国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第35回 第7章・Defect等(1)
京都大学特命教授 大 本 俊 彦
森・濱田松本法律事務所
弁護士 関 戸 麦
弁護士 高 橋 茜 莉
第35回 第7章・Defect等(1)
1 リスク分担ルール
今回からは、工事目的物の不具合であるdefect(瑕疵)等について、解説する。紛争の対象となりやすい点であり、工事の遅延と、増加コスト請求と並ぶ、紛争の典型例といえるテーマである。なお、日本法では、民法改正により「瑕疵」という用語が「(契約)不適合」に置き換えられたが、英語の「defect」には「瑕疵」の方がより適すると考えるため、これを用いることとする。
defectに関するリスク分担であるが、その発生原因がContractorの業務範囲内にある限り、Contractorがそのリスクを負担するというのが基本的なルールである。
ただし、defectに該当するか否かが明確でないこと、あるいはdefectに該当するとしてもその発生原因がContractorの業務範囲内であるかが明確でないことも多く、Contractorがその責任を否定することが往々にしてある。
FIDICもdefectの定義は定めておらず、その該当性の判断は容易ではない。その理由としては、①瑕疵の原因やその責任の在りかの究明に技術的、専門的な評価が必要になり得ること、②工事の進行に伴い、様々な建造物の構成要素が付加されていく中で、defectとされる事象が見えにくい場所に隠れ得ること、③経年劣化との区別が明確とは限らないこと等がある。これらは、紛争になりやすい理由でもある。
Contractorのリスク分担の範囲に関する規定としては、11.2項が、Remedying Defects(瑕疵の補修)が以下のいずれかに該当するときは、Contractorのリスクとコストにおいて当該瑕疵の補修作業が行われなければならないと定めている。
- (a) Contractorが責任を負っている設計に起因する瑕疵
- (b) 契約に則していない機械、材料、施工法による瑕疵
- (c) Contractorが責任を負っている工事の作業記録の作成とその記録の最新情報維持に起因して起こる不適切なオペレーションまたはメンテナンスにより生じる瑕疵
- (d) Contractorの他の契約違反に起因する瑕疵
なお、上記はRed Bookの定めであり、Contractorが基本的に設計を行わないことを前提として、上記(a)が定められている。これに対して、Yellow BookおよびSilver Bookにおいては、Contractorが設計を行うため、上記(a)が「設計(ただし、Employerが責任を負う部分の設計がある場合には、当該設計を除く)に起因する瑕疵」との内容となっている。
上記の通り、defectに該当するとしてもその発生原因がContractorの業務範囲内かが争われることがあるが、この争いはRed Bookの場合により生じやすい。というのも、Contractorが基本的に設計を行わないため、defectの原因が設計にあるとされれば、基本的にContractorの業務範囲外となるところ、defectが設計によるか、施工によるかが容易に明らかにならないことは往々にしてあるためである。
これに対し、Yellow BookおよびSilver Bookでは、設計もContractorの業務範囲であるため、defectの原因が設計または施工のいずれであるかの判定を要せずに、いずれにせよContractorのリスク負担という結論が導ける。この点の争いを回避できることは、Yellow BookおよびSilver Bookの一つのメリットといえ、特にSilver Bookにおいては、Employerの責任範囲が大きく限定されるため、defectの原因がEmployer側にある可能性を検討する必要性が限定的といえる。
2 工事の引渡(taking-over)との関係
工事引渡の前後で、上記のリスク分担ルール(defectの発生原因がContractorの業務範囲内にある限り、基本的にContractorがそのリスクを負担する)が、大きく変わる訳ではない。
しかしながら、工事引渡の前後で、Contractorの業務範囲が変わる面があり、具体的には、工事目的物の管理(care of the Works)の点で変わってくる。すなわち、defectは、設計または施工よって生じ得るほか、施工後の管理不備等の事由によっても生じ得るところ、工事引渡証明書(Taking-Over Certificate)の発行前は、Contractorがこの管理につき責任を負うため、この管理を原因とするdefectについては、Contractorが基本的に責任を負う(17.1項)。これに対して、同証明書の発行後は、Contractorは、自らが引き起こした損害についてのみ責任を負うというのが、基本となる(17.2項)。
また、工事引渡後に、Contractorが設計または施工を行うことは多くはないと考えられる。
したがって、工事引渡後に発生したdefectについては、Contractorがリスクを負担することは限定的であり、Employerがリスクを負担することが多くなると考えられる。このように実質的な意味においては、工事の引渡によって、defectに対するリスク分担が、ContractorからEmployerに大きく移転するともいえる。
ただし留意するべきこととして、defectの顕在化が工事の引渡後であっても、その原因が工事の引渡前に生じたものであれば、Contractorがリスクを分担するdefectである可能性は多分に存在する。上記の「工事引渡後に発生したdefect」というのは、工事引渡後に原因が発生したdefectという意味である。
また、工事引渡証明書(Taking-Over Certificate)が発行された後も、現場の撤去に時間がかかるなどの理由により、Contractorが現場に残っていることがある。このような場合に、Employerの誤解として、引き続きContractorが管理について責任を負っていると考えることがある。しかしながら、管理責任の所在は、工事引渡証明書の発行によって移転するのであり、Contractorが現場にいたとしても、管理責任を負うものではなく、この点にも留意が必要である。