SH3863 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第38回 第8章・Suspensionとtermination(1) 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2021/12/23)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第38回 第8章・Suspensionとtermination(1)

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第38回 第8章・Suspensionとtermination(1)

1 はじめに

 契約は、両当事者の定めたとおりに履行されるべきなのが原則であり、建設契約についてもそれは同じである。ただし、不測の事態や相手方の債務不履行などが起きたとき、当事者を契約によって拘束し続けることが不合理となる場合もあり得る。このことから、契約または適用法令のもとでの解除(termination)というメカニズムを通じて、当事者が契約関係から離脱する手段を確保しておく必要が生じる。

 しかしながら、解除によって契約関係を完全に解消することは、往々にしてハードルが高い。解除後の清算処理等の負担もさることながら、仮に解除の効力が争われ、後に無効と判断された場合、相手方への損害賠償など、極めて重い経済的負担を課される可能性もある。特に、大規模なインフラ建設の契約では、こうした負担は著しいものになることが予想され、さらに、新たな契約の相手方(Employerによる解除の場合は、残りの工事等を行う新たなContractor)を探すのにも多大な労力がかかる。そこで、いわば解除の一歩手前の手段として、工事等の中断(suspension)というメカニズムが設けられることがある。

 FIDICは、suspensionおよびterminationに関し、Employerが主導する場合とContractorが主導する場合のそれぞれについて規定を設けている。本章では、これらの規定を概観する。

 

2 Employerの主導によるsuspension

⑴ 要件

 Employer側からのsuspensionには、厳格な要件は定められていない。すなわち、Engineer(Silver BookではEmployer)は、いつでも、Contractorに対し、工事等の一部または全部につき、中断を指示することができる。当該指示においては、中断の日付および理由を述べる必要がある(8.9項)。

 これは、Employer側からは、基本的に、どのような理由であっても中断を指示できることを意味する。すなわち、Contractorの仕事ぶりやサイト特有の状況等とは全く無関係の理由、たとえば有力者への配慮といった政治的理由や、COVID-19のような疫病の蔓延を防ぐためといった衛生的・人道的理由に基づいて中断を指示することもできるし、逆に、Contractorが義務違反の状態となったとき、ただちに契約の解除へ進むのではなく、解決方法を模索するために中断を指示することもできる。すなわち、suspensionは、Employerが現任のContractorを含めて当該プロジェクトを守るという意味合いも持ち得る。

 理由の内容を問わないとはいえ、suspensionは、Employerにとって気軽に利用できる手段というわけではない。むしろ、後述するような効果に鑑みれば、本当に必要な場合にのみ、慎重に行うべきものであると言えよう。なお、日本法下の請負契約においては、原則として、発注者が受注者に対し、いつでも工事の中断を指示できるという権限は認められていない。FIDICでEmployerによるsuspensionが広く認められている背景には、プロジェクトはあくまでEmployerのものであり、サイトも究極的にはEmployerの現場だという共通認識が存在すると推察される。

 

⑵ 効果

 Employer側が工事等の中断を指示した場合、Contractorは、中断が続く間、工事等の対象物が毀損しないように保存・保管する義務を負う(8.9項)。

 他方で、Employerが一方的に中断を指示できることに鑑み、Contractorのコスト増加やキャッシュフローへの影響に配慮した規定が設けられている。具体的には、工事等の中断により遅延や追加コストの負担が生じた場合には、ContractorはEmployerに対し、EOTおよび/またはコスト(Cost Plus Profit)の支払いを求めることができる。ただし、Contractorの作業に落ち度があったり、建設対象物の一部をなす設備や資材に瑕疵があったりした場合に、これらを直すための遅延やコストについては、EmployerにEOTや支払いを請求できない。また、上記の保存・保管義務の違反が原因で生じた故障や毀損等を回復するための遅延やコストも請求できない(8.10項)。

 さらに、suspensionが28日を超えた場合、中断した作業の対象である設備や資材が、工程表どおりならば中断期間中に完成形となってサイトへ送られる予定であったときは、Contractorは、当該設備や資材が契約条件を満たしていることの合理的な証拠を提示し、かつEmployerの所有物であるという印をつければ、同設備や資材の価値相当額の支払いをEmployerに請求できる(8.11項)。

 なお、suspensionの原因がContractorに帰責できる場合(たとえばContractorによる契約違反がある場合)は、Contractorは、上記のEOTやコスト、設備・資材の価値相当額の支払いを請求することはできない(8.9項)。

 

⑶ Suspensionが長引いた場合の手段

 Employer主導のsuspensionが長引いた場合、Contractorとしては、作業再開の目途を立てたいと考えるのが自然である。

 そこで、FIDICのもとでは、中断期間が84日を超えた場合、Contractorは、Employer側に通知を出すことにより、作業再開の許可を求めることができるとされている(8.12項)。Contractorからの通知の受領後28日以内にEmployer側が再開を指示する通知を出さない場合には、Contractorは、EOTやコストについてEmployerと合意の上、中断の延長に応じるか、または新たな通知を出して、工事等のうち中断の影響を受けている部分につき、Contractorの作業範囲から除外されたものと取り扱うことができる(あるいは、工事等の全体が中断の影響を受けている場合には、16.2項の定めに従って解除通知を出すことができる)。

 なお、suspensionの原因がContractorに帰責できる場合、Contractorには、作業再開の許可を求める通知を出す権利はない(8.9項)。

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