと判断したものである。
このように、本判決は、立法趣旨の合理性や開示請求に係る情報の重要性といった実質的な観点から直ちに結論を導くのではなく、被収容者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報の性質や旧法における位置付け、旧法の全部改正の経緯等の具体的な検討を通じて、当該情報と行政機関個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報との関係を明らかにしたものである点が注目される。
本判決は、上記のとおり、被収容者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報が一般的に行政機関個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報に該当しないと判断したものであり、開示請求者が現に収容されているか否かによって同項の適用範囲を画する見解を採るものでないことは明らかである。また、本件は、拘置所に収容されている未決拘禁者が受けた診療に関する診療録に係る事案であるが、本判決の説示に照らすと、刑事施設(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律3条)に収容されている者(被収容者)一般が収容中に受けた診療に関する保有個人情報について、同様に解することになろう。そして、診療に関する保有個人情報の具体的な内容については、旧法13条1項ただし書の診療関係事項には診察の結果である症状、診断の結果である傷病名、治療の結果である投薬名、症状や病名等が判明する検査名や検査結果等が含まれると解されていたこと(総務庁行政管理局監修『逐条解説 個人情報保護法〔新訂版〕』(第一法規、1991)150頁)が参考になると思われる。
イ なお、本判決は、国家賠償請求に係る部分のみならず、本件決定の取消請求に係る部分についても、自判をせずに差戻しをしている。本件情報が行政機関個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報に当たらないことを理由に本件決定を取り消したとしても、その判決の拘束力は同法14条各号の不開示情報の存否の判断には及ばず、不開示情報が含まれることを理由に改めてその全部又は一部を不開示とする決定がされる可能性もあるから、その点も含めて差戻審において審理を行うことが紛争の一回的解決の要請にかなうとも考えられる。他方、同法が上記のような処分理由の差替えをおよそ許さない趣旨と解すべき根拠は見当たらず、同法45条1項と同法14条各号との関係等に照らせば、これを認めたとしても、直ちに理由提示の慎重考慮担保機能が害されるともいえない。本判決は、これらの点を考慮し、不開示情報についての主張がされた場合に処分理由の差替えを許すか否かも含めて差戻審の判断に委ねる趣旨で、自判をしなかったものと考えられる。
⑸ 個別意見
本判決には、国内外の様々な事情を紹介し、医療においてはインフォームド・コンセントが基本であり、その重要性は被収容者が収容中に受けた診療についても同様であると考えられること等を指摘する、宇賀裁判官の補足意見が付されている。
4 本判決の意義
本判決は、被収容者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報が行政機関個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報に当たるか否かについて、最高裁として初めて判断を示したものであり、従来の裁判例等の大勢とは異なる考え方を採用したことからも、実務上重要な意義を有すると考えられる。
なお、本判決の評釈等として、矢島聖也・新・判例解説Watch行政法No.222(2021)、飯島淳子・法教493号(2021)138頁がある。